人気セクシー女優が静かに姿を消した真相。突然の「がん」発覚、闘病生活の中で見出した新戦略

牧村彩香さん

人気セクシー女優が静かに姿を消した真相。突然の「がん」発覚、闘病生活の中で見出した新戦略

8月9日(日) 15:54

提供:
かつて圧倒的な気品と存在感で多くのファンを魅了した牧村彩香さん。しかし彼女は突如として表舞台から姿を消した。

その裏には、突然の「癌(がん)」宣告、過酷な手術、そして彼女の肉体の自由を奪った壮絶な合併症との闘いがあった。

数年の沈黙を破り、再び「牧村彩香」という原点の名前を掲げて歩み始める彼女が、引退の知られざる真相、専属・企画女優時代に抱えていたプロとしての苦悩、独自の芸術的セルフプロデュース、在宅サービスでの緻密なビジネス戦略まで、そのすべてを赤裸々に語った。

突然のがん宣告と、静かなる「引退」の真相

――今回のインタビューでは、これまであまりオープンに語られてこなかった部分も含めて、視点を変えて色々と深掘りをしていきたいと思っています。まず、表舞台から急に姿を消した、最大のきっかけとなった「病気」の経緯について、当時の状況を詳しくお聞かせいただけますか?

牧村 :そうですね。それまでお世話になっていた事務所から移籍をして、「さあ、これから心機一転」と思い、撮影を再開してから、現場でも日常生活でも体調が悪くなるように。
病院で検査をしたところ「がん」が発覚したんです。そこで、すでに決まっていた撮影のスケジュールも、ストップせざるを得なくなりました。まずは治療に集中しようということで、手術を行うことになったんです。

――事務所を移籍した直後の、これからという時だったのですね。

牧村 :はい。でも本当に大変だったのはそこからで、手術をした直後に、合併症を発症してしまったんですね。それが原因で、体が思うように動かせない、歩けないという深刻な状態になってしまったんです。

――歩くことも難しい状態に…。

牧村 :そうなんです。そうなると、セクシー女優の激しい動きを伴うお仕事なんて、もちろんできるわけがありません。それ以前に、普通の日常生活を送ること自体に大きな支障が出ているレベルでしたから。丸1日拘束されてハードなプレイをするような世界は、まず肉体的に無理だなと。

体が動かないという状態を目の当たりにして、「これはもう、今までの形でお仕事を続けるのは絶対に無理だ」と判断しました。それで事務所のスタッフとも今後のことを話し合ったんです。ただ、理由が理由ですし、大々的に「がんになりました、引退します」と宣言してファンの皆さんを過剰に心配させたり、騒がせたりするのも違うと思い、事務所と私の共通の判断として、「表立って発表はせず、静かにアカウントを閉じましょう」ということになりました。それで、皆さんの前からある日突然、煙のように消えてしまう形になったんです。

――ファンの方々からすれば、本当に突如としていなくなったように見えた裏には、そんな命に関わる重大な局面があったのですね。実際にがんを宣告された瞬間、そして体の自由が利かなくなったとき、どのような心境だったのでしょうか。

牧村 :うーん、どういう気持ちだったか…。一般的にはすごく取り乱したり、絶望したりするイメージがあるかもしれませんけど、私の場合は「あ、がんか」という感じで、どこか一歩引いた、冷めた受け止め方でしたね。

幸いにも、私の場合はステージのレベルとしてはまだ比較的初期というか、治療の選択の余地が残されている段階でしたので、すぐに命に別条があるという状態ではありませんでした。ただ、進行がとても早いタイプのがんだと言われたので、治療のステップ自体はすごく急かされました。「のんびり選んでいる場合じゃない」という感じで。

担当医の意見としては、抗がん剤治療を進めるのではなく、手術で取り除くのがベストだという方針だったので、私は手術を選びました。でも、その結果として重い合併症を引き起こしてしまったんです。こう言ってはひんしゅくを買うかもしれませんが、当時は手術をしたことを後悔しました。

――命は助かったものの、肉体的な自由を失ってしまった。仕事が完全に途絶えてしまったことへの焦りやショックは大きかったですか?

