タイは日本に負けないほど自然が豊かである。青い海に島、山や川に湖など魅力的な観光スポットが多数ある。常夏の国なので、日本とは違った植物や動物も少なくない。ただ、種類によっては人間にとって危険なものもいる。こういった攻撃性・刺激性のある動植物がいるので、観光でタイを訪れた際には実は気をつけなければならないことが多々ある。
今回はバンコクでアリに襲われてしまったことで病院に担ぎこまれた日本人男性に話を聞いた。
植え込みに腰かけたらアリに襲われた
タイの首都バンコクは、東京などよりも土地の使い方に余裕があるので、広い空き地もあれば未開発の土地も少なくない。そういったところは木や雑草が生い茂り、さまざまな動物が棲息している。鳥も日本では見かけない種類も多く、1970年代までバンコクにも野生のハゲワシがいたという。リスが電柱を走っているのは今も日常だし、ヤモリやトッケイなどの爬虫類もいる。
昆虫の生息数も多い。ムカデやクモ、ハチなど、人に危害を及ぼす生き物も少なくない。アリも多数の種類がいるが、その中には危険な性質のもいる。以前書いた記事で「タイ人妻の実家が革靴工房」として紹介した諏訪部洋平さんが赤茶色のアリに襲われるという被害に遭ってしまった。そのときの様子を聞いた。
「友人と食事していたんです。友人はタバコを吸わないので、ちょっと吸いたいと思いまして」
タイは日本以上に喫煙に厳しい。飲食店は屋台でも喫煙不可というところが少なくない。諏訪部さんは屋台から離れた場所にあるゴミ箱近くで吸おうとしたところ、商業施設の警備員から禁止場所なので植え込みのほうに行くよういわれた。花壇のように一段高くなっているので、そこに座って諏訪部さんは一服。
「夜だったので、電灯で明るいといっても足元はわからなかったです。少ししたらなにかチクッとする感覚があり、下を見たら赤茶色のアリが両足に10匹ずつくらいたかってました」
サンダルだったので、肌がむき出しのところにアリがたかっていたのだ。日本ではありえないくらい、タイのアリは機動力が高い。たとえば自宅などで甘いものを床にこぼしてしまうと、すぐ数匹のアリがくる。それを拭こうと濡れたモップなどを持ってきたら、ものの数十秒なのにすでにアリが行列を作っていたりするのだ。
諏訪部さんも気がついたときには片足ずつに10匹は登ってきており、噛みついてきていたという。これもタイのアリだからなのか、事実として攻撃性が高い。たとえばシャワーを浴びるためにバスタオルをタオルかけに下げておくと、その裏側に数十のアリが集まっていることがあり、それで身体を拭くと全身を噛まれてしまう。ちゃんとしたホテルやマンションなどの高層階はそもそもアリが来ないが、市井のタイ人が住むアパートなどはそんなことが稀に起こり、特に乳幼児がいる世帯は気をつけないといけない。そのためもあって、タイのホームセンターでは各昆虫を撃退する薬品が多数販売されている。
気がついたら病院にいた……
「すぐにアリを払って店に戻り、しばらく友人と談笑していました。友人にもそういった経験があったので、薬を塗ったほうがいいといわれているうちに蕁麻疹が出てきました。肌がボコボコになるタイプで、これはただごとじゃないと思い、すぐに近くのドラッグストアに行って薬を買ったんですが……」
ドラッグストアで症状を見せる。タイは薬局やドラッグストアは必ず薬剤師が常駐するので、症状を説明すると薬を出してくれる。アリしか原因がないという話をしていると、「さらに蕁麻疹がわーって出てきて」。店にまた戻れば今度は汗も出る、フラフラになってくる。薬を塗って少しおとなしくしていたが、気がついたら病院だった。
記憶がない諏訪部さんに代わって屋台の店主にそのときの様子を聞く。
「いきなりテーブルにつっぷすように意識失っちゃったんですよ。もう痙攣しちゃって、店内は店員もほかのお客さんもパニック状態でしたよ」
店員や客の協力で横になれるチェアに寝かせ、脇などをとりあえず冷やした。そして救急車を呼び、病院へ搬送してもらったという。
いわゆるアナフィラキシーショックというものだ。日本だとハチに刺された経験があると、2回目以降にこのショック症状が出やすくなるとされる。命の危険もある危ない症状だ。
「思い返すと幼少期、たぶん幼稚園くらいのときに1度ハチに刺されているんです。そのときにできた抗体が40年も経って反応したのかもしれない」
