関西のビッグコンテンツ「吉本新喜劇」で、「初の関東弁を話す座員」として活躍する千葉公平さん(50歳)。
彼は自身を「『じゃないほう芸人』の元祖だと思います」と称する。 彼はかつて、「ハローバイバイ」というコンビで東京で活動。相方は、Mr.都市伝説として知られる関暁夫だったのだ。
コンビとして混迷していた時期に、相方が一人で売れていった芸人の思いと振る舞いとは?千葉本人に語ってもらった。
相方が先にブレイクするも焦りはなかった
――ハローバイバイは1996年に結成。相方の関暁夫さんが注目を集めたのが、『やりすぎコージー』(テレビ東京)で2005年に放送された「芸人都市伝説」ですね。コンビとしての当時の状況はどうだったんですか?
千葉公平(以下、千葉):
直前に、さまぁ〜ずさんが司会の『新すぃ日本語』(TBS系列)という番組に出させてもらってコントもできていたので、「ここからいくぞ!」という感じだったんです。
――東京03・フットボールアワー・友近など、のちに売れる若手芸人さんが多く出ていましたね。
千葉:
チャンスをものにする前に番組が終わっちゃって。何かしら動かないいけないタイミングで、関はずっと好きだったオカルト方面の活動をしはじめました。
――結果、関さんは一躍人気者になりますが、相方として悔しさはなかったですか?
千葉:
特になかったですよ。僕もまだ20代で若かったし、あまり色々考えるタイプではないので。なので、むしろ「僕も自由に好きなことができる」ぐらいに感じていました。
――焦りもなかったですか?
千葉:
ないです。ただ、僕はお笑い番組に出てネタやお笑いがやりたかったので、関が都市伝説にどっぷりになっていくのを見て、「ちょっと方向が違うな」と感じ始めるようにはなりました。 それに、自分の中では自由になったと思っていても、世間的には「じゃない方」という扱いにはなっていました。当時は、まだそんな言葉もなかったですけどね。
――『アメトーーク』(テレビ朝日系列)で、「○○じゃない方芸人」という回が最初に放送されたのは、それより4年後の2009年ですからね。
千葉:
ゆえに、僕は“元祖”じゃない方芸人かもしれないと思うのですよ。
ネタ作りで生まれた、コンビの亀裂
――それまでは、コンビ間の絆は盤石だったんですか?
千葉:
いえ、ネタ作りで関係が崩れました。当初、関が「ネタを書く」ところから始まったんですが、行き詰まった時期がありました。煮詰まると関にイライラをぶつけられたりして、雰囲気はよくなかったのです。
――どんな風にぶつけられるんですか?
千葉:
「お前がネタ書いてこいよ」みたいになって。それで実際、僕もネタを書いて持っていくんですが、1ページ目を見ただけで「こんなの面白くない」って突き返されたりして。まぁ、それは僕の台本が本当に面白くなかっただけかもしれませんけど(笑)。 それで、コンビ継続に対する気持ちはキュッとしぼんだ感じはありますよ。
――それで、関さんのピンの仕事が増えても「自由だ」と感じたのかもしれませんね。
千葉:
コンビって、一方が舵取りをしてもう一方がそれに乗っかるような関係性も多いんです。関には関で船長としての苦労があったのだと思います。僕は僕で方向性に対して不満があったりしました。だから、関が都市伝説の方に行って僕もピンで活動すると、自分自身での舵取りができるから自由を感じたのです。
――それぞれがピンで活動を始めると、気持ちのズレが起きてくるんじゃないですか?
千葉:
そうですね。お互い、別々に思うところはありましたよ。
――関さんがあれだけ売れて、その影響で入ってきたコンビの仕事もありましたか?
千葉:
チラホラありましたね。関は、それは気に食わなかったみたいです。「俺の成果なのに」といった話は何度かされました。「お前のおかげで、テレビに出られる。ありがとう!」って感じだったんですが。
13年間続いたコンビのあっけない幕切れ
――解散を突きつけられて、関さんはどんな反応でしたか?
千葉:
1回目は、ちょっと待ってほしいという感じでしたが、2回目の話し合いでわりとすんなり合意してくれました。
――13年やってきたコンビの解散、虚無感はなかったですか?
千葉:
ないですよ。むしろ、自由になった爽快感でした(笑)。
元相方の苦労に「解散後に気づいた」
――役割が違うと、なかなか相手の苦労は見えにくいものですよね。
千葉:
そうですよ。僕も、ハローバイバイが解散して組んだギンナナというコンビになって、初めて関の大変さがわかりました。
――どういうことでしょうか?
千葉:
ギンナナは割合でいうと僕の方が多く台本を書いていたんです。それで煮詰まった時に、相方に対して「のほほんとしやがって」と思っちゃった時がありました。その時に、「あ、関がこんな風に感じたことがあったんだろうな」と思いましたよ。
――立場の違いで見えるものが変わりますね。
千葉:
ハローバイバイの時は、僕の方が明るい性格だったんですよ。属性で言うなら、僕が陽で関が陰みたいな。でも、ギンナナでは僕より相方の方が明るくて楽観的だったのもありますよ。
――「売れるには」みたいなことを、どちらが真剣に考えているか。
千葉:
ハローバイバイ時代、僕は稼ぐという考えがほとんどありませんでした。関は、そこも嫌だったかもしれませんね。ですが、ギンナナになってしばらくして僕にも「稼ぎたい」という気持ちが大きくなってきて。だけど、相方は楽天家だったので、そこでぶつかることも増えました。 それを経てきたので、今はあの時の関の気持ちが少しわかる気がします。いつか、関とも話してみたいですね。
現在は「関の連絡先も知らない」
――今は、連絡は取っていないんですか?
千葉:
まったく取ってないです。解散して17年近く経ちますけど、解散してから一度も会っていないし、連絡先も知らないですよ。
関の活躍は、テレビなどで見ていて「すげえな」と思っていますし。コンビだった当時、僕は芸人でいたいとばっかり思っていましたが、今考えると、あいつは人気をずっと続けられるように色々考えて動いていた。 やっぱり、ちょっと話してみたい感覚はありますね(笑)。
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17年近く会っていない元相方について、千葉は今も称賛する。それは、関氏が手にした実績はもちろんだが、千葉自身が次のステップにしっかりと進んでいるからでもあるだろう。 それぞれが別々の道を歩んだ先で、ようやく見えてくる景色もあるのかもしれない。
<取材・文/Mr.tsubaking>>
【Mr.tsubaking】
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。
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