牧村 :焦りはやっぱり出てきました。でも、がんを宣告されたから焦るというよりは、私は元々どうしても「仕事人間」というか、「常に頭を動かして何かを生み出していないと気が済まない」という性質なんですね。だから、何もできずにただ動けないということ自体が、精神的にショックでした。

通常の生活が送れないということは、その先にある仕事なんてできるわけがない。それなのに頭の中では「仕事、仕事」という仕事脳のままだったので、そのギャップが苦しかったです。ただ一方で、がんの種類が少し特殊だったこともあって、その時期にはもう「性行為をしている場合ではない」というか、未練のようなものは全くなくなっていました。

――未練は全くなかった。それは、やりきったという感覚からでしょうか。

牧村 :はい、本当にバサッと綺麗に気持ちが切れていましたね。ちょうど事務所が変わって、新しい芸名で動き出そうという手前でしたから、その新しい名前にまだそこまで強い思い入れがなかったというのもあります。そして何より、それ以前に「牧村彩香」として、たくさんの作品を世に送り出して、やるべきことはしっかりやり終えていたという自負がありました。だからこそ、未練を残さずに気持ちを切り替えることができたんだと思います。

――ここで少し時間を遡って、牧村さんのこれまでのキャリアについてもお聞きしたいと思います。牧村さんは2018年にデビューされ、最初の事務所に3年ほど在籍されていました。デビュー当時は「40過ぎの子持ち主婦が突然デビューした」という、かなりセンセーショナルで刺激的なキャッチコピーで売り出されていましたが、実際のところはいかがだったのでしょうか。

牧村 :「牧村彩香」という名前自体は、デビューのときにメーカーさんが用意してくださったものだったのですが、それは私の面接時の雰囲気や空気感をすごく丁寧に汲み取ってくれた、上品でとても綺麗な名前だなと当時から気に入っていました。だから、紆余曲折を経て、今回また「牧村彩香」という原点の名前で活動を再開できることには、特別な嬉しさを感じています。

――最初の頃は特定のメーカーの「専属女優」としてスタートし、その後、様々なメーカーの作品に出演する「企画単体女優」へと転向されましたよね。一般のファンからすると、専属と企画の違いや、その転向の裏にある当事者の気持ちはなかなか見えにくい部分ですが、当時はどのような葛藤があったのでしょうか。

牧村 :専属というのは、1つのメーカーさんと契約して、そのメーカーの世界観の中で定期的に撮影をしていきます。一方で企画になると、専属のプレッシャーがなくなって、色んなメーカーさんから多種多様な作品を出せるようになります。

世間のイメージだと、どうしても「専属=ステータスが高い、売れっ子」「企画=専属から落ちた」という風にネガティブに捉えられがちですし、当時の私も最初に専属から外されるお話を聞いたときは、「あ、私はもう必要とされなくなったんだ」「商品価値が落ちてしまったんだ」と、すごくショックを受けました。でも、当時のマネージャーとじっくり話し合っていくうちに、「いや、牧村さんのキャラクターや、やりたいことを考えたら、絶対に企画の方が向いているし、自由になれるよ」と諭されて、自分でも納得できたんです。

――実際に企画に移られてみて、どういった点がご自身に向いていると感じましたか?

