戦争の「恐ろしさを感じてもらうことが目的」加害者の視点とPTSDを描いた塚本晋也監督に聞く

戦争の「恐ろしさを感じてもらうことが目的」加害者の視点とPTSDを描いた塚本晋也監督に聞く

9月16日(水) 11:00

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第83回ベネチア国際映画祭のコンペティション部門で披露され、満場の拍手で迎えられた塚本晋也監督の新作、「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」。アメリカの海兵隊員としてベトナム戦争に参加したアレン・ネルソン氏が、戦後自らのPTSD体験を綴った同名の原作を元に映画化したものだ。「加害者」の立場から、その体験とトラウマを描いた本作は、近年戦争をテーマにしてきた塚本監督作ともまた異なる。さらに海外の俳優を起用し、タイ、ニューヨーク、日本、ベトナムと4カ国で撮影をおこない、塚本作品のなかでは最大規模のものとなった。本作の経験とそこに込めた思いを、現地で訊いた。(佐藤久理子)

――「野火」(2014)を作られている頃にネルソンさんの原作に出会って以来、映画化を考えていらっしゃったそうですね。映画化にするにあたって、ネルソンさんのご家族とお話をされたそうですが、彼らの反応はどのようなものでしたか。

自分としてはアメリカに尋ねていくつもり満々だったのですが、結局Zoomでお話しをすることになりました。でもその時点ですでに、自分がネルソンさんに対して真面目に、彼のことをもう一度この世の中に蘇らせて、今日とても大事なメッセージを伝えたいのだということを理解して頂いていたので、非常に好意的に、本を裏付けるためのエピソードや、本になかったエピソードなど、いろいろと教えて頂きました。元妻のリンダさんからはネルソンさんの人と成りを聞かせてもらいました。また息子のショーン君に関しては、本には少ししか出てこないのですが、映画のなかでは絶対に重要になるだろうと思い、実際に軍事体験を自分もしたっていいんじゃないかと思ったことがあったのかどうかと尋ねたら、あったということを話してくれたり、父親とかなり長いこと口も聞かない期間があったことなども教えてくれて、そういったことを映画に取り入れることができました。

――キャスティングはアメリカの組合のストの関係で、かなり長くかかったそうですね。

はい、もともとプロデューサーとの話し合いのなかで、アメリカで活躍する誰もが知っているような俳優に、一人か二人出てもらうことが条件でした。それは本当にシンプルでありながら大切で、しかし簡単ではないと思っていたんですが、さらにストが長引いて、いくつか想定していた方の返事待ちになって。これ以上待てない、ということで先に作ることになったのが「ほかげ」(2023)だったんです。ただ「ほかげ」を作り終わってもまだストは解決していなかったので、 やっぱり先に作ってよかったと思いました。

――そんな状況のなかで出会ったのが、ロドニー・ヒックスさんだったんですね。

ロドニーはZoomでオーディションをしたんですが、最初から素晴らしかったです。とても正確で、プロだと感じさせられるものがあり、何よりものすごく熱心でした。今後もぜったい熱心にやってくれるだろうというのがはっきりわかって、その熱心さがあれば多少違うと思うところがあっても大丈夫だろうと。でもお芝居もとても正確で、言えば言うほどその通りにやってくれた。それでZoomが終わってすぐに正式にお願いしました。

――ジェフリー・ラッシュさんとの出会いはどのようなものでしたか。

ジェフリーは「パイレーツ・オブ・カリビアン」などにも出ているので、僕はずっとアメリカの俳優さんだと思っていたんですけど、オーストラリアの方だとわかって。ストの問題があまりに長引くので、プロデューサーがそれならアメリカではなく違う国の俳優さんにすればいいんじゃないかと思いついてくれて、探し始めたんです。ダニエルズ医師の役に関しては、たくさんの候補を考えたんですが、ジェフリーが出てきたときに、もう直感的にこの人が一番いいと思いました。彼が出ている作品を観ると何かこう、少し強面な感じがあると同時に不思議なカリスマ性があり、あふれ出るユニークな雰囲気もあります。セリフがそんなにある役ではないので、その存在そのものがそこにいればいいということを考えると、彼が一番素晴らしかったです。

――彼とは役柄についてどんな話をされたのですか。

他の俳優さんとはあんまり具体的な話はしなかったんですが、 ジェフリーの役は、脚本に詳しく書かれているわけではないので、さすがによくわからないだろうと思ったんです。ダニエルズ医師のプロフィールがずっと見つからなかったんですが、あるときやっと見つかったので、そこから大事なポイントを抜き出して、ジェフリーに伝えました。それを注意深く聞いてもらって、あとは彼の意見を聞きながらディスカッションを重ねた感じです。彼に関しては他の俳優より話し合いました。一見とっつきにくくて、本当に親身に解決しようとしてくれるのかわからないと観客が思えるようにしたいというのがありました。

――実際にネルソンさんが経験したことで映画のなかでも一番重要なポイントとなっているのが、ダニエルズ医師から面会のたびに「なぜ人を殺したのか」と訊かれて、最後の最後に衝撃の告白をするところがありますよね。正直、どうしてあそこまで言わせなければならなかったのかと考えさせられたのですが、監督ご自身はそれに関してどのように感じられましたか。

これは難しかったんです。映画の原作のほかにもう一冊、ネルソンさんが書いた「戦場で心が壊れて元海兵隊員の証言」(新日本出版社)という本があって、そこにダニエルズ医師とのやり取りが書かれていて、あの発言が出てくる。実を言うと、最初はこれは入れられないなと思ったんです。いくつか理由があったんですが、ここまで言わせるのはちょっと厳しいなと。観客が観て、どう感じていいのかわからないだろうと。ただこれはとても大事なことなので、それで自分としてはできる限りある種の整合性をもたらしながら、最終的に観た人に委ねようと思いました。実際自分としては、一応の理屈をつけないとだめだと思ったんですが、それを決めつけるのではなく、書きすぎないようにしようと。

