市川染五郎、尾上辰之助、市川團子。歌舞伎界の次代を担う同世代、盟友同士の3人が、歌舞伎座「秀山祭九月大歌舞伎」で初めて揃って舞台に立つ。3人が共演するのは、染五郎が曽我五郎、團子が曽我十郎、辰之助が静御前を勤める舞踊「春調娘七種(はるのしらべむすめななくさ)」と、「ひらかな盛衰記」「逆櫓(さかろ)」。初めて3人が揃った「娘七種」の稽古初日から、特別な時間が始まっていたようだ。
團子「本当に、踊っていても自然と頬が緩んでしまうような気持ちでした(笑)。でも、それが“だらける”ような雰囲気ではないのが、すごくうれしくて。お互いを高め合うなかに、普段からよく話している3人だからこその関係性も出る。3人で同じ振りを踊るところでは、ちょっとした息遣いを感じられるのも楽しいです。(2人を見て)僕だけ盛り上がっている可能性もあるけどね(笑)」
染五郎「僕も楽しかったです。歌舞伎には『車引』や『勧進帳』など、3人の登場人物が中心になる作品がありますけれど、『娘七種』は本当に3人しか登場しない作品。それを同世代で勤められることがうれしいです。これまで3人で『こういうものをやりたいね』という話は重ねてきましたが、実際に3人とも同じ舞台上にいるという状況が、とても不思議というか、新鮮でした。3人が同じ舞台からの目線を共有していることが、すごくうれしかったです」
辰之助「もちろん稽古中のいまは、まだまだ未完成な部分はあります。でも、“息”というか、3人の呼吸や舞台での調和には、まったく問題がないと思いました。踊りは揃いすぎても、揃わなさすぎてもよくないので、気を遣いすぎないことが大事なのかなと。3人それぞれが自分のやりたいこと、思い描いたものを出して、それが調和するんだと稽古初日に確信しましたので。いい意味での気の遣わなさを大事にすれば、より面白い舞台になると思います」
「春調娘七種」は、曽我五郎、十郎兄弟と、なぜか静御前が一緒に七種を打ちながら踊る華やかな舞踊だ。
辰之助「『曽我物』(曽我兄弟を扱った作品群)という歌舞伎のなかでもメジャーなシリーズに、静御前が出てくるのはこれしかありません。関係性を探れば、曽我兄弟の仇である工藤祐経は頼朝の直属の家来で、義経を思う静御前にとっても頼朝は敵のようなもの。ある意味、仇が同じという見方はできます。でも、だからといって深いストーリー性があるわけではありません。昔の人が『この物語の主人公と、この物語のヒロインを一緒に出したら舞台映えするんじゃないの?』と考えた、単純な成り立ちではないかと。ですから難しく考えず、見たままの華やかさを楽しんでいただけたら。この踊りは役者で見せるもの。“役者を見に来た”という楽しみ方でもいいと思います」
染五郎「一言一句、思っていたことを言われてしまいました」
辰之助「一言一句、言いました(笑)」
染五郎「もう本当に、その通りです。逆に、考えることを忘れて見ていただきたいくらい。お客様の意識をつかんで離さず、『見ていたらいつの間にか終わっていた』というのが目標です。五郎、十郎、静御前のキャラクターの違いをくっきり見せ、理屈ではなく、歌舞伎のおおらかさや様式美を感じていただく一幕にしたいです」
團子「日本舞踊も、たとえば現代のK-POPやダンスとも、大元は変わらない。その人の体の使い方や癖が個性として出る。その癖を魅力にまで昇華して、それが役とマッチしたときには、たった2秒くらいのことでも『この瞬間が好き』とハマって、そこだけリピートしたくなることもあるはず。『この人が演じる、この役が好き』と思っていただけることを目標に勤めたいと思っています。十郎は穏やかだからといって、体を使わないということではありません。また、いまの言葉でいう“音ハメ”のような楽しさも大切にして、しっかり体幹を使って踊りたいと思います」
それぞれの役柄は、染五郎の五郎が荒々しく、團子の十郎は穏やかで、辰之助の静御前はおしとやかという役どころ。それは普段の3人にも当てはまるのだろうか?
