(写真撮影/相馬ミナ)
8月10日(月) 9:00
食の仕事をする人たちはキッチンにどんな工夫をしているのか。シリーズで紹介していく「キッチンは語る」の2回目は、料理家の今井亮(いまい・りょう)さんのご自宅に伺いました。購入時にリノベーション済みだったという築55年のマンションのキッチンは、レシピ撮影がしやすい対面式オープンタイプ。効率よく作業できるよう収納にも今井さんならではのアイデアがちりばめられています。そんなキッチンを拝見しつつ、愛用の器や調味料、さらに絶品トマト卵炒めのつくり方も教えてもらいました。ふわふわジューシーな一皿は悶絶ものです!
引越し5回で手に入れた開放的なオープンキッチン
中華料理を柱にしつつ、和食、洋食、スイーツまで手がける料理家の今井亮さん。身近な食材をワンランク上のおいしさに格上げするレシピは幅広い年代の胃袋をガッチリつかみ、今や雑誌やテレビなどで引っ張りだこです。
そんな今井さんの基地となるのが自宅のキッチン。
「僕にとってキッチンは仕事場であるだけでなく、実験場であり、遊び場でもあるんです」
との言葉を裏付けるのは、2017年に上梓した『狭すぎキッチンでもサクサク作れる超高速レシピ』(大和書房)でしょう。京都の中華料理店で修業を積んだ今井さんが上京して初めて借りたのは、16平米のワンルーム。コンロの火口は1つ、まな板さえ置けない狭小キッチンから生まれたアイデアレシピは、「こんな手があったのか!」と目からウロコの連続なのです。
以来、結婚や子どもの誕生などを契機にしながら引越すこと5回。キッチンもより使いやすい空間にバージョンアップさせてきました。
現在、家族3人で暮らすのは約80平米・3LDKのマンション。お子さんの成長で前居が手狭になったことから5年前に移り住んだそうです。
「このマンションは築55年ですが、メンテナンスがしっかりしているんです。配水管も交換してきれいになっていると聞いたので、安心して引越すことができました」
住戸内もフルリノベーションしてあり、とりわけ気に入ったのは対面式のオープンキッチンでした。
「前の家のキッチンはスペース的には広かったものの、壁に面してシンクやガスコンロがあって料理の撮影がしにくかったんですね。その点、オープンキッチンなら撮影しやすく、カウンターに奥行きがあるので前面にもいろいろ置ける。もちろん、開放的なので料理していても気分がいいんです」
加えて、今井さんのお眼鏡にかなったのはリビングに隣接して洋室が配置された間取りです。ここは現在、小学1年生の娘さんの部屋になっています。
「もともとは壁で間仕切りされていたのですが、入居前に撤去してもらいました。そのおかげで撮影スペースになるリビングが広々として、開放感が一層、高まりました。仕事以外でもよかったと思うことが多いですね。僕は普段の家族の食事もつくっているのですが、料理中でも娘の様子を見守ることができてコミュニケーションを取りやすい。最近は娘と一緒にキッチンに立つこともあるんですよ」
フルリノベーションされていたというだけに、キッチン設備も最新式です。白く光沢のある人造大理石のシステムキッチンは、ワークトップからシンクまでシームレスな一体成型。スリムなレンジフードと相まってスタイリッシュな雰囲気を醸し出しています。
ここに今井さんがプラスしたのは、ガスコンロの全面をカバーする五徳。
「大きなフライパンも安定して置けますし、端のスペースを鍋の一時置き場にも使えるので便利なんですよ」と今井さん。焼いた塊肉を保温しながら休ませるときにも活躍しそうです。
ほかにも、魚焼きグリルの排気口には油よけのカバーを置いたり、油やにおいがリビング側に広がらないよう、ガスコンロの前面にアクリルパネルを取り付けたりとカスタマイズがされています。
収納にも今井さんならではのメソッドが取り入れられています。例えば、システムキッチンの下部収納は調理道具と調味料の置き場にフル活用。シンク下の引き出し収納には片手鍋やボウルとともにフライパンがまとめて収納されています。
「僕の場合、特に多いのがフライパン。10枚近くあるのでスタンドをつけて立てて収納しています。こうするとたくさん入って、出し入れもスムーズなんですよ」
一方、ガスコンロ下の引き出し収納を開けさせてもらうと、そこには調味料がギッシリ!常温保存できるものに限られますが、このように一括して保管すれば、あちこち探さなくても必要な調味料がそろえられるというわけです。
「上から一覧できるのはよいのですが、どれが何のボトルなのかがわかりにくいのが難点。なので、手前には使用頻度が高めのもの、奥にはあまり使わないものとざっくりと法則性をもたせて入れるようにしています」
さらに、塩、胡椒、油といった最もよく使うスタメン調味料はコンロ脇にスタンバイさせている工夫も見逃せません。それぞれ使いやすい小型容器に詰め替え、コンパクトなスペースにすっきり収められています。
もう一つ、「しまい込まない」のも今井さんの収納メソッドです。そのために活用しているのがスチールラック。キッチンの背面には高さ160cmの4段ラックを配置し、オーブンレンジのほか、レシピ撮影によく使うバットやガラスボウル、かさ張る蒸籠(せいろ)や土鍋もここへ。
