老舗ミニシアター・横川シネマと広島最後の成人映画館、昭和の風情残る商店街――広島・横川を歩く

老舗ミニシアター横川シネマ

老舗ミニシアター・横川シネマと広島最後の成人映画館、昭和の風情残る商店街――広島・横川を歩く

9月6日(日) 18:00

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暑い日々が続く8月、とある海外媒体の依頼で、2年に1度の「ひろしまアニメーションシーズン」を取材するため広島に帰省していた。広島に戻ると、仕事やその準備や猫の世話の合間に、たいてい、せっかくだからと映画を観ることになる。地元の人間として、これまで市内のいろいろな映画館に通ってきた。その中には閉館した映画館も少なくない。とりわけ帰るたびに足が向く場所のひとつが横川である。

広島駅からJR山陽本線(または可部線)で2駅、ほんの数分で着く横川は、中心部から少し離れている。1897年、山陽鉄道が徳山まで延びたとき、広島駅の西隣に横川駅が開業し(間の新白島駅ができたのは、2015年と最近である)、旧雲石街道沿いに商店街が育った。ちなみにこの町、日本初の国産乗合バス発祥の地を名乗っている。1905年、横川―可部の約15キロを、12人乗り・片道24銭の総ケヤキ車体が走ったとされる。もっとも、競合する乗合馬車屋の激しい妨害にあったり、重すぎる車体がでこぼこ道に耐えられず、9カ月で運行を止めてしまったらしいのだが。

乗合バスそのものは2年前に京都が先んじていて(だから「バスの日」は京都の日付だ)、あくまで“国産初”を主張する、その慎ましい負けん気がいかにも横川らしい。1945年8月6日の原爆投下では、爆心地から2キロの圏内に入ったために、町は壊滅的な被害を受け、そこから時間をかけて復興をとげていった。そんな歴史を抱えた町だが、歩いて駅を出れば商店街があり、古い店と新しい店が入り混じっている。だからこそ、歩き回るにはちょうどいい。

そして、この町には映画館がある。この日は前日まで開催されていた「ひろしまアニメーションシーズン」の取材でご一緒した同業者と、慰労会を兼ねて横川へ向かった。相手はすでに5本以上の記事を書き上げているというのに、筆不精な私は10月刊行予定の報告記事を、8月の末になってもまだ準備中(幸い指定された締め切りがまだ先なのである)。そんな情けない状態なのだが、まずは「映画を観てから、そのへんで一杯やりましょう」という話になった。

向かったのは、横川シネマ。シネフィルなら一度は憧れると言っていいほど、広島でもっともラディカルな映画館のひとつであり、同時に地元の人々に長く愛されてきた映画館でもある。

アジア、ヨーロッパ、中南米の作品からドキュメンタリー、若手監督の意欲作まで幅広くかける「雑食性ミニシアター」だが、その来歴をたどると顔つきはずいぶん違う。開館は1967年7月、名画座として、横川商店街の持ちビルに、地元の興行会社が出資して開業したのが始まりだ。映画という産業が斜陽に向かうなか、1970年代半ばには成人映画館となり、1999年11月、現在も切り盛りする支配人・溝口徹氏の手でいまのミニシアターへと生まれ変わる。前身は、98年に閉じた広島ステーションシネマで溝口氏自身が続けていた自主上映レイトショーだった。2014年には運営が横川商店街振興組合へ移り、改装を経て現在に至る。溝口支配人がこの館を引き受けてから、もう四半世紀あまりになる。こうして書くと大きな歴史を抱えている映画館だが、私自身、以前に上映企画を組ませていただいた折など、横川シネマには何度も世話になっていて地元民としても頭が上がらない。

この日観たのは、TBS蔵出しの文芸ドラマを集めた石井ふく子特集の一本、「廃市」だった。ややこしいのだが、これは大林宣彦の映画「廃市」(1984年)ではない。福永武彦が一九五九年に発表した同名短編を、石井ふく子が1965年にTBSの単発ドラマとして立ち上げたもので、演出は蟻川茂男。のちに尾道出身の大林も映画化することになる、その題材のテレビ版にあたる。南田洋子、仲谷昇、大空眞弓、渡辺美佐子といった顔ぶれが、福岡・柳川の因習の町に渦巻く情念を演じる。

冒頭と末尾のトラベリングが、とにかくすばらしかった。ロケとセットを継ぎながら、当時のテレビドラマでありながら、映画に引けを取らないショットが要所に現れる。さらに面白いのが、作品の前と後に入る東芝の広告だ。これは、日曜劇場のスポンサーが東芝だったからというのもあるのだが、洗濯機、冷蔵庫、オーディオ、カメラ――いまでは当たり前のものが、まだ各家庭に行き渡る前の広告には、高度経済成長期特有の熱がある。テレビがようやく普及していく時代に、企業がどんな未来を売ろうとしていたのか。本編とはまた別の角度から、当時の暮らしが立ち上がってくる。

