病院に行き、医師の診察を受け、薬をきちんと飲む――。私たちはそれこそが「健康を守ること」だと信じてきた。しかし、医療にかかりやすいはずの日本で、なぜ寝たきりの高齢者は少なくならないのか。
精神科医として長年、高齢者医療の現場を見てきた和田秀樹氏と、元厚生労働省医系技官の木村盛世氏は、その背景に「おせっかい医療」があると指摘する。
薬を減らしただけで、それまで寝たきりだった高齢者が歩き出したという病院の事例もあるという。医療は本当に、受ければ受けるほど健康になれるものなのか。二人が日本の高齢者医療の“常識”を問い直す。
※本記事は、『その医者から逃げる勇気』(和田秀樹・木村盛世著、扶桑社刊)より一部抜粋・再構成してお届けします。
「おせっかい医療」で日本の高齢者はヨボヨボ
木村盛世氏(以下、木村):
日本の高齢者医療を考えるうえで、注目したいのが寝たきり率です。古い調査ではありますが、病院を含む高齢者施設で寝たきりの人が占める割合は、日本に比べてスウェーデンでは約10分の1、アメリカでは約6分の1だったという報告もあります。
「寝たきり」の定義の仕方やカウント方法が国によってかなり違いますし、単純な比較はできないものの、日本ほど医療に簡単にアクセスできない国の高齢者のほうが、日本の高齢者よりもずっと元気だというのは間違いありません。
和田秀樹氏(以下、和田):
要するに、「医療に簡単にアクセスできないこと」が寿命を延ばすという意味でも、寝たきりを減らすという意味でも、むしろプラスに働く可能性があるということですね。
木村:
逆に病院に行くことが趣味みたいになっている人がいるほど、行きたいときに好きなだけ医者にかかれて、「恵まれている」はずの我が国では、寿命は頭打ちで、寝たきりの人たちは増える一方です。
和田:
日本にも、医療から距離をおかざるを得なくなったことが、かえって良い結果をもたらした「夕張パラドックス」と呼ばれる事例がありますよね。
木村:
コロナ禍のときにも、似たようなことがありましたよね。前代未聞の「自粛生活」に突入して、毎日のように病院のハシゴをしていた人さえ感染を恐れてぱったり行かなくなった2020年は、新型コロナというこれまでなかった感染症で死ぬ人がかなりいたにもかかわらず、全体の死者数は前年より約8400人も少なかったというのは一部には有名な話ですよね。
でも、みんなが病院に戻ってきた2021年の死者数は、2020年から6万7000人以上も増えてしまいました。これはつまり、日本の医療がむしろ足かせになっている、もっとはっきり言ってしまえば、余計なことをしているということでしょう?
和田:
まさに、木村先生がよくおっしゃっている「おせっかい医療」ですね。
木村:
ただのおせっかいならまだマシですが、悪影響が及んでいるのですから、これは大きな問題ですよ。
和田:
日本人の平均寿命が男女とも世界一だった期間が長かったこともあって、「いつでも医療に頼れる日本は素晴らしい」とか、「医者にちゃんとかかっているのがいちばん良い」などと思い込んでしまったところがあるのでしょうね。
木村:
その結果、今や日本は堂々たる寝たきり大国になってしまいました。
和田:
日本の高齢者をヨボヨボにしてしまう最大の原因は、まさに木村先生がおっしゃるような「おせっかい医療」だというのが、たくさんの高齢の患者さんを診てきた私自身の実感です。
逆に言えば、医療にむやみに近づかなければ、日本の高齢者は今よりもっと元気になれるんですよ。
なぜ医者はたくさんの薬を処方するのか
木村:
いつでも医療にアクセスすることを保障しているのは国民皆保険制度ですが、高齢者も含め多くの人たちを必要以上に医療へ近づけるように仕向けた要因の一つは、1980年代以降の診療報酬引き下げでしょうね。
もちろん本来の目的は医療費の抑制だったのですが、多くの病院は売り上げを維持するために、「薄利多売方式」にシフトするようになったんです。
和田:
とにかくたくさんの患者さんに来てもらい、初診料や再診料、検査料、処方料などを積み重ねて儲けようということですね。
木村:
そうでないと経営的に立ち行かなくなるんですよ。
和田:
精神科で顕著に起こっているのは、少し話を聞いたらすぐに「うつ病ですね」などと診断し、それでぱっと薬を出す、というやり方です。
そうすれば1時間に10人くらいの患者さんを診ることは可能ですからね。一人の患者さんに時間をかけないため、あるいは、患者さんをつなぎとめるためにはこれがいちばんいいんです。
木村:
薬がなくなったらまた来てくれますからね。
和田:
一応誤解のないように言っておくと、薬をたくさん出したからといって、医者がそのぶん儲かるというわけではないんですよ。
医薬分業という建前があり、診療報酬の制度上、外来で7種類以上の薬を同時に処方すると「多剤投与」として減算の対象となり、医療機関の報酬が減らされる仕組みにもなっていますからね。
木村:
確かに処方しすぎると、金銭的にはかえって損しますね。
和田:
それなのになぜ、多くの医者がせっせと薬を処方するのかというと、かつて医学部の教授から習ったとおりの医療とか、学会の意向に沿った医療をひたすらに提供しようとするからです。
そもそも医学部や学会というのは製薬会社からの寄附金や研究助成によって成り立つ部分が大きいですから、なるべく薬を使わせるように仕向けたりするわけですよ。
木村:
だから結果として、医者にかかればかかるほど薬が増えるということになりますよね。ただ、そうなってしまうのは医者側だけでなく患者さん側の問題もあると思うんですよ。
和田:
私もそう思います。患者さんの中には、「今日は薬をもらえなかった」となると、なんだか損をした気分になる人が少なくありませんから。
木村:
病院に行ったのに薬を出されなかったら、「ちゃんと診てもらえなかった」と不満に思う人もいますよね。
「薬をたくさん出す医者=良い医者」という恐ろしい勘違い
和田:
本来的なことを言えば、診察した結果「今は様子を見ましょう」とか「薬は必要ありません」というのも立派な医療判断です。
木村:
ささいなことで病院に来る人が多いのですから、その判断こそが適切なパターンのほうが実は多いのではないですか?