アリ(ヒアリも含む)が「ハチ目」に属する昆虫なので、それがアナフィラキシー反応に繋がったのかもしれない。諏訪部氏はすぐに病院に入れたので、半日ほど、つまり翌日の昼ごろに退院できる程度で済んだ。それでもひとつ間違えれば、かなり危なかった。
諏訪部さんを襲った赤茶色のアリ
後日、その席にいた友人が現場の写真を撮りに行った。そこには赤茶色のアリが写っていた。
おそらくヒアリの一種と思われる。ただ、近年日本で問題となっているヒアリとは種類が異なる可能性が高い。日本のヒアリは要緊急対処特定外来生物にも指定される、南米などに棲息する「アカヒアリ」、学名が「Solenopsis invicta」となるタイプだ。
一方、タイにいるものは中央アメリカなどに主に棲息している「Solenopsis geminata」という学名で、和名は「アカカミアリ」というヒアリの一種と見られている。というのは、タイの研究で「ヒアリ」というと、ほぼ後者を指すためだ。しかし、専門家でもひと目でアカヒアリとアカカミアリを判別はできないほど、サイズや見た目は似ているという。
マヒドン大学医学部ラマティボディ病院毒物センターの研究では、タイにはアカヒアリはほぼ定着しておらず、アカカミアリの棲息が複数確認されているという研究結果を発表している。しかも、アカカミアリはアリ塚を作らないタイプのため、諏訪部さんのときのように植木にいるケースもあるようだ。沖縄などにもいて、過去には沖縄の米兵がアナフィラキシー反応を起こしたケースもある。ただし、同センターは同時に過去任意で調査した「アリ被害によるアナフィラキシーショック症例32事案」で最多の37.5%がアカカミアリからの被害としており、タイ棲息のヒアリは必ずしも一種類と断定しているわけではなく、諏訪部さんが噛まれたというアリの種類は特定できない。
対処法は近づかないこと、保険に入っておくこと
ここでタイの子育てが、こういった昆虫被害に遭わないようにするためのひとつのヒントになると思う。日本だと裸足で芝生などで遊ばせることが健康や成長に繋がるという考え方があるかと思うが、タイにはそれはない。ヒアリ、ハチ、ムカデ、いろいろな昆虫が多いうえに、ヘビ、ミズオオトカゲなどの爬虫類も数多。危険がいっぱいで、特に公園でも茂みのそばには絶対に近寄らせない。まあ、それでも多数の昆虫関係アナフィラキシーがあるのだが。
タイにおいて昆虫に刺される被害でもっとも多いのはハチで、ムカデ被害も多い。タイ国民健康保障事務所によれば、2019~2023年に入院した生後1か月から18歳未満のアナフィラキシー症例を調査した結果、この5年間で4万2,290件の小児アナフィラキシー入院が確認された。そのうち9,569件つまり22.6%が昆虫関連だった。子どものアナフィラキシー反応の4分の1弱が昆虫絡みなのである。つまりは、ちょっと油断すれば誰でも昆虫に刺される被害がありうるのだ。
諏訪部さんは迅速に病院へ搬送され、半日ほどで退院できたが、次はどうなることか。一応、タイの保健省や研究機関などの統計などでは、近年においてタイ国内では昆虫に刺されたことで起こったアナフィラキシー反応による死亡者は確認できない。アカカミアリもタイ以外でアナフィラキシーの症状は散見されても、死亡例はあまりないようである。
それでも心配だ。近寄らないことが最大の防御であるが、万が一刺された場合は、とにかく病院に直行すること。あとは保険に入っておくことだ。旅行者だと海外旅行傷害保険などに加入しているといい。諏訪部さんも保険があって費用面でも助かった。
「月1,000バーツ(約5000円)で長期滞在者向けのかけ捨て傷害保険に入ってたので助かりました。本当ならおそらく4万バーツくらい(約20万円)はかかっていた入院費も、結果3,000バーツ(約1万5,000円)で済んだのでよかったです」
<取材・文/髙田胤臣>
【髙田胤臣】
髙田胤臣(たかだたねおみ)。タイ在住ライター。初訪タイ98年、移住2002年9月~。著書に彩図社「裏の歩き方」シリーズ、晶文社「亜細亜熱帯怪談」「タイ飯、沼」、光文社新書「だからタイはおもしろい」などのほか、電子書籍をAmazon kindleより自己出版。YouTube「バンコク・シーンsince1998│髙田胤臣」でも動画を公開中
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