東京国際映画祭(TIFF)の新たなフェスティバル・ディレクターに久松猛朗氏が就任することが同映画祭主催のユニジャパンから4月に発表された。久松氏は2017年3月から2021年3月にも同フェスティバル・ディレクターの経験があり、5年ぶりの再登板となる。
東京国際映画祭は今年、第39回を迎え、10月26日~11月4日までの10日間開催される。回を増すごとに世界からの注目も高まっているが、まだまだ成長と変化の過程にある。節目となる来年の第40回を見据え、新フェスティバル・ディレクターとして、どのような取り組みをし、新機軸を打ち出そうとしているのか、久松氏に聞いた(7月末時点)。
―今年4月に新しく東京国際映画祭のフェスティバル・ディレクターに就任されました。5年ぶりの再登板なりますが、今回新しく取り組もうとしていることなどを伺えますか。
久松今年(第39回)の映画祭まで半年しかないというタイミングでの就任ですので、すでに進行している部分もあり、新しい取り組みを打ち出すのは難しいのですが、まずは来年の第 40回につなげていくことです。来年は節目となりますので、そこに向けてどうつなげていくかということも大きなテーマです。
一方で、私の映画業界の中での立ち位置で言いますと、どちらかと言えば、ビジネスの方なんですね。エンタテインメントについてはワーナーブラザースや松竹という大手映画会社で経験していますが、インディペンデント系のアート映画を手掛けてきたわけではないので、バランスでいうとエンタメ寄りの方が親和性が高いです。プログラミング・ディレクターの市山尚三さんがアート映画やアジア映画などが得意なので、いいバランスだと思っています。市山さんが得ている信頼はマスコミや映画ファンからも厚いですから、そこに私の得意なエンタメ性が加わって、映画祭の方向性として、全体のバランスがとれるのではないかと期待しています。
映画祭は、突き詰めていくと、すごく“シネフィルの極み”みたいな人たちの集まりになって、狭い世界の映画祭になってしまう可能性があります。ですので、できれば裾野を広げていって、多様な映画がある映画祭を楽しんで、それぞれの映画ファンが見たいものが何かしら東京国際映画祭の中で見つかるような形にしたいと考えています。
―もっと多彩な映画の魅力を紹介していきたいということですね。
久松映画祭というものは、映画産業の一翼を担っているわけですから、政府が打ち出した、日本成長戦略の中で官民投資の促進に向けた「重点投資対象17分野」に“コンテンツ”が入り、その中で映画も後押しをしてくれているという流れの中で、その期待に応えていきたいと考えています。日本の映画や日本のクリエイターを海外に発信していくという役割が映画祭にはあり、もう一方で、海外のものを日本に紹介していく役割もあり、これもバランスの問題だと思っていますが、日本のものを海外に発信していくことをより強く意識してやっていきたいと思っています。映画祭には他にも、いろんなミッションやテーマがありますが、究極はやはり日本映画産業の文化的・商業的発展に貢献することではないでしょうか。
―海外から見た東京国際映画祭の存在価値や、これからどうなっていくのかも改めて問われてくると思いますが、その視点ではどう考えられていますか。
久松これは第40回に向けての宿題だと思います。今回大枠はすでに決まっているところもあるので、大きくは変えられません。第40回に向けてそこの答えを出していくことだと思います。そこにはいくつかのファクターがあって、FIAPF(国際映画製作者連盟)のカテゴライズが変わりました。具体的に言うと、韓国の釜山国際映画祭も同じカテゴリーにランクされることになり、会期も近く、距離も近い中でどう我々が釜山との差別化を図っていくのか。あるいは競っていくのかという、そのポジショニングが結構大事です。また、アカデミーの認定映画祭の中に釜山は選ばれて、東京は選ばれていないというのは、どうしても納得が行かないので、何としても巻き返したい。アジアの中で東京国際映画祭(TIFF)がどういう存在でありたいか。アジアの方々がTIFFに期待するものを汲み取って、どういう風にやっていくか。
フランスのカンヌ国際映画祭は来年80回です。この40回の差ってそう簡単に埋まるものではありません。世界三大映画祭(カンヌ、ベネチア、ベルリン)は圧倒的な存在感があるわけです。TIFFは1985年に、日本が高度成長の中で三大映画祭に負けないものを日本でもやろうとスタートしました。しかし、釜山の存在感が増し、アジア地域の状況も変わり、中国の国際映画祭もいくつか生まれ、その中でもう 1回ポジショニングを見直す時期に来てるのかなと思います。TIFFの存在が世界の映画コミュニティの中でどんな役割が果たせるのか。あるいは我々がどんな形だったら必要とされるのか。どんな貢献をしていくのかというのをもう一回問い直すことが必要だと思っています。それが今年の第39回を通して40回につなげ、具体的に表現していくことだと思います。