上映後、カウンターで溝口支配人にあれこれ解説していただいた。ドラマ史における「廃市」の位置づけ、東芝の広告の妙、当時の撮影機材のこと。正直、私には半ばちんぷんかんぷんだった部分もあり、この解説がなければ見落としていたものが多かっただろう。

館を出る。暑い。そして歩く。映画について書く仕事をしていると、一本観るたびに何か書かねばならない気持ちになる。何が描かれていたのか。どんな意味があるのか。どの文脈に置くべきか。それはそれで楽しい。けれど、観たあとに何も考えず街を歩き、適当な店で酒を飲む時間も、まったく悪くない。映画の楽しさの芯は、案外こういうところにあるのかもしれない。この日はそれでよかったのだ。

横川の店でキムチとお好み焼きをつまみ、次の映画祭取材の話をしながら、互いの働きをねぎらう。そのあとは、路地にある古本屋兼バー「本と自由」へ。古本販売だけではなく、ライブやイベントも催される、横川を代表する文化拠点のひとつだ。久しぶりに古本を買った。熊井啓『私の信州物語』(岩波現代文庫)。信州に生まれた独立プロ系の映画作家が、作家としての自分を形づくった青春時代を振り返る自伝である。

帰ろうとすると、列車のトラブルで横川駅を含め大幅な遅れと運休が出ているという。そういうこともあり、興がのったのか広島駅まで歩いて戻ることにした。横川から白島を抜け、広島駅へ。道すがら、同業者が広島のスーパーで買ったという「かぼすハイボール」がうまかった、と聞かされる(さらに、広島駅近くのそのスーパーに寄って、現物までいただいた。大変美味しかったので、お勧めしておく)。地元の人間が、県外から来た人に一本を教わる。そんな逆さまも、少しおかしい。

さて、横川にはもうひとつ、気になっていた映画館がある。横川有楽座。かつての横川銀映を引き継いだ、いまの広島に唯一残る成人映画館だ。後日、足を運んだ。

成人映画館には、当然ながら鑑賞とは別の目的を持った人も訪れる。特殊な空間であることは間違いない。この日も、スクリーンを見つめる客の背後で、別の「あいびき」が静かに進行していた。かつて、的場町にあった成人映画館――的場シネマ、的場座――の記憶が重なる。高校時代、興味本位で的場座に足を踏み入れ、見事なハッテン場だったことに面食らったのを、いまでも覚えている。

もっとも、スケジュールが公表通りに動いていないらしく、事前に同業者が電話で確かめた時間に行くと、その日は閉まっていた。休憩を挟まず次へ流れる運びだったために上映がすでに終わっていたのか、あるいは客のほとんどが男性というなか、女性が電話をして営業時間を聞いたことが引っかかったのか。すべては想像の域を出ない。

それでも、そこで観た映画には思わぬ収穫があった。この日かかっていた薔薇族映画二本のうちの一本、「さらば友よ」。片岡修二監督、ENKプロモーション製作の1986年作である。アラン・ドロンとチャールズ・ブロンソンのあの名作と同じ題だが、もちろん別物だ。歌手ユニットの片割れが誘拐され、謎の軍隊コスプレに身を包んだ探偵が助けを求められ、もう一人の歌手と共に救出に向かう。その探偵を演じるのが、当時「佐伯恭司」を名乗っていた若き日の大杉漣なのだ。

これがなかなかすごい。佐伯は、相方の歌手を鍛えるためにランニングさせ、格闘の稽古をつけ、まるでジャッキー・チェン映画のような役回りで、色恋とはほぼ無縁の探偵に徹している。終盤、犯人に銃を乱射し、歌手ユニットの色恋の機微を見届けたのち、題名そのままに「さらば友よ」と言って、さっそうと退場する。都会の片隅で生きる者たちのハードボイルドな活劇――妙にかっこいいラストだった。

映画は、ときどきこういうところが面白い。いまでは誰もが知る俳優の別名義の仕事に、思いがけない場所で出会う。その人がどんな回り道をして後の姿にたどり着いたのかを、少しだけ想像する。映画館とは、そういう偶然の起こる場所でもある。名画座が成人映画館になり、そこからミニシアターへ変わる。運営する人が替わり、かける映画も替わる。それでも建物は残り、街のなかに映画館があり続ける。

ただし、それは時代の流れに任せて勝手に残ったのではない。横川シネマでは溝口支配人が四半世紀を超えて、この館の独自性を守ってきた。横川有楽座もまた、場所や形を変えながら、成人映画館の文化を絶やさずに引き継いでいる。その背後には、それらを文化の発信地として育ててきた横川商店街という土壌がある。誰かが場所を守り、誰かが映画をかけ、誰かがそこへ足を運ぶ。その積み重ねが、映画館を街の風景に変えていく――横川はそんな街なのである。(小城大知)

【作品情報】
・ 廃市

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