肩から手首までの刺青が目を引く女性がいる。301.さん(@mtn07180828)、36歳だ。日頃は会社員をしながら、ポートレートモデルもこなす。3度の結婚をして、3度の離婚。その美しい顔貌も、本人は「自分に自信を持てたことはないですね」と苦笑いをする。彼女が生きた、壮絶な半生とは――。
刺青を入れた背景にあるのは…
――非常に気合の入った和彫りです。
301.:
ありがとうございます。20代半ばで初めての結婚をして、相手の男性の身体に刺青がありました。「お揃いの模様を彫ろう」となって入れたのがきっかけです。
――特に不良というわけではなかった。
301.:
とんでもない。どちらかといえば、母親の顔色を伺いながら生きてきた学生時代だったと思います。母は他人からの見え方を気にする人で、英語やそろばん、ピアノに学習塾などを一通り私に習わせていました。成績も、割といいほうだったと思います。
上京するも拒食症で苦しむことに
――母親の顔色を伺う人生だったというのは……?
301.:
私が10歳の頃、父と母は離婚しました。私は母に引き取られましたが、母からは別れた父の悪いところを散々聞かされて育ちました。また、母から容姿や外見に関するダメ出しを頻繁にされることも、苦しかったです。当時の私はかなりぽっちゃりしていたので、母の嘲笑の的になっていました。私は高卒後、専門学校に入学するために地元から上京しますが、あのときの母のことを思い出して、拒食症になってしまいました。たった200グラム増えただけでも外に出られない精神状態になってしまったんです。
あるいは、母はとりわけ金銭への執着がすごい人でもありました。父からの養育費の支払いが遅れると、子どもの私に電話をさせるんです。電話越しで、私は父に「パパ、いつ振り込んでくれるの?」と聞くのが常でした。もっとも、父が電話に出ないときは、出るまで何度でもかけさせられます。
――衝撃です。暴力などは……。
301.:
殴る蹴るは普通にありましたね。くわえて、父から養育費が振り込まれたとしても、母はおそらく自分のためにそのお金を使っていたと思います。小学校時代は靴を数えられるくらいしか替えてもらえなかったし、洋服も数着で着回していたので、友人からイジメられるきっかけにもなりました。
母は「お金を渡す時だけ優しかった」
――そうした状況でも、301.さんはお母さんに認められたいと思っていた。
301.:
そうだったのだと思います。お小遣いを貯めて、それを母親にあげていましたから。母はそれを受け取ると、そのときだけは優しくしてくれました。こういう習慣が、私の価値観の基礎を作ったのだと思います。
――というと?
301.:
私は、愛情をお金で表現するくせがあるんです。たとえば女の子の友人にはいろいろ奢ってしまいますし、彼氏に対する貢ぎ癖があることも自覚しています。
なぜ「300万円」貢いでしまったのか
――これまでどんな貢ぎ方をしてきましたか。
301.:
30歳前後で交際していた男性には、300万円をあげました。彼がFXで損した金額の補填をしたんです。そんなことをしても何にもならないと頭では理解しているのですが、お金で愛情を示す以外にやり方がわからなかった……といったほうが正確かもしれません。
――お金が潤沢にあるように見えます。
301.:
そんなことはないんですけど、昔から大切にされた記憶に乏しいからか、性を売ることに抵抗がない時期がありました。
私は小学校高学年からリストカットなどを繰り返し、カウンセリングを受けることになります。中3で母親の暴力を学校の先生に打ち明け、同じ時期に、父の方へ引き取られることになりました。ただ、父には再婚相手がいて、その女性は暴力こそなかったものの、必要なお金を渡してくれないなどの意地悪をしてきたんです。ちなみに、高校にもっていくお弁当に明らかに腐った具材を入れるなどの嫌がらせにも遭いました。
高校生になると出会い系サイトに書き込んで、今でいうパパ活をしていました。高校時代はそのお金でやりくりをしていたんです。もっとも、この当時も必要な金額だけを残して、ほぼ丸々を当時の彼氏にあげていました。彼氏が「うつ病の親の代わりに俺が同性愛者と寝て金を稼ぐしかないんだ」と言っていたので、足しになればと思って。もっとも、今なら嘘だとわかるのですが。
「3度の離婚」を経て思うのは…
――ところで、これまで3度の離婚をしたとか。
301.:
しました。最初は、先ほどお話した刺青の男性ですね。相手のDVによって別れました。2回目は料理人をしている男性で、一緒に店をやっていました。ただ、出店した場所が人間関係の濃い場所で、独占欲が強い彼は私がほかの男性と親しげにすることを快く思わなかったんです。結局、彼から暴力を受け、救急搬送されました。肋骨が折れて肺に刺さり、気胸になったんです。また、鼻も折られたので整形手術をしました。結婚生活は2週間ほどだったと思います。3回目の結婚は4年続いて、価値観の不一致で離婚に至った……という感じでしょうか。
――自分を大切にしてくれない男性を選んでしまうのも、生育歴が関係していると思いますか。
301.:
無関係だとは言えないと思います。今もたまに幼い頃の夢を見て、苦しくなって起きることがあります。この年齢になれば、ある程度の理不尽なことには耐えられるのですが、10歳そこそこの私に、もっとも心の拠り所としていた母親からヘイトを向けられるのは辛かったなと思います。結局、母には1年ほど前に絶縁を宣言したLINEを送りました。そこにはこれまでされた事実や感じた気持ちをしたためました。その後、すぐにブロックしたので、リアクションはわかりませんが。
思えば父は厳格ではありましたが、私の身を少し案じてくれていたのかもしれません。中3のときに引き取られるきっかけも、父に誕生日のお祝いのために電話して、そのあとすぐに「死にたい」と言って泣いてしまったことでした。その一件で父が心配をして、自分のところに呼び寄せてくれたんです。
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愛か金か。そんな二択をしばしば目にするほど、両者は対極にある。だが小学生の301.にいわせれば、「金こそ愛だ」となろう。探り合いを続けながら大人になってからも、その愚かさを頭では理解しつつ、いざ人間と深く関わろうとするときに懊悩する。10歳の頃の301.さんはまだ成仏していない。悲しみを背負ったまま、彼女は美しく笑う。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki
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