石川雅規〜キャッチボールがつないだ25年のプロ野球人生(前編)
「一緒にキャッチボールしようよ」
ヤクルトの石川雅規が、悩み、迷っている後輩たちにそう声をかけ、ボールを投げ合いながら惜しみなくアドバイスを送る。そんな光景を何度も目にしてきた。
「僕も一選手ですけど、かわいいんですよ、後輩たち(笑)。自分も困っている時に、?津臣吾さん、宮本慎也さん、石井弘寿さん、石井一久さん、古田敦也さんたちに手を差し伸べてもらいました。だから、困っている人がいたら、一緒に解決できることがあればいいかなって」
現役生活25年の"小さな大投手"は、そう言った。
「ライバルなのに仲よくするのはおかしい。そういう考え方もあるかもしれませんけど、同じ時代に生まれて、同じユニフォームを着て、同じ釜のメシを食べている。僕には一緒に成長したいという思いがあります。手助けできたかはわかりませんが、自分が感じたことをしっかり伝えるには、キャッチボールがいちばんかなと思って、やってきました」
石川雅規(中央)の引退会見に駆けつけた(左から)奥川恭伸、高橋奎二、ひとりおいて小川泰弘、山野太一photo by Kyodo News
石川は9月2日に現役引退を発表。10月3日、神宮球場で最後のマウンドに立つことになった。
「これまでは、後輩たちの活躍を半分うれしい、半分悔しいという思いで見ていました。それがいつしか、どんどんうれしい気持ちで見ている自分がいました。そういう意味で、自分はやりきったのかな、という思いがあります。
引退会見でも泣きませんでしたし、すっきりした気持ちではいるんですけど、車を走らせている時に『やめたんだ』と思うと、涙がぶわっと出ることもあるんです。やっぱり、もっと野球をやりたい自分もいるんですよね」
【対角線に投げるという教え】2023年8月6日、ヤクルト二軍の戸田球場。石川は山野太一とキャッチボールをしたあと、揃ってブルペン入りした。そこで、後輩左腕の投球に何か気になるところがあったのだろう。「これからキャッチボールしよう」と声をかけ、この日2度目のキャッチボールを始めた。
山野は大先輩と過ごした時間を、次のように振り返る。
「石川さんとのキャッチボールは、ほかのピッチャーたちと取り合いになるので、そのなかでたくさんできたのはうれしかったですね。ただ、石川さんが相手なので、やりたいけど緊張してしまう。難しいところもありました(笑)」
山野太一(写真右)とキャッチボールする石川雅規photo by Seiya Shimamura
数多くの助言を受けたなかで、もっとも印象に残っているのが、「すべてを相手の対角線に投げるようにしている」という言葉だった。
「体の対角じゃないほうに投げると、『指にかかっていないボールになってしまうよ』って。一緒にやっていて、僕が対角に投げた時は『今の、すごくいいね』と言ってくださって。それが思い出深いですね」
投手陣にとって、石川は「誰にでも寄り添ってくれる」大きな存在だったという。
「誰かが打たれたら、すぐにフォローしてくれる。新入団の選手が入ってきたら、石川さんが真っ先に声をかけたりとか。そういうことを率先してやってくれるんです」
山野は、石川が引退会見を開いたその日に、自身初となる2ケタ勝利を手にした。ヤクルトの左腕では、2015年の石川以来となる10勝だった。
「来年も2ケタ勝利をして、チームを背負っていきたいと思っています。石川さんはその姿を見てくれると思いますし、『山野、頑張ってるな』と言ってもらえるようなプレーをしたいです」
【投げるのには順番がある】高橋奎二は石川の引退会見に立ち会い、「ここ最近、キャッチボールを褒めてくださって、それがすごくうれしくて。またやりたいと思っていたけど、できなくなるのが寂しいです」と涙をにじませた。
2021年2月27日、沖縄・浦添キャンプ。
石川はキャンプ期間中、小川泰弘とキャッチボールを続けていたが、この日は高橋に「一緒にやろうよ」と声をかけた。
高橋は前日の楽天との練習試合で2回7失点と大きく崩れていた。キャッチボールでは、石川が高橋のテイクバックを再現したり、捕手のように腰を落としてボールを受けたりした。その光景は今も記憶に残っている。
「石川さんは誰よりも僕たちを見てくれていたと思うので、本当にひと言ひと言が心に刺さりました」
高橋はそう感謝し、石川から何度も言われた言葉を明かした。
「『ピッチャーはタイミングと連動性だよ。投げるのには順番があるからね』って。『順番抜かしをすると、もう違うボールになるから』って。『最初はここ、2番目はここ、3番目はここという感じで投げれば、絶対にいいボールは投げられる」と、常々言われていました。僕はどうしても、それを意識してタイミングが早くなってしまうことがあるので、まだまだなんだなと思っています」
実際にキャッチボールで受けた石川のボールにも驚かされた。
「石川さんは腕の振り以上に球がくるんです。たとえば、奥川(恭伸)のボールもグローブの芯で捕っても痛いのは痛いんですけど、石川さんのボールのほうが痛く感じるというか。イメージよりボールがきているので、手のひらが痛くなる。今年、キャッチボールをたくさんやらせてもらいましたけど、終わったあとは絶対に痛いです(笑)」
石川が後輩たちに伝えたのは、投球技術だけではなかった。
「誰よりも早く球場に来て、常にストレッチや体のケアをされていました。石川さんはそういうところを言葉にするのではなく、行動で僕たちに見せてくれる感じでした。そこは選手全員が思っているところだと思います」