團子「ハマりません!どう考えても、私は五郎のタイプだと思います」
染五郎「そうかな?」
團子「違う?」
辰之助「五郎とは、またちょっと違うよね。團子ちゃんは團子ちゃん。五郎に当てはまる人間がいまいたら怖いもん(笑)」
染五郎「大河(辰之助の本名)は女方をよく勤めていますし、襲名披露『寿曽我対面(ことぶきそがのたいめん)』では五郎も演じている。五郎も十郎も静も全部できる人ですけれど、この3人だったら静という感じがする。團子くんも全部できる人ですが、このなかでは十郎なのかなという感じです。そういう意味では、ハマるところにハマったような気がします」
辰之助「歌舞伎俳優は、年齢や経験によって演じる役の路線も変わっていくと思うんです。僕も子供の頃は、自分が女方になるという意識はありませんでした。ですが近年、曾祖父や祖父、父のような線の太い立役(物語を引っ張るヒーロー的な男性役)路線を追い求めるのではなく、自分の個性を生かして女方から二枚目のものをやっていくということを決めた。そうしたら楽になりました。染五郎さんも、以前はより線の細い二枚目を演じていたのが、いまは線の太い役もお似合いになる。そうなっていく姿を見るのも、非常にうれしいです。3人がそれぞれ違う特性を持っていて、その個性を伸ばしてきたからこその配役。いまの僕たちにハマったと思います」
いまの歌舞伎ブームに火をつけた映画「国宝」では、歌舞伎俳優同士のライバル関係と、支え合う友情が描き出された。切磋琢磨する3人にも、お互いに嫉妬するようなことはあるのだろうか。
團子「あります、あります。普通によくあります。でも、隠さない。むしろ言えてしまう関係なのがいいんだと思います。僕は今日も『本当にいいな、羨ましいな』と思っています。『一條大蔵譚』の会見で、染五郎さんが『「まだ早いです」と言い続けるのも自分への甘え』というようなことを言っていたんです。『まだ自分には早い、未熟だから』という気持ちも大事だと思います。でも、そこに甘えちゃいけないんだという言葉にハッとさせられました。こんなふうに刺激を受ける。こんなに刺激を受け続けられる人が近くに二人もいるんだ、といつも思っています」
染五郎「僕もこの間、團子くんの『もののけ姫』を見に行きまして。やっぱり真ん中が似合うというか、主役をやる人なんだなと思いました。同年代の彼が、ほぼ先輩方という座組の中心に立って引っ張っている姿が、すごく頼もしかった。自分もそうあらねばならないと思わされました。辰之助くんとは近年、共演することが多いのですが、女方もできるし、五郎のような男らしい役もできる。踊りも芝居も何でもできる人です。その都度、その役のいろいろな色にきっちりなれる。役者としての柔軟性がすごいと思います。それぞれ違った刺激を、二人から与えてもらっています」
辰之助「僕も、團子ちゃんの『もののけ姫』も、染五郎さんの『ハムレット』も見せていただいて、その都度、刺激を受けています。僕が感じる嫉妬は、『彼がこの劇場で主役をやっているから』とか、『大きな役をもらっているから』というものではありません。『その役を、もうこんなふうにできるんだ』『ここまで、この役をものにするんだ』という嫉妬です。それは役の大きい、小さいとはまったく関係ない。役の大きい小さいではなく、その役をいかに突き詰められているか。脇の役で全霊を尽くせない人間は、真ん中の役なんて絶対にできないと思います。役をどこまで突き詰めているか。そういうところに役者として嫉妬して、高め合っているのだと思います」
團子「めちゃめちゃいいこと言った。確かに!」
この夏、スーパー歌舞伎『もののけ姫』で2カ月間、アシタカとシシ神を演じた團子。公演中は「これは歌舞伎なのか」「歌舞伎とは何か」と問い続け、悩む日々だったという。
團子「歌舞伎の定義として、『歌舞伎役者がやれば歌舞伎になる』という言葉があります。でも、それは歌舞伎が体に染み込んでいる人だからできることであって、自分の“できなさ”を痛感しました。原作のアニメーションにリスペクトの気持ちを持って、かつ、意識的に歌舞伎から逸脱しないように、自分の手綱を引いておく、その感覚がすごく難しかったです。とにかく、歌舞伎役者でいるとはどういうことなのかを深く考えさせられた2カ月でした」
その公演の2日目、辰之助が客席に駆けつけた。
團子「本当は中盤くらいに来る予定だったのを、早めて来てくれたんです。初日は本当にドキドキで、これから2カ月続くのかと思っていたときに、楽屋にも来てくださって。とても勇気をもらいました」
そして千穐楽まで、あと5日。今度は染五郎がやって来た。
團子「初めと終わりに二人が来てくれた。出だしのパワーと、最後まで駆け抜けるパワーをもらったという感じでした」
しばらく歌舞伎を離れ、シェイクスピアの『ハムレット』に主演した染五郎は、歌舞伎に戻ってきて改めて、その懐の深さを感じたという。
染五郎「歌舞伎って何でもありだな、と思いました。何にでもなれるし、何でも成立させられる。普通の演劇とは違う、その部分があまり知られていないのかなと感じています。理屈だけでは成立させられない作品もありますし、無理に理屈を通すと、逆に面白くなくなる。歌舞伎の持つおおらかさは、大切に残していかなければならないと思います」
