いまの時代、教育とは何を目指すものなのでしょうか?そして学歴とは社会や他者に向けて何を示しているのでしょうか?
学歴や偏差値をネタにする笑いで受験生に人気のYouTubeチャンネル「wakatte.TV」(以下、ワカッテTV)が、福島大学をバカにする発言をして問題になっています。福島大学の偏差値が国公立大学の中で最下位だとした上で、「放射能や原子力は超重要な問題なので、福島大には触らせたくない」と揶揄したところ、大学側が反応する事態になったのです。
学長の静かな怒りと、火に油を注いだ反論
福島大の佐野孝治学長は「学生及び教育研究活動に関し、配慮を欠くと受け取られかねない発言があった。学生・教職員が、尊厳を傷つけられることがあってはならない」との声明を発表する一方で、朝日新聞の取材に対して「相手にしなくてもいいんじゃないかという気持ちもある」と語っており、ワカッテTVの言論は論ずるに値しないとの認識も示しています。
これを受けて、ワカッテTVは動画の該当部分を削除し、出演者とスタッフの連名で、「福島大学で原子力を学ぶ意義や経緯、そして日々研究に取り組む学生の皆様の志に対する配慮が決定的に不足していたと痛感しております」とのコメントを発表しました。
しかし、その後にプロデューサーの音畑柊氏が自身のYouTubeチャンネルで批判の声に対し、「偏差値の低い国公立の人間に原子力は無理やぁ!っていういつも通りのボケやろ!」とか、「福島大に受かりました程度の能力では、高度な原子力扱うのは相当難しいんじゃないの?っていう表現」といった反論を展開し、再び騒動に火がついている状態です。
学歴で人を蔑む娯楽に、後ろめたさが消えた社会
【福島大学キャンパス調査動画について】
今回の動画における発言について、私たちの言葉足らずな表現により意図とは異なる形で多くの方に伝わってしまい、福島大学の皆様および関係者の皆様にご不快な思いとご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。…— 高田ふーみん【wakatteTV】 (@tigakukirai) September 1, 2026
さて、ワカッテTVで繰り広げられている表現そのものについての評価は、佐野学長の「相手にしなくてもいいんじゃないか」の一言に尽きます。品性下劣で、恥という概念がないからです。
しかしながら、これが多くの受験生に人気のコンテンツだという社会の空気感、そしてある種の現象には看過できないものがあります。なぜなら、学歴や偏差値によって相手を値踏みする行為に後ろめたさを感じる人が少なくなってきていることが如実にうかがえるからです。
もちろん、現実は多くの局面で学歴や偏差値によってフィルターにかけられるシステムができあがっています。就職をゴールに見立てた長丁場のラットレースにおいて、偏差値という恐怖心が競争を煽っているという事実は否定しがたいものです。
ただし、だからといって、そのことを人間の価値や人格の評価と結びつけることに何のためらいもないばかりか、むしろ積極的に自分より下の他者を見つけ出しては彼らを蔑むために、そうした数値を利用している。そして、そのような娯楽を楽しむ人たちが一定数存在している。
この歪んだ光景こそが、ワカッテTVによって映し出された、現代の教育の致命的な失敗なのです。
「露悪は現実」という開き直りが失わせるもの
もっとも、ワカッテTVもそうした自らの悪どさを自覚していたことは明らかです。けれども、その露悪こそが現実だと開き直った態度がはびこる先には、一体どんな社会が待ち受けているのでしょうか?
学歴や偏差値という客観的なデータ(エビデンス)によって他者を踏み台にしても構わないというコンセンサスができあがれば、教育の目的は踏み台にされないようになることにすり替わります。
もちろん、いつの時代にも様々な形で残酷な真実は存在します。しかし、それが人々の確固たる行動原理になっても仕方ないというわけではありません。本来、そこには恥じらいの感覚だったり、美意識だったり、一線を超えない矜持だったりといったクッションを各々が持ち合わせることで、世の中の厳しさを協力して希釈しあってきた知恵があったはずなのです。
今回、改めてワカッテTVの動画をまとめて視聴して感じたことは、この情緒を働かせる知恵が恐ろしいスピードで失われているのではないかという強い懸念です。
教育の形骸化を告げる、炭鉱のカナリア
つまり、ワカッテTVとは、皮肉なことに炭鉱のカナリアのようなものだと言えるかもしれないのです。えげつない表現を反語的に解釈するならば、教育が加速度的に形骸化し、学歴や偏差値に有価証券ほどの価値すらつかなくなってきたがゆえに、低俗に逃げざるを得ないというアラートを発しているようにさえ見えるからです。
教育が数値を追求してきたがゆえに咲いてしまった徒花。ワカッテTVの毒々しい色彩は、品性や見識を教わってこなかった人間の寒々しい心象風景をも映し出しているのです。
文/石黒隆之
【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。X: @TakayukiIshigu4
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