「僕がキッチンで重視しているのは、居心地よりも動きやすさ。この収納があることで、くるりと振り返れば必要なものをパッと手に取れるんですね。蒸籠の置き場としてもここがベストですね。目につくところに置けば自ずと使用頻度が上がりますし、スチールラックは通気性がよいのでカビの発生も防げるんです」
一方、リビング側の壁際に置いたスチールラックは食器やグラスなどの収納として活躍しています。
「いちいち扉を開けなくても見渡すことができ、取り出すのも片付けるのもスムーズなんですよ」
と今井さん。食器が安定するよう棚板にはベニヤ板を敷き、普段は布をかけてホコリ除けにしているそうです。
ちなみに、ダイニングのスチールラックは片隅に掛けた色柄の異なるエプロンが待機。ここに掛けておくことでその日の気分で選んだ1枚をパッと着けられ、料理モードへの切り替えができるというわけです。
先に紹介したコンロ下収納が示すように、今井さんが愛用する調味料は多種多様。その中で最近のおすすめを伺うと、「土田酒造」の料理酒と純米酢がピックアップされました。
「群馬県川場村にあるこの酒蔵は、若い杜氏(とうじ)さんがチャレンジングな酒づくりをしています。そのスピリットを投入してつくられたのがこの2品です。料理酒は蔵つき酵母で醸した生酛(きもと)づくり(人工の菌に頼らず、自然の力で倍以上の時間をかけて育てる伝統製法)。料理酒で生酛(きもと)づくりってすごくないですか?アミノ酸値が通常より高く、旨みが強いからシンプルな和食に使うと味わいをぐっと引き上げてくれるんです」
対して、純米酢はこの蔵の定番酒「シン・ツチダ」を原料に使っているのが特徴です。
「『シン・ツチダ』は酒米でなく食用米をほとんど磨かずに、蔵つき酵母で生酛づくりした日本酒。これをベースに、伝統的な静置発酵(機械に頼らず、自然の対流だけで数カ月以上じっくり寝かせる職人技)で酢にしたあと、甕(かめ)でじっくり熟成させています。まろやかで良い意味での個性があり、酢の物などいつもの料理にも変化が出せるんです」
もう一つ、気になるのは棚に並ぶ器の数々です。料理撮影ではスタイリストが用意した食器を使うことが多いそうですが、長年買い集めてきたというコレクションにも魅力的なものがたくさん。そのなかから特にお気に入りの品として今井さんが選んだのは、東京を拠点にする陶芸家、岩田哲宏さんと茨城県笠間市で作陶する桑原典子さんのお皿です。
「僕が好きなのは、料理が映えるシンプルな器。色は白が多いかな。岩田さんと桑原さんのお皿は、存在感がありながらどんな料理にも合わせやすいんです」
確かに、どちらもテクスチャーに個性があり、美しい陰影も印象的。なにを盛ろうかと想像が膨らんで、腕まくりしたくなります。
そんなお皿に盛り込みたい料理として、今井さんがつくり出したのは色彩も鮮やかなトマトと卵の炒めものです。中華の定番として知られていますが、卵が固くパサパサになったり、トマトの水気が出てしまったりと実は難易度の高い一品でもあります。
「卵はあらかじめ半熟状に火を通し、別に炒めたトマトにさっと絡ませるのがおいしくつくる秘訣。感覚としては和えものに近いですね」
トマトの炒め方にもコツがあります。
「強火で表面を焼き付けると水気が出るのを防げますよ。トマトの火入れ加減は温まる程度でOK。ミディアムレアのイメージですね」
トマトと卵の炒めもの
●材料(2人分)
・トマト…2~3個(サイズに応じて)
・卵…4個
・にんにく…1/2かけ
・サラダ油…大さじ3
A
・薄口醤油…小さじ2(濃口でも可)
・オイスターソース…小さじ1
・酒…小さじ1
・黒こしょう…少々
●つくり方
①トマトは大きめの一口大に切る。皮が気になるなら切る前に湯むきしても。にんにくはみじん切りにする。
②ボウルに卵を割り入れ、Aを加えてよく溶く。
③フライパンにサラダ油を大さじ2入れ、強めの中火で熱する。②の卵液を流し入れて混ぜながら炒め、半熟状になったら取り出す。
④フライパンを拭いてきれいにしたら、サラダ油大さじ1とみじん切りのにんにくを入れて強火にかける。にんにくの香りが立ったらトマトを入れ、強火のまま焼き付けるように1分ほど炒める。
⑤③の卵を戻し入れ、ほぐしながらさっと炒め合わせる。
⑥火が通りすぎないよう手早く器に盛れば出来上がり。
ふんわりとろとろの卵とジューシーなトマトのタッグはうっとりするほどのおいしさ。醤油やオイスターソースなどで卵にしっかり味をつけるとトマトのうま味や甘酸っぱさを引き立て、味のコントラストが食欲に弾みをつけます。ホカホカのご飯にのせれば箸が止まらなくなること請け合い。ビール、白ワイン、紹興酒などお酒との相性も抜群です。
5回の引越しで使いやすいキッチンを追求してきた今井さん。開放的で小回りの利く今の空間は、おいしい料理を生み出すコックピットといえるでしょう。ただし、今井さんにはさらなるステップアップの構想も。
「背面にもっとゆとりがあって、作業台を置けると最高です。キッチンカウンターも、もう少し高さがあればラクに動けるし、調理台の幅も広くしたい。最終目標はフルオーダーでキッチンをつくること。いつか叶えたいですね」
●取材協力
今井亮さん
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