牧村 :専属にいると、「この女優はこういうイメージで売っていく」というメーカーさん側の方針が明確に固まっているんです。人妻もの、近親相姦もの、寝取り作品という風に、毎回同じようなシチュエーションやドロドロした設定ばかりが続いてしまって、演じる側としては精神的にも表現としても、どうしても飽きやしんどさ、限界が来てしまうんですね。

でも私自身は、もっと色々なことに挑戦したかった。例えばコスプレもしてみたかったし、個人的にすごく好きだったマッサージ系や、隠しカメラ風のリアルなフェチ作品にも出てみたかったんです。企画単体になったことで、本当にたくさんのユニークなメーカーさんや監督さんと出会うことができて、表現の選択肢が一気に広がりました。結果的に自分にとっては、企画への転向はとてもプラスになりましたね。

――自由を得た一方で、セクシー女優として「求められるイメージ」を守り続けることへのストレスやジレンマも、やはり大きかったのでしょうか。

牧村 :それは本当に大きかったです。特に専属時代は髪型をロングからショートにするだけでも事務所やメーカーの許可が必要でしたし、ファンの理想を壊さないため、自分で勝手な制約をつけたりと、私生活にまで及びました。私はプライベートでは独身だったのですが、わざわざ通販で結婚指輪を買って、それを常に指にはめて「人妻」としてのリアルな生活感を装ったりしていましたから。メイクにしても、自分の好きなド派手なものは絶対にできなくて、男性が好む「ナチュラルで、控えめで、おしとやかな人妻」に見えるように、細かく計算して引き算のメイクをしていました。

男の人が勝手に抱いている「何でも自分の言うことを聞いてくれる、都合のいい理想の人妻」という幻想の枠組みに、自分を24時間合わせ続けなければいけない。それはプロとして、仕事として、割り切って完璧に演じてはいましたけれど、やっぱりどこかで本当の自分を置き去りにし、押し殺していたので、精神的な疲弊は相当なものでした。知らず知らずのうちに、すごく疲れてしまっていたんだと思います。

――いわゆる「絶対にあり得ないシチュエーション(義理の娘の旦那を襲うなど)」を求められることに対する、冷めた視点というか、ある種の哀れみのようなものを語られていましたね。

牧村 :そうそう、絶対に現実にはあり得ない、あるいは絶対に現実の日常では手に入らない存在である女性を、自分の都合の良いように支配できてしまうというシチュエーションに、男の人はファンタジーとしての憧れを抱くんですよね。それを客観的に見ながら演じていると、「なんと愚かで、なんと哀れなんだろう」と、どこか冷徹に思ってしまう自分もいました。それを自分の心と体を削りながら、虚構の世界で演じ続けるというのは、やっぱり長期的に見ればすごく難しいことなんです。

ファンはファンで勝手に作り上げた「牧村彩香」のイメージを、私の実際の人生にまで押し付けてくる。「知ったこっちゃない」と思いつつも、そういう濃い熱量を持ったユーザーばかりを相手にしていると、どんなに常識的なプロ意識を持っていても、精神的な境界線が摩耗していきます。がんになる前から、そういった終わりのない消費のサイクルがあったと思います。



セルフプロデュースによる「表現者・写真家」としての一面

――セクシー女優としての表舞台の活動は引退されましたが、一方でファンクラブの活動は継続されていました。このファンクラブでの発信は、いわゆる一般的な「セクシー女優が特典映像を売る場所」とは、まったく一線を画するクオリティだったと評判でした。そこにはどのようなコンセプトがあったのでしょうか。

牧村 :はい。私の中で、ファンクラブのプラットフォームは、作品の延長線上で性的な刺激を切り売りする場所では決してありませんでした。あくまで、私個人の「アート的な表現」を発信する独立した空間として捉えていたんです。普段のSNSの表のタイムラインには載せないけれど、かといって下品で安易なものには絶対にしたくない。「一枚の作品」として、しっかりと大人の鑑賞に堪えうる美しさを意識して発信していました。

海外のサイトだったので、日本のファンの方からすると仕様も分かりにくく、最初は中身がよく見えなくてハードルが高かったかもしれません。でも、あのサイトの本質は、元々はクリエイターやアーティストが自分の作品をダイレクトにファンに届けるための場所なんです。私はただ性的刺激を提供する「被写体」としてではなく、自分自身でキャンバスに「一枚の絵」を描き、仕上げていくような感覚で写真を投稿していました。

