てっきり“子ども向け”だと思って観に行ったら、予想以上に心をえぐられた――。近年、そんな声が相次ぐアニメ映画が増えている。
中でも、その代表格と言えるのが『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』だ。7月24日から全国公開がスタートした同作は、公開初日で興行収入が約10億円をマークし、40日足らずで120億円を突破。この夏、最大級のヒット作として話題になっている。
原作は、イラストレーター・ナガノ氏による人気マンガ『ちいかわ』。
一見すると“小さくてかわいらしい”ちいかわやハチワレ、うさぎたちが冒険を繰り広げる、ほのぼのとした夏休み向けのアニメ映画にも見える。
ところが、実際に劇場を訪れた大人の観客からは「予備知識ゼロで鑑賞しましたが、ちいかわのイメージが変わった」「子供向けだと思っていたら、かなり重いテーマの作品だった」「人間の業について考えさせられた」「かわいいキャラでサスペンスホラーをやるとは……」といった感想コメントがSNSや映画レビューサイトに多数書き込まれているのだ。
今年のアニメ映画を見渡すと、同じような現象は『ちいかわ』だけではなく、『クレヨンしんちゃん』でも起こっている。
どちらも子供の付き添いで行った親のほうが心を鷲掴みにされているようだ。では、なぜこのようなことが起きているのだろうか。
その理由を業界関係者たちに聞くと、今のアニメや映画業界を取り巻く事情があることが判明した。
かわいさの裏で“厳しさ”を描き、大人を巻き込む
まず、民放キー局で映画のプロデュースに関わる男性社員・A氏に話を聞いた。
「最近のファミリー向けのアニメ映画は、子供だけでなく親世代を“付き添い”で終わらせないという意識が強まっています。
公開直後に親子連れで来てもらうだけでなく、親自身にも『また観たい』『誰かに話したい』と思ってもらわなければ、ヒット作にはならない。
その点で『ちいかわ』は非常に戦略的です。かわいい見た目とは裏腹に、決して甘くはない世間の現実を随所に見せてくれている。
ちいかわたちは、草むしりや敵をやっつける討伐で報酬を得て暮らしていますが、危険な目に遭うことも多く、一生懸命勉強しても資格試験に落ちるなど、報われないことも多い。
こうした“厳しい世間の現実”を描いたエピソードは、仕事や人間関係で思い通りにならない思いをする大人には自分事のように映る。実は、子供より大人のほうが感情移入しやすい作品になっています」
映画版では「正しさとは何か」を問う
さらにA氏は映画版についても、内容を絶賛する。
「映画版も、子供たちには仲間とピンチを乗り越えようと奮闘する冒険ストーリーに映ります。しかし、誰かを助けようとする行為が、別の誰かを傷つけてしまうことや、真実を伝えるべきかどうか迷う葛藤が赤裸々に描かれている。
また、ラストで“とある真相”が明らかになるのですが、事情を知ると一方的に悪者が誰か決められない。
また、ちいかわ自身も真実に気づくのにそれを誰にも伝えない。“正しさとは何か”というテーマを提示する壮大な作品になっていました。
何より素晴らしいのが、こうした大人向けのテイストを子供の興味を逸らさない範囲でうまく取りこんでいる点ですね。
これによってファミリー層の鑑賞をしっかり増やしつつ、親同士や大人だけの再鑑賞にもつなげている。
近年のジブリや新海誠さん、細田守さんの作品が大人向けになりすぎて観客がそこまで伸びなかったことも踏まえて、どちらにも刺さる設計にしているのが成功の要因でしょうね」
大人がグッズを買うことで映画の宣伝に
また、映画配給会社で宣伝に携わる女性社員・B氏は、別の視点から最近のアニメ映画について語る。
「『ちいかわ』は関連グッズの売り上げもすさまじい。しかも、子供のように遊ぶためだけではなく、仕事机や自宅に置いてSNS投稿をするために買う人も多い。そして、この投稿を見た人が鑑賞に行く。グッズ自体が映画の宣伝にもなっている点も大きいと思います」
幅広い層に向けた集客とグッズを宣伝に利用する『ちいかわ』の戦略は、今後のアニメ映画のスタンダードになりそうだ。
また、7月31日から公開された『映画クレヨンしんちゃん 奇々怪々! オラの妖怪バケ〜ション』は、8月25日時点の速報で興行収入22億6300万円超え。
シリーズ歴代最高興収を上回るペースと報じられている。
アニメ映画の企画開発に関わる30代男性・C氏は、同作のヒットをこう分析する。
過去最高ヒットになりそうな『しんちゃん』
「『しんちゃん』の最新作も非常によくできていますね。子供には妖怪たちとのドタバタアクションシーンでワクワク感を与えつつ、大人には違った感想を残すことに成功している。
特に印象的だったのは、しんのすけの祖父・銀の介が子供時代に妖怪と交わしたボールを巡る思い出を描いたシーンですね。
人間と妖怪の交流が途絶えたことで、返されないまま長い時間を過ごしたボールが、しんのすけを通じて銀の介のもとへ戻るシーンは切なさとロマンを感じさせた。
また全体を通して、離れてから気づく故郷の素晴らしさや家族の大切さを感じられるシーンが随所に入っていた。
ダークさを描いた『ちいかわ』とは違うアプローチで、大人に刺さる作品になっていたことがヒットの要因ではないでしょうか」
これまでも大人が泣ける作品を生み出してきた『クレヨンしんちゃん』だが、子供も大人も楽しめる作りをさらに意識したことが、集客アップにつながっているようだ。
ここまで、子供以上に大人が夢中になるアニメ映画が増えている理由について業界関係者たちの意見を連ねてきた。
どれも、かわいらしいキャラクターたちの楽しい冒険を描きながら、大人には別の感情を届ける作品になっていることが明らかになっただろう。
残暑厳しい日が続き、ストレスが溜まる日々を過ごす大人こそ、冷房の効いた映画館でアニメ映画を観て、自分を見つめ直してみるのもいいかもしれない。
<文/木田トウセイ>
【木田トウセイ】
テレビドラマとお笑い、野球をこよなく愛するアラサーライター。
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