―ジェトロによる今年のカンヌ国際映画祭の映像も見ましたが、今年は“カントリー・オブ・オナー”という形で大々的に日本がフィーチャーされました。実際の現地の雰囲気はいかがでしたか。日本の存在感、可能性みたいなものは感じられたのでしょうか。
久松日本のクリエイター、監督も含め、作品数も多かったですし、日本から来られた関係者も多かったので、日本に対する注目度は高く、今までにないような熱気を感じました。政府の戦略、重点投資も含めて言うと、日本のコンテンツを紹介するこの流れに乗っていくことが大事だと思います。重要なことは、日本のクリエイターや作品をどんどん発信していき、存在感を高め、その相乗効果でTIFFの存在感も高めていきたいですね。
ですから、若手が世界に羽ばたいていくプラットフォームになりたいと思っています。その方たちが認められて、三大映画祭に行ってもらい、またTIFFに戻ってきてくれて、TIFFを応援してくれるという循環になればいいと思っています。
ユニジャパンの中にも国際支援といのものがありますが、そこで彼らが世界の映画祭に羽ばたいていくお手伝いをしています。日本の映画を海外の映画祭のプログラマーたちに紹介していくプログラムも具体的に動いています。これまでもいろいろな世界の映画祭からプログラマーを招待していますが、こういう方たちにもっと日本の映画、クリエイターを知って貰い、日本の監督たちが世界で注目される舞台を整え、世界に羽ばたいていくお手伝いをしたいと思います。
―ある程度長い目で取り組むことになりそうですね。
久松第40回が新しいスタートの起点になればと思っています。そこから始めたことはある程度時間を経て効果が出てくると思うので、継続性も大事ですね。今までやったことを急に変えるのは難しいです。やってることに継続性がなく、毎回やることが変わると信用が得られませんし、TIFFに応募した方たちも来なくなってしまうので、ある程度の継続性は必要です。40回という節目はちょうどそういう面では良いのかなと。これから先のTIFFは、「こういう映画祭だ!」ということを明確にしていきたいです。
―政府は体制が変わったり、担当官が変わると、支援がストップしてしまったりということがこれまでもあったと思いますので、政府の動向は注目ですね。
久松支援してもらえるのはありがたいです。我々としては、この機会をうまく活用していかなくてはいけないと思っています。せっかく作ってくれた制度とか、補助金とかっていうものを活用し、映画産業の振興、文化的、商業的な発展につなげられるようにやっていくことが大事だと思います。最大限活用させていただいて、我々も一緒に羽ばたいていきたい。オールジャパンで、映画産業の振興につながるようなサポートをしていただければありがたいです。我々もそういう流れも受けて、継続して取り組んでいると思ってもらえるようにしていきたいと思います。
―国内の企業のよる映画祭へのサポートの状況はいかがですか。
久松毎年、協賛企業が変わったり、協賛金額が変わったりはします。でもそれは、企業の業績もありますし、映画祭との親和性の問題もあると思います。長く続けてサポートしていただいている企業さんにとっては、ブランドイメージや効果を感じていただけていると。文化はその国のイメージに対して大きな役割を果たしていると思っています。コンテンツ自体が他の産業振興にも実は間接的に貢献しているということもあって、それを示したのは韓国です。映画やドラマを見ると、サムスンや自動車メーカーなどが出てくるわけです。映像産業の振興がその国のイメージ、ブランディングにプラスに働いて、他の産業振興にもつながっていると思うので、日本の映画、コンテンツ、映画祭も産業振興にもつながるように存在感を高めていくことが大切だと思っています。また、協賛してくれた会社の満足度が上がるように露出を増やし、具体的にその会社の業績の向上に貢献できるようにもやっていきたいと思っていますが、まずはそうするチャンスをいただきたいです。
また、映画や映画祭の社会的な存在意義というものをもっと認めてもらい、費用対効果だけで単純に判断するのではなく、映画祭を支援することがその会社にとってブランドイメージの向上につながると思っていただけるとありがたいです。もちろん、我々はそれに応えられるようにいろんなことはやっていくつもりです。一緒に高めていくようなことを来年第40回は特に取り組んでいきたいと考えているので、スポンサードを考えていただければありがたいです。
―協賛金やサポーター、パートナーが増えれば、映画祭として具体的に取り組めることもまた増えるわけですよね。