――その写真や映像が、構図や光の使い方が素人離れしていて、「プロのカメラマンや専属のクリエイターチームが裏でプロデュースして撮っているのではないか」とファンの間でも噂になっていましたが、実際はすべてお一人で手がけられていたそうですね。

牧村 :驚かれるんですけど、企画も、衣装選びも、照明も、構図も、撮影も、すべて私1人でやっていました。ただデジカメやスマホで自撮りするだけじゃなくて、もともとカメラを昔からやっていたので、自分で写真を焼くこともできるんですよ。

わざわざヨドバシカメラに行って専門的な薬液を買ってきて、自室に簡易的な暗室を作り、自分でフィルムを現像したり、写真も焼いていたんです。そこまで徹底して自分の世界観を作り込んでいました。

――自宅に暗室まで作ってフィルム現像を…! それは完全にプロの写真家の領域ですね。元々、写真に対する専門的な背景やこだわりがあったのですか?

牧村 :実は昔、本格的な写真の習い事というか、スクールに通っていた時期があったんです。そのときに、チームを組んで卒業制作として、ギャラリーを借りて卒展(合同展)をやった経験もありました。

その頃に、写真家のアラーキー(荒木経惟)さんに写真を撮ってもらったり、森山大道さんのモノクロ作品に出会って、ものすごい衝撃を受けたんです。それ以来、コントラストの強い白黒のスナップ写真が大好きになりました。綺麗に整えられた嘘の写真じゃなくて、自分の顔や体のパーツ、肉体の質感を、自分が最も美しい、あるいは面白いと思う独自の視点と構図で切り取る。それを一つの「物作り」の作品として表現することが、昔から根底として好きだったんだと思います。

――写真そのものというより、より広い意味での「ゼロからイチを生み出す物作り」への執着があるのですね。

牧村 :私、学生の頃から美術の成績が「5」だったりして、絵を描くのもすごく得意だったんです。女性のメイクも、ある意味では自分の顔というキャンバスに絵を描く行為ですよね。だから、カメラや写真という特定の道具へのこだわり以上に、「自分の手で、納得のいく新しい物を作り上げる」という行為そのものが、私の生きるエネルギーの源なんだと思います。



在宅での新たな挑戦、緻密な「深夜・早朝の寂しい男性の心理マーケティング」

――手術の後、がんの合併症で体が思うように動かせず、家から一歩も出られない過酷な時期を過ごされたわけですが、その在宅期間中に「オトナのチャット」のお仕事を2年ほど経験されたと伺いました。この決断には、どのような背景があったのでしょうか。

牧村 :当時は本当に家から出られなくて、経済的な面も含めて、生活に対する現実的な焦りがすごくありました。でもそれ以上に、先ほども言ったように私は「常に動いて、頭を使って、何かを生産していないと、自分の存在意味がない」と思い詰めてしまう性質なんです。ただ天井を見つめて療養しているだけの状態に耐えられなくて、今のこの動けない体でも、在宅でゼロから組み立てられる仕事はないか、と探して行き着いたのがそのサービスでした。

最初は、相手に「牧村彩香」であることを一切明かさず、顔も出さずに、ただの匿名の一般女性として会話をしていました。お互いに先入観のない状態で、何気ない日常の会話を交わす。その時間、その瞬間だけが、がんのことや動けない現実を完全に忘れさせてくれる。当時の私の荒んでいた心にとっては、本当に大きな救いになっていた部分もあります。

――そこでも、単に受動的に通話をこなすのではなく、信じられないほど戦略的かつビジネスライクに動かれていたと伺いました。具体的にどのような分析をされていたのですか?