来季、高橋は左の先発投手としては最年長になる。
「今年、山野が10勝しました。本当は年齢的に僕がああいう立場にならないといけないですし、引っ張っていけるのがいちばんいいんですけど......。来年は12年目になりますが、まだ2ケタ勝ったことがないので、それを言える立場ではないことはわかっています。
でも、なんとか耐えて、僕も行動で、石川さんやいろんな選手から『こいつ、変わったな』と思われるようになっていきたいですね」
【奥川が驚いたズドンとくるボール】奥川恭伸もまた、石川とのキャッチボールを鮮明に覚えている。
「僕の2年目に初めて石川さんとキャッチボールをやらせていただきました。外から見ていた球と、実際に受けた球のギャップがすごすぎましたね。その記憶がめちゃくちゃあります」
ひと言で表現するなら、「ボールが重たい」。
「捕る前は、回転がきれいで、シューッと伸びてくるボールなのかなってイメージしていたんですけど、実際に受けてみると『ズドン』ってくる。本当にびっくりしました(笑)」
2025年5月28日、二軍の戸田球場。サブグラウンドでは、石川と奥川がキャッチボールをしていた。奥川は前年の2024年、度重なる故障を乗り越えて2年ぶりの一軍登板を果たした。2025年シーズンは開幕投手に抜擢されたものの、その後は成績不振で二軍での再調整が続いていた。
「石川さんから『やろうよ』と声をかけていただきました。たぶん、初めてキャッチボールをして以来だと思います。この時は、投球時の僕の体のこなし方というか、『ちょっと横の幅が広がって見えるから、もう少し体の枠内に収めてみたらどうかな』とアドバイスされたのを覚えています。ほかにも、これはずっと言われていることですが、『ピッチャーは傾斜を制してなんぼだから』と。そのあと、一緒にブルペンにも行きましたね」
当時の奥川は、復調への活路を見出そうと必死だった。練習中に笑顔を見せることもほとんどなかった。
「いろいろ悩んで、しんどくて、素直に助言を聞けない時期でした。でも今年、調子が上がってきたなかで振り返ると、自分が意識するポイントというのは、石川さんが教えてくれたことに近かったです。体をしっかり自分の枠内に収めるとか。一周回って、そのアドバイスにたどり着く。そういうヒントをくれていたんだなって」
そして奥川は、「石川さんは、言葉でも背中でもチームを引っ張ってくれて、みんなが追いかける存在でした」と続けた。
「僕が生まれた時から投げていますし、小学校で授業を受けていた時に、石川さんはここ(神宮)で練習して、試合で投げていた。考えられないですよ。僕は今年初めてシーズンをフル稼働していますけど、石川さんはそれを20年以上も続けてきた。想像もつかない世界です(笑)。25年は難しいので、そこに少しでも近づけるように。僕は6年足踏みしましたけど、今からでもまだまだ時間はあるので、残りの野球人生を故障せず、休まずにやり続けることを目指していきたい」
来年、石川にどんな姿を見てもらいたいのか。
「自分もそうですけど、ピッチャー陣のみんなが故障なく投げきる姿を見せられたらいいですね。若いピッチャーたち、そして小川さん、高梨(裕稔)さんもいます。みんなで競い合って、投手陣で強いヤクルトを築きたい。上位争いをガンガンできるようなチームというか、投手陣を見せていきたいと思います」
【現役生活って長いようで短い】高橋は故障で出遅れたものの、山野は前述のように2ケタ勝利を達成。奥川も目標としていた規定投球回に到達している。
石川は3人に寄せる期待を、次のように語った。
「僕らプロ野球選手って、才能があって、いいものがあるからこの世界にいます。なので、1年、2年の活躍は、その時にハマればみんなできると思っています。それをいかに継続できるか。相手が研究してくるなかで、己を知って、体やコンディショニング、ローテーションを崩さずに勝っていく。そこがめちゃくちゃ難しいんです。
今はがむしゃらでいいですけど、それだけでは勝てなくなる時もくる。その時に、自分に限界を作らず、長くローテーションとして回ってほしいな。現役生活って、長いようで短いです。僕は25年でしたけど、今、めちゃくちゃ短く感じています。人間だから心が折れたり、おざなりになったりすることもあると思います。でも、みんないいピッチャーなので、故障なく、大好きな野球をずっと楽しんでほしいなと思います」
石川が後輩たちに残したものは、勝利数や記録だけではない。
「一緒にキャッチボールしようよ」
悩んでいる後輩を見つければ、自らボールを手にして歩み寄る。そこで交わされた何気ない言葉、受けた一球、そして目の前で見せ続けた背中が、若い投手たちのなかに残っている。
石川雅規が25年間投げ続けたボールは、これから山野、高橋、奥川、そして次の世代へと受け継がれていく。
つづく>>
石川雅規(いしかわ・まさのり)
/1980年1月22日、秋田県出身。秋田商高から青山学院大を経て、2001年ドラフト自由獲得枠でヤクルトに入団。1年目の02年に12勝を挙げて新人王に輝くと、以降も先発左腕として長年にわたってチームを支えた。15年には13勝を挙げ、リーグ優勝に貢献。167センチと小柄ながら、抜群の制球力と投球術を武器に第一線で活躍を続け、プロ25年間で通算188勝をマーク。ヤクルト一筋で46歳まで現役を続け、2026年限りでの引退を表明した
島村誠也●文text by Seiya Shimamura
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