久松そういうポジティブなスパイラルへ向かって欲しいですね。今年はもちろんですが、我々としては特に来年の第40回に向けて、思い切っていろんなことをやりたいと考えていますので、ぜひ力を貸してもらい、一緒に発展していけたらと思います。日本の映画が海外で評価されたり、ヒットするって、やはり誇らしいじゃないですか。
―2025年は、国内の映画の年間興収が最高を記録して盛り上がりましたけれども、それは大手映画会社が強い力を発揮したことによって、その結果が得られたところも大きいです。その一方で、インディ系の配給会社や、アート系作品、ミニシアターで上映される作品は厳しい状況が続いています。この状況は、新しい才能や若い才能を輩出していく動きにも影響してくると思うのですが、中小規模の制作・配給・宣伝会社による作品の状況を映画祭としてもサポートしていこう、焦点を当てようというような取り組みは考えていますか。
久松冒頭に申し上げたことにもつながると思いますが、そういう視点でのインディとかメジャーとかで考えてはいません。ただ、昨年、初参加した田辺・弁慶映画祭からは刺激を受けました。コンペの受賞作品を翌年、テアトル新宿で上映する「田辺・弁慶映画祭セレクション」(通称:弁セレ)をやっていて、劇場で上映する出口があるというのはいいですよね。東京国際映画祭で受賞した作品が、その後どうなってるかというと、必ずしも劇場公開されていない作品もあるので、そういう場を作っていくっていうのはすごく大事だなと思いました。ですので、興行会社さんとは少し話をさせてもらっています。同じようなことができないかと思っていて、そうすればよりTIFFが見出した才能や作品を知ってもらえて、その作品が多くの人に見てもらえれば、そのクリエイター、監督にとって次のステップにつながっていきます。
―受賞後に劇場上映をサポートしてもらえるということが伝われば、監督や配給会社がTIFFを目指す(作品を出品する)流れももっと増えてくるかもしれません。
久松結局、アートとエンタメのバランスってことですよね。TIFFはエントリー本数も多いので、すごくアート系の素晴らしいものとか、あるいはもっとエンタメのものもあると思うんですけども、そのバランスが取れてる映画がいいんですよ。テーマ性とか技術的なところも含めて、アート映画としても素晴らしいけども、見るとすごくエンタメ的な要素もあって、TIFFに来ればすごく充実した時間を過ごせるようにしたいです。
―TIFFで受賞した作品が、その後、劇場公開されてヒットしたという結果も出てくる流れができるといいですね。
久松「シラート」という作品はTIFFで昨年上映した映画で、今年劇場公開されてヒットしているということを我々がもっと発信していこうと思うんです。TIFFで上映された作品がその後どういう風な結果につながっていったかっていうことも大事になってきます。賞を授与して終わりではなくて、その後のサポートみたいなものも今後はもっと考えていき、配給会社が見つかるような活動もやりたいと思っています。
―今年は洋画もヒット作が続いていて、「シラート」のようないわゆる単館拡大系の作品にもお客さんが再び入りはじめています。洋画復活へのいい流れがきていると思うので、TIFFで今年上映される洋画も非常に大事になってきますね。
久松オープニング、クロージング作品に、ガラ・セレクションもありますが、できれば洋画と邦画のバランスは取りたいと思っています。これは配給会社さんの意向やタイミングもあるので、我々がお願いしても出してもらえないこともあります。TIFFの開催時期とその映画の公開時期が合うかどうかということもありますから、必ずしも思い通りにブックはできないんですが、可能な限りより多くの配給会社さんに就任の挨拶も兼ねて、協力のお願いをしていきたいと思っています。
配給会社や宣伝の担当者にTIFFのイメージを変えてもらうために、どうやったらお互いウィンウィンになるかっていう議論をさせていただきたい。我々も各社の意向に応えられるように最大限の努力をしていきます。それで実績があがれば、TIFFに出せばヒットするかもという方向にイメージを変えていきたいです。例えば、昨年、「てっぺんの向こうにあなたがいる」をキノフィルムズさんの協力でオープニング作品で上映したことによって、作品の認知が上がり、興行成績にもつながったと思うのです。そういったことを積み上げていって、そのことをアピールしていき、TIFFにまた作品を出すとか、TIFFをうまく利用して、映画のプロモーションにつなげていくとか。我々はオープンですので、こういうことをしてくれたら出しますよって言っていただければ、なるべく応えていきたい。是非、年に1回のこのプラットフォームを配給会社さんにもうまく使っていただいて、映画をヒットさせ、映画産業の発展にもつなげていただきたいと思います。
―オープニング、クロージングの作品が何かというのは映画祭のその年の顔みたいなところがあると思います。映画ファン以外の一般の人にも最初に伝わるところかなと。その見え方っていうのは非常に大事になってくると思います。