牧村 :私はどうしても仕事をするにあたって、やるからには徹底的に仕組み化したかった。ただ待機して電話がかかってくるのを待つのは効率が悪いので、ユーザーの動き、時間帯、年齢層、職業、そして彼らの「寂しさのバイオリズム」を徹底的に分析しました。

例えば、在宅ワークをしているようなユーザー層なら、昼間のちょっとした空き時間に息抜きとしてビデオでお話するとか、あるいは、一番顕著なのが深夜から早朝にかけての男性の動きです。大体、寂しさを抱えている男性って、ネットを見ながら、深夜の3時や4時になってもまだ起きている。朦朧とした頭で、誰かと繋がりたくてネット上を彷徨っているんです。

――深夜3時、4時の時間帯の心理を狙いにいったわけですね。

牧村 :普通の女の子はそんな時間には眠くて待機をやめてしまう。でも、そこが一番需要が高まるニッチな時間帯なんです。私は自分の生活リズム(朝起きて夜寝るという健康的なサイクル)は絶対に崩したくなかったので、自分の睡眠をしっかり取った上で、早朝の4時や5時にパッと起きて、その「深夜から夜更かしして、まだネットをうろうろしている、一番心が寂しくて寂しくて堪らなくなっている男性たち」の受け皿になるようにピンポイントで待機を合わせにいきました。

メッセージのやり取りの文体やタイミングだけでも、「この人は今、どういう仕事をしていて、どういう生活スタイルで、女性に何を求めているのか」が手に取るように分かります。「朝起きてすぐに気持ちよくなりたい」という需要なのか、それとも「仕事の愚痴を聞いてほしい」という孤独なのか。それらを瞬時にプロファイリングして、完全に予約制の仕組みに落とし込んで、リピーターを獲得していきました。

――お話を聞いていると、もはやカウンセラーやマーケティングディレクターの視点ですね。

牧村 :需要と供給を正確に見極めて、そのバランスを最適に整える。ただお膳立てされた環境をこなすだけじゃなくて、誰もやっていない未開拓の場所から、自分自身の戦略でゼロからイチのビジネスの仕組みを作ること。そこにエネルギーを使うのが、私にとっては一番有意義で、脳が活性化する感覚があるんです。人間、何も頭を使わなくなって、ただ消費されるだけの存在になったら、本当に脳が萎縮してしまいますから(笑)。

――その「生産」という観点で言うと、ネット上で散見される「作品のサンプル映像だけで満足して、本編を買わずに消費した気になるユーザー」に対する違和感を、非常に強い言葉で語られていたのが印象的でした。

牧村 :ああ、それは本当に強く思っています。ネットのサンプル動画とか、違法アップロードの断片だけを観て「これで満足したわ」と、わざわざ報告してくるような行為って、表現を作る側からしたら、飲食店に入ってタダでご飯を盗み食いして逃げる「無銭飲食」と全く同じなんですよ。

例えば、街角で配っているポケットティッシュやドリンクのサンプルなど。あれ、タダじゃないですからね?配布するために、人件費や広告費、材料費諸々かかっているわけです。売上のための宣伝なだけであって、タダやからラッキー!じゃないんですよ。最終的にお客さんホイホイに繋げないといけないので。生産者と消費者がいる、というか人が生きている限り世の中に「無料」なんて無いんですよね。

先程も無銭飲食と揶揄しましたが、違法アップロードに歓喜している人というのは犯罪最高っ!って言ってるようなものだと思うんです。

私たち演者だけでなく、監督、照明、音声、メーカーのスタッフ全員が、それこそ身を削りながら、一つの商品をゼロからプライドを持って作り上げているんです。パッケージのデザイン一つにだって、並々ならぬ思い入れがあります。だからこそ、ちゃんとお金を払って、一つの完成されたものとして最初から最後までリスペクトを持って観てほしい。ただの性欲処理の道具として消費されて、それで終わり、という態度に対しては、物作りをする生産者の立場として、どうしても譲れないプライドと怒りがあります。

これからの「牧村彩香」が目指す表現者としての再構築

――そうした物作りへの強いプライドと、頑固なまでの職人気質、職人魂、そして緻密な戦略眼を持った牧村さんが、今、再び「牧村彩香」として本格的に再始動される。このニュースに期待を寄せているファンは非常に多いと思います。

