お互いが好きなのに体の接触だけがない夫婦、30代なのに未経験の女性――。『あなたに触れたいだけなのに』(つぐみ屋著、KADOKAWA、2026年7月)は、繊細な悩みや願望を心に隠して生きる、女性達の物語です。作者は、新進気鋭の漫画家・イラストレーターのつぐみ屋さん。
主人公は、40代、30代、20代とさまざまですが、悩みや願望の根底は皆同じ。それは、あなたに触れたいだけ、という切なる思いです。もがきながら懸命に生きる中で、彼女達が見つけた答えはなんだったのでしょうか。
円満なのに、なぜ
葉月(はづき、40歳)と洋(よう、42歳)は、結婚歴10年以上の子なし夫婦。今も仲が良い2人ですが、妻の葉月は離婚も考えています。なぜなら、セックスレスが耐えられなかったから。
夫の言い分は、体の関係について「そんなに大事? 一緒に暮らして、飯食って、平穏だったら、それでいいじゃないか」。片や葉月は、「ただ同居しているだけだったら、私は家政婦と一緒じゃん」。とはいえ、洋も多少は家事に協力的ですし、根本的な問題からはズレているのです。
お互いを気遣うからこそ、それぞれが本音を隠して会話をしています。そんな空気を肌で感じつつ、体だけではなく心までがすれ違っていく2人。
「葉月と結婚して幸せだったよ。別れたいと思ったこと一度もない」「葉月はいつだって奇麗だよ」
洋の言葉に嘘はないとわかっていても、何度も絶望を経験した葉月は、やはり別れを選ぶのか――。
思い合っているのにどうして? と読者としては歯痒くなりますが、2人が共に胸にしまっていたのは、あるひとつのトラウマでした。このくだりは、読んでいて胸がギュッとしめつけられます。
訳知り顔の私は、実は恋愛経験ゼロ
〈動く人生相談所〉との異名を取る女性、寺西響(ひびき、37歳)。今日も会社の人々から悩み相談が尽きません。主な内容は男女関係。訳知り顔で解決策を見出す響は、実は経験ゼロなのです。
男性に興味がないわけでも、付き合った経験がないわけでもない。ときめきたい気持ちも、性欲だってある。なんとなく、そういったチャンスが目の前で流れていってしまっただけ。
でも、推しがいればハッピー。仕事もあるし、友人もいる、この生活が悪いわけじゃない、恋愛がなくても困らない。響に共感する女性は多数いるでしょう。ある意味、自由で気ままな人生です。でも、響はふと思うのです。
〈皆がしたことがあって、私だけが経験がないこと。どんな気持ちなんだろう〉
37歳だし、今さら誰にも口にできない。素直で純粋な気持ちが、読んでいてじんわりと染みてきます。誰かと触れ合うこと、感じるということ。その後の自分は、いったいどう変化していくのか。
ひとり部屋で飲みながら、響は物思いにふけります。やがて響にも出会いが訪れて……。
人は皆さみしい、だから誰かに触れたい
悩み抜いて離婚を選択した葉月。未経験という秘密を抱えてきた響。本書には他にも、認知症の妻に変らぬ愛をそそぐ葉月の父、親友を好きになった20代のあまねが登場します。
日々、愛に翻弄される彼女達に既視感を覚えるのは、彼女達同様に、私達がさみしさに満ちているからです。いつだって、愛を求めているのに、口に出すのがこわくてたまらない。だからこそ、彼女達のいたいけな勇気に、エールを送りたくなるのでしょう。
<文/森美樹>
【森美樹】
小説家、タロット占い師。第12回「R-18文学賞」読者賞受賞。同作を含む『主婦病』(新潮社)、『私の裸』、『母親病』(新潮社)、『神様たち』(光文社)、『わたしのいけない世界』(祥伝社)を上梓。東京タワーにてタロット占い鑑定を行っている。X:@morimikixxx
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