名門アニメスタジオが見出した新時代の映像作家
『君の名は。』(16)、『すずめの戸締まり』(22)などを手掛けてきたアニメーションスタジオ「コミックス・ウェーブ・フィルム」(以下CWF)が手掛ける短篇アニメーション映画『しらぬひ』が、8月21日から公開される。
物語は、1996年の晩夏。静かな海辺の町で暮らす孤独な少年・湊(みなと)と、少女の姿をした神さま・”べんちゃん”、そして湊の父親マサルとの関係を軸に、家族に対する愛憎の反転、純真無垢な祈りが呪いへと変わりゆくさまを切実に描き出す作品で、新人映像作家が原作・脚本・監督・作画監督を手掛けた。
独学かつ独りで作り上げた自主アニメーション作品で業界関係者を驚かせた片野坂亮監督が抜擢されており、初の商業アニメーション映画に挑戦することに。大学卒業後にスーパーの鮮魚コーナー等でアルバイトをしながら、フリーランスの映像作家として活動するという異色の経歴を持つ人物に話を伺った。
フリーランスで活動しながらもアルバイトで生計を立てる生活
ーーもともとアニメ映画監督を目指していたのでしょうか?
職歴としては、大学を卒業してからずっとフリーランスの映像作家として活動しながら、飲食業、スーパーの鮮魚コーナー、披露宴の映像スタッフなどのアルバイトで生計を立てていました。企業などには就職せず、実写の映画監督を目指してただひたすらフリーランスとして活動していました。地方で活動していたので、東京より潤沢に案件がなかったり、仕事のスタンスによって仕事が無くなったりもするので大変でしたが、人との繋がりを大切にしながら仕事をやり続けていました。
ーー新海誠監督も所属するアニメーションスタジオに見出された際の心境を教えて下さい。
未だに実感が湧かないです。この夢はいつか覚めるんじゃないか、という怖さもあります。目が覚めて「これは全部夢でした」と言われても、不思議ではないくらい、自分にとっては出来すぎた話なんです。これまで、ただ地道に目の前の仕事を続けてきました。それが今、こうして監督として作品を届けるところまで来て、急に自分を取り巻く状況が変わっていくことに、まだ気持ちが追いついていないところがあります。もちろん、ありがたいことだと思っています。でも、喜びよりも先に感じるのは、ようやくスタート位置に立ったんだ、ということです。ここまで来たことよりも、ここから何を作っていけるのか。今はただ、そのことにきちんと向き合っていかなければと思っています。
ーー目指されていた映画監督を務めたことについて、家族や友人の反応はどうでしたか?
喜んでいただけています。僕がやり続けていたことを知っていますし、皆さん自分事のように良かったねとか、早く映画館で『しらぬひ』を観たいと言ってくれています。“友達が作った作品が、全国の映画館で上映されるなんて、なかなかない経験だからありがとう”と言われたこともありました。
あの、花澤香菜、三木眞一郎ら豪華声優陣が集結
ーーあのさん、花澤香菜さん、三木眞一郎さんという豪華キャストが揃いましたが、アフレコ前に用意した事や、アフレコ時の一番印象深いエピソードを伺いたいです。
絵コンテにしても脚本にしても、作る段階ですべてに自分の思いを込めることが大前提だったので、伝えたいことはすでに全部そこに入っていました。だから、アフレコに向けて改めて何かを用意するということは、ほとんどなかったんです。むしろ当日は、「ちゃんと元気に挨拶しよう」とか、「偉そうにしないようにしよう」とか、「とにかく素直でいよう」とか。そういうことを意識して現場に向かいました。
色々エピソードはありますが、一番印象が深いのは、湊役のあのさんに対して作品や自分の根っこの部分を包み隠さずお話したことです。自分の心の内をできるだけまっすぐ言葉にしながら、この作品で何を描こうとしているのかをお伝えしました。その間、あのさんはずっと僕の目を見ながら、真剣に耳を傾けてくださっていて。もしかしたら、僕がこの作品に対して嘘をついていないか、本当に自分の言葉で話しているのかを、確かめてくださっていたのかなと。これは僕が勝手にそう感じているだけなんですけど、あの時の光景は心に残っています。
