アジア大会 注目選手
陸上競技・400mハードル/後藤大樹
32年ぶりの日本開催となるアジア大会が、9月19日から10月4日まで愛知県・名古屋市を中心に開催される。
今大会は、2028年ロサンゼルス五輪での活躍が期待される若手選手も多く出場する。なかでも陸上競技で注目したいのが、今年6月日本選手権で優勝を果たした400mハードルの後藤大樹(洛南高2年)だ。
日本選手権の400mハードルで初の高校生王者となった後藤大樹photo by Kyodo News
【衝撃的な日本選手権での走り】高校入学直後の昨年4月から400mハードルへの挑戦を本格的に始め、7月のインターハイで、高校歴代3位となるU18日本記録(49秒84)を出して優勝。今季初戦となった5月の静岡国際陸上では初めてシニア選手と対戦した。そこでは、50秒42で全体11位だったが、翌週の木南記念では49秒34で全体7位、U20アジア選手権では49秒25で優勝。5月のうちに自己記録を着実に更新していった。
そして迎えた6月の日本選手権では、底知れぬ可能性を見せつけた。
予選では2024年パリ五輪と2025年世界選手権の代表だった豊田兼(トヨタ自動車)と同組になったが、「(パロマ瑞穂)スタジアムに入った時は観客の多さに圧倒されましたが、テレビや映像でしか見たことがなかった舞台で、オリンピックや世界選手権に出ている選手と走れることにワクワクしましたし、楽しんで走れました」と、物怖じすることなく走って1位になった。48秒31をマークし、自己記録を大幅に更新。日本記録保持者の為末大が1996年に出した高校記録を上回った。
予選後には、「ここまで来たからには、高校生らしく失うものはないので強気にどんどんチャレンジして、優勝を目指していきたいと思います」と明るい表情で話していたが、翌日の決勝では、有言実行となる優勝を果たした。
後藤は予選と同じ7レーンで、内側の6レーンには、静岡国際と木南記念を連勝していた黒川和樹(住友電工/2021年東京五輪出場)がいた。その黒川が、「これまでにないくらい、いきました」と前半から飛ばした。しかし、最後の直線で後藤が一気に突き放してゴール。黒川は「(後藤が)隣りにいる、と思った瞬間に『どこかに行った』みたいな感じで、いつの間にか消えていました」と振り返った。48秒09はU18世界最高記録で、日本歴代4位に相当するものだった。
「(洛南高校の)柴田博之先生からは、『失うものは何もないのだから、高校生らしく全力で楽しんでこい。楽しまないともったいないぞ』と言われたので、確かにそうだなと思って楽しむことにしました。テレビで見ていた舞台で、自分が本当に優勝したのはまだ信じられない気持ちです。
予選の黒川さんの走りを見て、前半から来るだろうなと思っていました。そこで自分のリズムを崩さないようにカーブでうまくついていき、ラスト100mの走りには自信があるので『負けるはずはない』という強い気持ちで行きました」
その言葉どおり、決勝の舞台でも冷静にレース展開を読み、持てる力を発揮した。
【中学までは110mハードルの選手だった】陸上競技を始めたのは、小学3年生の時。きっかけは地区のマラソン大会に出たことだった。
「自分はサッカーをやっていて、走るのにも自信があったので地区のマラソン大会に出たら60位台でした。『強い人がこんなにいるんだ、負けたくない』と思って、陸上を始めました」
ハードル種目は陸上クラブのヘッドコーチに薦められて、小学5年生の頃から始めたが、千葉県四街道北中3年時には、110mハードルで全日本中学陸上優勝を果たし、国民スポーツ大会少年B(中学3年~高校1年)では、日本中学最高記録で優勝。その直後のU16大会も優勝と、主要大会で連勝した。
進学先には「なぜかわからないけど、小学6年の頃から行きたいと思っていた」という、京都の強豪・洛南高を選んだ。
後藤は、中学でこれだけ成績を残した110mハードルを高校でもやるだろうと考えていたが、入学早々に柴田監督から「インターハイは400mハードルでいくぞ」と言われたという。
「長い距離にも自信があったので、面白そうだなと思いました。今でもしんどい種目だと感じますが、ハードルが得意な選手もいれば、400mの走力がある選手もいる。そういうところが面白い種目だなと思います」
6月の日本選手権では、「初出場で初優勝をしたことで、世界に向かって戦っていく選手にならなければいけない」と実感したという。400mハードルはもちろんメインで考えていきながらも、走力を上げるために、「高校生のうちは様々な種目に挑戦していきたい」と話した。
その言葉どおり、日本選手権後から、400mハードルだけではなく、4×100mリレー、4×400mリレーなどにも挑戦をした。
【日本記録を塗り替えたい】8月はインターハイではなく、世界を視野に入れて、第一歩となるU20世界選手権への出場を選んだ。出場者中トップの持ちタイムを誇る優勝候補だったが、現地入りして最初のハードル練習中に左足首を捻挫してしまった。しばらく走ることができず、スパイクを履けたのは予選前日という、厳しい状況での戦いとなった。
コースは、直線が長くコーナーがきつい形状で、国内のレースとは勝手が違った。それでも後藤は戦い抜いた。
「自分の得意な形で(トラックを)回ってきて、8台目のハードルを越えたあたりでは、いつもどおりに相手が少し前にいる状況でしたが、ここからいくぞというところで、予選と準決勝の疲労もあったのか、いつもの動きができませんでした」
結果は、最後に差を広げられて2位。この種目で初めて敗戦の悔しさを味わった。それでも帰国後は、明るい表情で国際大会を振り返った。
「ひさしぶりにあんな大差をつけられて負けたので、世界は広いなと思いました。でもライバルがいるのは本当にうれしいことなので、2年後のこの大会では、もっと力をつけて、強くなって戻ってきたいという気持ちになりました」
そして、初出場となるアジア大会へ向けてはこう語った。
「アジア大会は記録をメインに考え、日本記録を塗り替えるつもりで頑張っていきたいと思っています。来年の目標でもある世界陸上の参加標準記録の突破もアジア大会では有効になっているので、そこで日本記録を更新して代表内定に一歩リードしたいと思っています。そのためにも、これまであまりやってこなかった長い距離の練習を積みたいと思っています」
規格外の進化を見せるなかで、日本人4人目となる47秒台、そして日本記録の47秒89は、すでに目前のターゲットだ。来年以降の本格的な世界との戦いを見据え、まずはアジア大会でその記録に挑む。
折山淑美●文text by Toshimi Oriyama
【関連記事】
【マラソン】「どうしても出たい」わけではなかった箱根駅伝亜細亜大・竹井祐貴が関東学生連合として9区を走るまで
『アジア大会 愛知・名古屋』開幕へ32年ぶりの日本開催、二宮和也と石川佳純が語る選手たちへの思い
【マラソン】筑波大時代の福谷颯太が、関東学生連合で実感した箱根駅伝の重み「箱根は大学として出場してこそ」