2024年1月にパレスチナのガザで6歳の少女ヒンド・ラジャブとその家族、そして救助に向かった救急隊員がイスラエル軍に殺害された事件を映画化した「ヒンド・ラジャブの声」が公開された。来日したカウテール・ベン・ハニア監督がインタビューに応じた。
2024年1月29日、人道支援組織・パレスチナ赤新月社のボランティアチームが緊急通報を受ける。それは、ガザ地区で銃撃下の車内に閉じ込められた6歳の少女ヒンド・ラジャブからだった。ボランティアチームはラジャブとの電話をつないだまま、救出するためにあらゆる手段を尽くす――。ブラッド・ピット、ホアキン・フェニックス、ルーニー・マーラ、ジョナサン・グレイザー、アルフォンソ・キュアロンらが製作に名乗りを上げ、第82回ベネチア国際映画祭でのプレミア上映で、同映画祭における史上最長となる23分もの記録的スタンディングオベーションが巻き起こり、銀獅子賞受賞を含む8冠に輝いた。
――まずは、本作をドキュメンタリーではなく劇映画として、制作した意図を教えてください。
もともと私はドキュメンタリーを作ってきた作家で、フィクションやハイブリッド作品の経験もあるため、映画表現の幅への自負はあります。 今回、録音データがあるためドキュメンタリーとして作ることもできましたが、ドキュメンタリーは「過去に起きたこと」を描くことが多いのが特徴です。そうではなく、この映画を観ている人すべてが、現在進行形で彼女の声を聞きながら「何かできるんじゃないか、できないんじゃないか」と体感してほしいと考えました。
また、ドキュメンタリーにおけるパレスチナに関する作品では、世界に向けて自分たちの立場や状況を説明しなければならない傾向があり、私はそれが非常に嫌いです。映画であれば、言葉によるくどい説明がなくてもその瞬間を感覚として体感させることができます。 それは、ドキュメンタリーが持つ強さと、フィクション(ドラマ)が持つその瞬間の出来事を再現する力を掛け合わせることで、説明的にならずに伝えることが可能になると考え、このハイブリッド形式を選びました。
ヒンド・ラジャブが助けを求める実際の録音データは残っており、ロンドンの「フォレンジック・アーキテクチャー(Forensic Architecture)」という団体が法医学的に詳細な時系列調査を行って書き出しを行っています。すでにそうした事実調査が存在するため、映画でそれをそのままなぞる必要はないと判断したのです。
――少女をすぐに救出することができないジレンマに悲しみ、苛立つスタッフたちの姿にも心を動かされます。脚本は現場のやり取りに忠実だったのか、それともドラマ的な展開を広げるために脚色を加えたのでしょうか?また、撮影場所や期間も教えてください。
あの日に起きた音声をそのままセリフとして言ってもらう形をとりました。オフィスで録音されている声だけでなく、その周りにいた人たちがどう動いていたのか、どういう会話をしたのかを知るため、被災したメンバーや親戚の方々お一人おひとりに証言を聞きました。そうした多くの要素の中から、ヒンドの声の存在感をしっかり立てるために映画としてどのように組み立てるべきかを考えて脚本を作成したのです。
撮影は13日間で、私の母国のチュニジアにセットを建て、どこからでも撮影できるよう、広い場所を確保して非常に高い再現度でオフィスを作りました。
――遺族や赤新月社からの許可取りなどの苦労はありましたか?また、イスラエル側から製作や公開にあたり妨害を受けたりすることはありまでんでしたか?
映画化にあたり、まず何よりもヒンド・ラジャブのお母様の許可が必要でした。お母様とお話ししたところ、大変素敵な女性で、「ニュースでは子供たちの死が単なる数字として扱われてしまう中、1人の女の子として娘の記憶を形に残してくれるのは嬉しい」と言って下さいました。その後、赤新月社の方々とも話を重ねて、作品の構想を練っていきました。私の過去作を観てくださっていたこともあり、信頼関係を築くことができました。
デリケートな問題のため撮影は秘密裏に行いました。編集が終わった段階で、イスラエル側は作品の存在を察知し、公式な立場を表明してきました。最初は「感知していない」というスタンスでしたが、衛星写真等で該当エリアに戦車が写っている証拠を見せたところ、「きちんと調査する」という返答が届きました。 公開にあたり作品を守るため、エグゼクティブ・プロデューサーに多くの著名人に参加してもらいました。世界的なビッグネームを集めることで、作品自体を保護するというアプローチをとったのです。 政府からの直接的な攻撃というよりも、ロビイストからの攻撃がありました。例えばアカデミー賞のキャンペーン中には、ロビイストたちから「これはハマスのプロパガンダだ」といった誹謗中傷キャンペーンが行われました。
――ヒンド・ラジャブの実声を音声波形(周波数)で表現する映像演出は、実際の現場の装置を参考にしているのでしょうか?
実物は映画ほど大きくはないものの、実際の現場にある、波形が表示される緊急通報用の装置を参考に作ったものです。映画内であえて大きく強調して表現したのは、彼女の顔を見せる必要はなく、彼女の声そのものを強調したかったからです。
――赤新月社のスタッフを演じたパレスチナ人俳優たちの演技も迫真に迫るものでした。俳優の起用プロセスについて教えてください。
出演した俳優のうち2名は以前別の映画で観て素晴らしいと思っていた方々ですが、全員、今回私が初めて一緒に仕事をした俳優です。うち2名は新人に近い若い方々です。
普通の映画のキャスティング手順を踏みつつ、「実際の赤新月社メンバーに顔立ちが似ていること」「パレスチナ人であること」「優れた役者であること」を条件に探しました。容易ではありませんでしたが、最高のキャストが集まりました。
――現在ガザは封鎖中ですが、本作映画製作にあたり現地へどのような配慮を行いましたか。
ご存知の通り、現在ガザにはジャーナリストすら足を踏み入れることができず、誰も入れない状態です。しかし今回は、作品公開によってお母様に危険が及ばないよう全力を尽くし、お母様をガザ地区から無事に避難させることが叶いました。
――劇中後半、生前のヒンド・ラジャブが海について語る実際の映像が映し出されます。
ガザの人々にとって海は非常に特別な存在です。ガザ地区から出られない彼らにとって、そこは檻のようでもあると同時に、唯一地平線(水平線)を見渡すことができ、希望を持てる場所が海なのです。お母様から「ヒンドも海に行きたがっていた」という話を聞いた際、非常に心を動かされました。だからこそ、映画の最後は彼女が生き生きと生きていた姿を記憶にとどめる形で締めくくりたいと考え、あの映像を選んだのです。
8月19日、イスラエル国防軍(IDF)はヒンド・ラジャブとその家族が乗っていた車への発砲を初めて認め、刑事捜査を開始するという声明を発表した。しかし、現在でもイスラエル軍によるガザ地区への攻撃、ヨルダン川西岸地区ではさらなる占領が進んでいる。
また、本作公開に合わせ、売上の一部をヒンド・ラジャブさんのご家族に直接寄付する、チャリティTシャツの発売が決定。9月4日から一部の上映劇場に加えて、配給会社の公式HPよりオンライン(https://albatros-film.stores.jp/)でも購入できる。
【作品情報】
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ヒンド・ラジャブの声
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