実際観た人に「どう思いましたか」と訊くと、やはり答えは人によって違うんですね。本当はあんなこと言いたくなかったんだけど、言わなきゃいけない、だから戦争というのは怖いと言う人もいれば、人間の中にある本能だという人もいる。ただ実際、本当のことを言えば言うほどPTSDは減っていくので、今まで話したくもなかった両親のことや、戦争体験のことを語らせるダニエルズ医師はきっと、もうちょっと心の底をさらけ出したら、もっとPTSDが減るんじゃないかと踏んでいたと思うんです。現にネルソンさんはあの瞬間から、PTSDがガラッと減って前進した。

自分も映画を作りながら気づいたことは、第2次世界大戦直後はまだPTSDという概念がなかったけれど、実は日本の兵隊にもPTSDは多かったのではないかということです。これは本人だけの問題ではなく、その暴力性が家族にも世代を超えて連鎖していくことが、いま日本でもやっと問題になってきました。ダニエルズ医師によってネルソンさんが、子供時代の父親の暴力のことを話した後、父親の暴力性が自分にトラウマとして連鎖しているということに気づいていったと思うんです。

――映画の中で、リリー・フランキーさん演じるキャラクターも、自分の父親は戦争体験をまったく語らなかったと言っていますが、語らなかっただけではなく、そのトラウマが次世代にも引き継がれることがあるということなんですね。

そうです。たとえば具体的に、自分も父親から殴られてひどい痛みを負ったとか、かなりひどい虐待を受けたというようなケースがあります。自分なんかは、戦争で加害をして戻ってきたら、家族には優しくしようとするんじゃないかと想像しますが、どうもそうではない。戦争に行った本人にしかわからないような情動があって、暴力を振るうときもすごい叩き方をするらしいんです。

「ほかげ」に出てきた復員兵が、もともとは優しかったのにとても暴力的になる、自分ではちょっと過剰だったかなと思ったんですが、映画を観た人から「なんでうちの父親のことがわかったんだ?」と言われることがありました。ものすごく暴力的になって、それはとても衝撃的らしいです。それとは別に、家庭内暴力では父親から暴力を受けて育つと、その人は自分の子供にも暴力を振るってしまうことがあると言いますよね。もしその根っこが戦争だとしたら、日本でもめちゃくちゃ数が多いんじゃないかということに気づきました。

――塚本監督の作品はもともと肉体的な要素が強いと思いますが、本作では特に、「観る人をちょっとトラウマに導くようなものにしたかった」と、ベネチアの記者会見でおっしゃっていましたね。そのあたりは何と言うか、これ以上見せたら辛すぎるかなという手前で、匙加減を見つけていく感じでしたか。

ネルソンさんが本に書いたことは全部描こうと思いながら、その表現は自分としては匙加減を測っているつもりなんですが、それが一般の基準とまったく同じかどうかはありますが、ただ自分のなかでは、このぐらいまでは受けとめて下さいという気持ちで作っています。ちょっと無理はさせるかもしれないけれど、無茶をさせるまではいかない表現の匙加減は測っているつもりです。ただ、恐ろしさを感じてもらうために見せるシーンはあるけれど、見せないのは過剰だから見せないというよりは、見せすぎると飽きてしまう、鈍感になってその暴力性を感じなくなってしまうから見せないというのはありました。むしろそこから先は想像してもらった方が、より恐ろしいだろうという。結局の目的は、恐ろしさを感じてもらうことなので。

――「戦場で心が壊れて〜」では、ネルソンさんが日本に行って感じられたことなども書かれていますね。たとえば沖縄の問題や憲法の問題にも言及されている。直接的ではないにせよ、本作を作りながら監督ご自身も、いまの日本の状況とのリンクや、日本人としてわたしたちがどう考えるべきなのか、ということを感じていらっしゃいましたか。

そうですね。おっしゃる通り、こちらの本にはネルソンさんが思う日本の問題がずいぶん書かれていたので、映画を観た人にそういうことも考えてもらうきっかけになったらいいなと思いました。日本ではまだまだ加害の問題や、それがもたらすPTSDのことは論じられていない。口をつぐんでしまう人が多い。そんななかでネルソンさんは果敢に語ったということで自分も知ることができたわけなので、観た人にそれが伝わるといいなと思います。

――結局、上の世代が喋らないことで、今の日本の戦争体験がない若い世代に何も伝わらない、ということがあったのは事実ですよね。ただ、いまは憲法改正や防衛費のことなど、いろいろな問題でデモが日本でも盛んに起こっているなかで、人々の意識も変わってきているのではないでしょうか。

まさにそれはとても大事なところだと思います。そういった層にこの映画が響いてくれるといいなと思います。

――「野火」にはじまり、「ほかげ」、本作と続いて、戦争シリーズはこれで終わりになるのでしょうか。

正直に言うと、人間の暗部について知る、資料を調べるというのはもううんざりなので、この辺で一回休憩してホラーか何か作りたいのですが、不器用なので、一番気掛かりなテーマについて撮っていくことしかできない。そうすると、やはりまだ心配が消えないので、戦争監督ってわけじゃないけどな〜と思いながらも、どうしようというところです。休みたいという気持ちと、休んでもいられないというところのはざまにあります(笑)。

【作品情報】
・ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?

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撮影/佐藤久理子
映画.com

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