また仮アフレコという、絵コンテに一時的に声を乗せる工程があるのですが、その映像を見た瞬間に泣いてしまいました。何もかもが初めての作業だった中で、それまで絵だったキャラクターたちに人の声が入り、命が吹き込まれていくことに感動して、しばらく動けなくなってしまって。結果、「監督の泣き止み待ち」という時間を作ってしまい、皆さんにはご迷惑をおかけしました。
ーー実写映画は、公開1年前に完成していることもありますが、アニメ作品はギリギリまで制作すると聞いたことがあります。7月末に初号試写会が開催されたとの事ですが、完成品を見た率直な感想を教えてください。
作品が少しずつ僕の手を離れていくような感覚がありました。この3年間、毎日のように「しらぬひ」のことを考えてきたので、「もうこの作品を作るために考え続ける時間は終わったんだ」と思うと、やっぱり寂しさがあります。それが今の率直な気持ちです。
ーー今回制作過程の中で、一番インパクトが残っているエピソードがあれば教えて下さい。
ラフな感じになってしまいますが、作品のロケハン(※)をした際に、とある歴史資料館を訪れました。プロデューサーが館長さんに向けて「不知火(しらぬひ)とは、一体何ですか?」と伺ったら、「それは誰も知らぬい」と回答されていました。インパクトありましたね~。
※実際の場所を訪れて事前に下見や調査をすること
制作期間中は「人間をやめていた」
ーー監督というプレッシャーを抱える仕事を担当されましたが、リフレッシュ・ストレス発散方法はありますか?また健康に気を付けていることがあれば、ぜひ教えてください。
ボクシングジムに通って、サンドバッグを叩いたりすることです。制作前は、体力作りのために行っていました。ただ制作中に行くことが出来ず、心と身体をすり減らしてしまったので、少しずつリズムを取り戻すために、また通いたいと思います。身体を動かすということが、最大のストレス発散方法です。
酒やタバコを嗜まないのですが、色々健康を見直す歳だなと思っています。制作期間中は、食べ物に気を付けていても睡眠時間が少なくなったりして、何かしらの身体のエラーが出てしまいました。本当に「人間をやめていたな」と思うくらいボロボロになってしまったので、現在メンテナンス期間中です。
ーー今後挑戦したい事はありますか?
僕は映像を作ることしかできない人間なので、これからも映画を作り続けることを生業にしていきたいと思っています。また映画を作って良いと言われるのであれば、もっとアニメーション映画を追求したいなと思っています。ただそこは、お客さんに判断していただくところだと思っています。
ーー最後に観客に向けてメッセージをお願いします。
映画『しらぬひ』を観て、心に残ったものを、ぜひそのまま持ち帰っていただけたらと思います。
そしていつか、身近な大切な人と向き合う時や、何かを決断する時に、ほんの少し立ち止まって見つめ直すきっかけになれたら嬉しいです。
【片野坂亮監督プロフィール】
1987年生まれ、福岡県出身。成安造形大学で映像制作を学び、卒業後はスーパーの鮮魚コーナーで働きながらフリーランスとして活動。企業CMなどの実写映像を手がけ、独学でアニメーション制作を始め、約2分の短篇アニメ『らお』を一人で自主制作。『君の名は。』 『すずめの戸締まり』(新海誠監督)を手掛けたコミックス・ウェーブ・フィルムに抜擢されて、初の商業アニメーション映画に挑戦することに。映画『しらぬひ』では、原作・脚本・監督・作画監督などを手掛けている。
https://www.youtube.com/watch?v=cXmhsJPAQRI
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