秀山祭は名優・初代中村吉右衛門の芸と精神を継承するため2006年に始まって、今年で20年目。初代吉右衛門を祖とする播磨屋と兄弟の血脈で繋がり、ともに芸を受け継いできた高麗屋にとっても特別な公演だ。高麗屋の染五郎は、夜の部『一條大蔵譚』では一條大蔵長成という大役に挑む。
染五郎「『一條大蔵卿』は初代吉右衛門が『いちばん好きな役』と自伝に書き、二代目の大叔父も『残さなければならない』と言っていた演目です。人物の心を繊細に描きだし、歌舞伎の様式のなかに心理描写をきっちり入れ込むこと。それが播磨屋、高麗屋に共通する家のカラーなんです。この役をこのタイミングで勤められることを噛みしめ、その芸を大切に伝えたいと思っています」
染五郎はまた、大蔵卿の中に「ハムレット」と共通する部分を見いだしたという。
染五郎「大蔵卿は、“作り阿呆”の愛嬌が印象に残りがちですが、その奥に寂しさがある。高貴な身分に生まれながら、自分を嘘の狂気で偽らなければ生きていけない。周りから誤解され、誰にもわかってもらえない。その悲しさや孤独感は、ハムレットと共通していると思います。ただ、ハムレットはまだ悩み、もがいている若者で、その過程を描いた作品。大蔵卿はもう『自分はこうやって生きていく』と腹をくくっている。そこが違います。人間として覚悟を決めた、その大きさを出せたらと思っています」
「ひらかな盛衰記」「逆櫓」では3人が船頭として並び、松本幸四郎演じる松右衛門実は樋口次郎兼光に立ち向かう。
染五郎「『逆櫓』は、大叔父はもちろん、曽祖父も祖父も何度も勤めている作品です。16年前、祖父が松右衛門を演じたときに、僕は子役の駒若丸で出させていただきました。そのときの記憶が残っているんです。大詰で松の大木に乗った樋口が、松の枝をぐっと上げる振りがあるのですが、転換前に舞台裏で、父が僕をその松に乗せてくれて。祖父の振りをまねようとしても手が届かないので、父が抱き上げてくれた。その光景を、すごくよく覚えています。今回は、子役から一つステップアップした船頭役で、しかもこの3人で出られることがうれしいです」
辰之助「今回、幸四郎のお兄さんの近くで勉強しながら3人で船頭を勤めることには、大きな意味があると思います」
團子「こういう作品がかかっている環境にいるだけでも、雰囲気、匂いのようなものが吸収できるかなと。それに、祖父が『當世流小栗判官』で演じた浪七の大立廻りは『逆櫓』から換骨奪胎された部分も多いと思います。その大元となる作品に生で触れられるのもうれしいです」
2027年1月30日、31日には、染五郎と辰之助がロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場で「ロンドン歌舞伎舞踊公演」に出演する。辰之助が「藤娘」、染五郎が「雪の石橋」を勤め、二人で「男女道成寺」を踊る。
同劇場は、1972年に英国で初めて歌舞伎公演が行われた、歌舞伎とゆかりの深い劇場だ。染五郎にとっては、さらに特別な場所でもある。祖父の二代目松本白鸚は、市川染五郎時代の1965年にミュージカル「王様と私」の日本初演版で王様役を好演。1991年には九代目松本幸四郎として、サドラーズ・ウェルズ劇場でイギリス人キャストとともに英語で王様を演じたのだ。祖父も望んでいるように、いつか染五郎もミュージカルの舞台に立ってほしいと願っているのは筆者だけではないはず。
染五郎「歌舞伎役者である前に役者だと思っていますので、役者として求められるのであれば、何でもやりたいと思っています。その選択肢のなかに、ミュージカルも当然あるでしょうし。ただ、自分から『やりたいです』と言うのも、また違う気がする。かといって、受け身だけでは駄目なのですが。本当にすべてがご縁でつながっていると思うので、ご縁があれば、という感じですね」
歌舞伎への愛情が海より深い3人だが、辰之助も「どこからも求められる役者になりたい」という。これまで3人で何度も「こういうものをやりたい」と語り合ってきた染五郎、辰之助、團子。秀山祭で初めて3人が共有するその目線は、まだ見ぬ舞台へとつながっていく。固い絆で結ばれたこれからの3人が、たまらなく楽しみだ。
「秀山祭 九月大歌舞伎」は9月2日より26日まで東京・歌舞伎座で上演される。詳しい情報は公式サイト「歌舞伎美人(https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/978)で確認できる。
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【作品情報】
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もののけ姫
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撮影:若林ゆり 市川染五郎ヘアメイク:川又由紀(HAPP'S.) 尾上辰之助ヘアメイク:花井菜緒(JOUER) 市川團子ヘアメイク:森智聖 スタイリスト:中西ナオ