久松この業界に入ってもう50年近くなんですよ。23歳ぐらいで入ってきたので。それだけ知ってる人も多いし、話もできます。でも、来年第40回ということも含めて、業界全体で、総力を挙げてTIFFをもう1回お祝いしようよみたいな雰囲気になってくれるとありがたいですね。TIFFをうまく発展させ、カンヌやベルリンに匹敵するようなプラットフォームに出来たら、日本の産業にとってもメリットがあるのではないでしょうか。TIFFのステータスが上がれば、プラットフォームとしての位置が高くなるわけで、それは皆さまにとっても、利用価値のあるプラットフォームになっていくのだと思います。一緒にこの東京国際映画祭を盛り上げていきませんかっていう話をしていきたいです。
―ユニジャパンの業務執行理事・副理事長にも就任されましたね。
久松東京国際映画祭、TIFFCOM、国際支援の3つの事業を運営する公益財団法人ですので、ユニジャパンでの発信というのはもっと強めていきたいなと思っています。改めて、ホームページの見え方を含めて、新たに打ち出していこうと。全体として映画産業の発展に貢献するというミッションは同じなので、そのためにこの3つの事業が最大限に力を出すために統一感を深めていきたいと思っています。
―開催場所の日比谷、有楽町に、映画ファンはもちろん、今までTIFFに来たことがかなかったような人たちにもいかに来てもらえるかというとこも、課題の一つだと思いますが、その戦略みたいなものはもう動かれていますか。
久松いかにビジビリティを高めるかってことはすごく大事だと思っていて、特に今メディアがどんどん変わって、メディアバリューも変わってきてますよね。新しい世代、Z世代とかは違うところで情報を得たりしているので、そこのSNSをどう使うかっていうのはすごく大きな課題です。シニアの映画ファンは既存のメディアから情報得ている方が多いと思いますが、一方で新たな人を取り込もうと思うと、そういうところへのアプローチは、今年から本腰を入れていこうと考えています。
もう一つは、1年のうち開催前と期間中の10日間だけバズっても、私はダメだと思っていて、映画祭開催期間だけバーッと花火上げても残り355日がベタッとしてたらダメなんですよ。何らかの形で年間を通して発信を続けていくこと、そういうプラットフォームになれるようにと考えているので、自分たちで定期的に毎週のように何かしらの発信をしていけるようなことをやっていきたいです。
―SNSの活用、新しい発信力は大事になってきますね。
久松10日間だけのビジネスっていうことじゃなくて、映画祭の開催までにどうファンベースを作っていって、次の開催に向けてもビルドアップしていくかっていう、そこを強化しないといけないなと思っています。
―最後に、日本の映画業界、映画産業は今後どのようになっていかなければならないか、なって欲しいかみたいなことを含めて現時点の考えを伺えますか。
久松大きなテーマですね。いま結構、英語が話せるクリエイターも増えてきて、国際共同製作や、海外に出ていこうという思考が強くなってきています。韓国がリードしたっていうのは、多分国内市場だけでは足りないから、外に出ていこうというマインドが早かったと思うんです。我々も国際的に活躍するクリエイターを育てていって、「日本映画も世界が舞台だ!」と。そうなれば認知されて、広く理解され、スタッフも含めてもっと活躍の場が広がっていくと思います。
日本だけでやっていると出来上がった構造の中なので、もっと外の世界とどう組んでいって、その外の世界のマーケットをどう意識するか、あるいは利用するかっていうこと。そうすると大きな広がりになっていくので、今とは違う世界が広がると思うんです。単に日本で作った映画を海外マーケットで売るということじゃなく、もっとダイナミックに海外で活躍したり、展開したりすることが求められているのだと思います。すごく優秀な女性監督、海外で活躍する女性監督も増えていますので、そういった方たちにも期待しています。
<久松猛朗プロフィール>
1954年山口県下関市生まれ。78年松竹株式会社に入社。宣伝プロデューサー、映画興行部・番組編成担当等の勤務を経て86年にアメリカ松竹「リトル東京シネマ」の支配人となる。89年 に東京へ戻り、興行部次長に就任。94 年タイムワーナーエンターテイメントジャパン株式会社に入社し、ワーナーブラザース映画の営業本部長となる。その後、松竹株式会社に再入社し、2001 年取締役映画部門&映像企画部門を担当。03 年に常務取締役に就任する。06 年株式会社衛星劇場 代表取締役社長を経て、10 年ワーナーエンターテイメント・ジャパン株式会社に再入社。ワーナーブラザース映画副代表となる。2017年度から2020年度まで東京国際映画祭のフェスティバル・ディレクターを担務。現在はマイウェイムービーズ合同会社代表。