和田:
でも日本では、具体的に何かしてもらったという実感がないと満足できない人が多いんですよ。
木村:
ただの風邪の患者さんに「薬はありません。家で寝ていてください」などと言ったら、不満そうな顔をされたりすることもありますしね。
和田:
薬をもらわないと安心できないという人は本当に多いし、高齢者の場合も、血圧とかコレステロールの薬を飲んでいることが「健康管理」だと思っている人が少なくありません。多くの人は、「薬がなくなる=健康ではいられなくなる」と思い込んでいるのです。
でも、薬をいろいろ出してくれる医者のほうが良い医者だというのは、恐ろしすぎる勘違いですよ。
木村:
本当にそう!日本では抗生剤(抗生物質)が効かない耐性菌が増えているんですが、それは抗生剤を濫用したせいなんですよ。
こうなってしまうと、本当に抗生剤が必要なときに効く薬がなくなる危険性が高くなるのに、ウイルス性の風邪にまで抗生剤を処方する医者や、それをもらって安心する患者さんがいまだに多いことにびっくりします。
患者さんのほうから頼み込まれて仕方なく出すケースもあるみたいなんですが、「それでも医者なの?」と言いたくなります。
「薬を減らすと歩き出した」という院長からの報告も
和田:
高齢者が飲んでいる薬も、そのほとんどが不要どころか、むしろ害になっている可能性が高いんですよ。
1980年代の終わりから90年代頃に、高齢者医療を中心に入院医療費の包括払い(定額制)が導入され始めたとき、「高齢者を最期まで診る病院」として有名な青梅慶友病院が、極力薬を減らすっていう経営指導をしたそうです。そしたら、薬が一気に3分の1になったというんですね。
木村:
そんなに減らせたんですね。
和田:
そこまで減らせば、場合によっては過小医療になる危険性だってあったわけですよ。ところが、当時の青梅慶友病院の院長は、「薬を減らしたら、それまで寝たきりだった患者さんたちが元気に歩き出した」と言っていたんですよ。
木村:
だとしたら、患者さんは薬のせいで寝たきりになっていたってことじゃないですか。
和田:
そうなんです。そのエピソードがあまりに衝撃的すぎて、私はそれ以来「高齢者は薬の使いすぎで、ヨボヨボにさせられているのではないか」という疑いを持つようになったのです。
和田 秀樹(わだ・ひでき)
1960年、大阪府生まれ。東京大学医学部卒業。精神科医。東京大学医学部附属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローを経て、現在、和田秀樹こころと体のクリニック院長。幸齢党党首。高齢者専門の精神科医として、30年以上にわたって高齢者医療の現場に携わっている。ベストセラー『80歳の壁』(幻冬舎)、『70歳が老化の分かれ道』(詩想社)、『60歳からはやりたい放題』『90歳の幸福論』『60歳からはやりたい放題[実践編]』『医者という病』『60歳から女性はもっとやりたい放題』『ヤバい医者のつくられ方』『65歳、いまが楽園』『なぜあの人はいつも上機嫌なのか』『「高齢者ぎらい」という病』(すべて扶桑社)など著書多数。
木村 盛世(きむら・もりよ)
医師、作家。筑波大学医学群卒業。米ジョンズホプキンス大学公衆衛生大学院疫学部修士課程修了。同大学でデルタオメガスカラーシップを受賞。米国CDC(疾病予防管理センター)プロジェクトコーディネーター、財団法人結核予防会、厚生労働省医系技官を経て、パブリックヘルス協議会理事長。著書に『ヒポクラテスの告発天然痘を根絶した蟻田功の遺言』(藤原書店)、『医者にかからない幸福』(ビジネス社)、『新型コロナ、本当のところどれだけ問題なのか』(飛鳥新社)、『厚労省と新型インフルエンザ』(講談社現代新書)、『厚生労働省崩壊「天然痘テロ」に日本が襲われる日』(講談社)など。
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