牧村 :これまでの海外のファンクラブサイトだと、どうしても日本のファンの方々には決済や登録の面でハードルが高くて、閉ざされた空間になってしまっていました。新しく始める国内の配信サイトは、すごく入り口が分かりやすくて、誰もが気軽にアクセスできる場所になっています。

そこで、加工された偽りの姿ではなく、がんという大病や引退という過酷な経験を経て、色々なものを削ぎ落とした「今の、ありのままのリアルな牧村彩香」を、ダイレクトに見ていただけるような場所にしたいなと思っています。これからの新しい私の世界を作っていく上での、非常に重要なファクター、大きな出発点になると思っています。

――これからは、過去の「セクシー女優」という枠に無理に自分をはめ込むのではなく、一人の自立した「表現者、あるいは生産者としての牧村彩香」としての完全な再構築になるわけですね。今後は、どのようなジャンルや課題に挑戦していきたいと考えていますか?

牧村 :私、この芸能のお仕事や夜の世界、在宅の活動だけでなく、これまでの人生の中で、表の社会でも接客業、そして企業の中での「新人教育・現場を回す司令塔」といった業務に、かなり長く、深く携わってきた経験があるんです。1件のミスも許されないような、本当に厳格でピリピリした厳しいビジネスの現場で、徹底的にマナーやコミュニケーションのノウハウを叩き込まれてきました。

今のネット社会を見てみると、SNSでも日常の人間関係でも、ちょっとした言葉のすれ違いや、相手への想像力の欠如が原因で、不必要なトラブルや炎上があちこちで起きていますよね。私自身が厳しい現場で培ってきた「人対人のコミュニケーションのノウハウ」や、相手を不快にさせないための具体的なマナー。それは形式的なお辞儀の角度とかそういうことではなくて、本質的な「相手への思いやりを形にするマナー」なんです。そういったものを、若い世代や人間関係に悩んでいる人たちにアドバイスしたり、お伝えしたりしていくような教育活動、あるいは講演やコラム執筆といったジャンルにも、イチから挑戦してみたいと思っています。

――厳しいビジネスの現場での教育経験。そのロジカルな思考が、先ほどのビデオ通話のマーケティング分析や、作品のセルフプロデュース力にもすべて繋がっていたのですね。

牧村 :すべては一本の線で繋がっているんだと思います。私は、どのような環境に身を置いたとしても、ただ流されて終わる人間にはなりたくない。常に自分の頭で需要を分析し、自分の手を動かして、誰かの救いや気づきになるような「ゼロからイチの価値」を生み出し続けたい。

がんになって体を壊したときは、一度はすべてを失ったと思いましたし、絶望に近い後悔もありました。でも、あの動けなかった2年間があったからこそ、自分の内面と徹底的に向き合い、物作りへの純粋な欲求を再確認することができました。発信することを恐れず、やめることなく、これからも「牧村彩香」という独自の表現世界を、自分の手で新しく作り上げていきたいと思っています。これからの私の歩みを、ぜひ見届けていただけたら嬉しいです。

***

セクシー女優としての活動、写真やアートへの関心、接客や社員教育の経験、病気による活動休止。そして、そこから再び人とつながり、自分で考え、自分で発信する現在。今回の話を聞いて印象的だったのは、牧村が過去のキャリアを単純に「過去のもの」として切り離していないことだった。

専属時代に演じていた「人妻」という設定にも、企画女優として広げた表現にも、写真を撮り続けてきた経験にも、現在の発信にも、それぞれに意味がある。

その一方で、これからは誰かが用意した設定に自分を合わせるのではなく、自分自身で「何を作るのか」を考えていきたいという。がんと合併症を経験したことで、それまで当然だと思っていた体の自由や、人と普通に話すことの意味についても考えるようになった。

「ゼロからイチの価値を生み出したい」。牧村が現在繰り返し語るこの言葉は、写真を撮り、作品を作り、仕事の現場で人と向き合ってきた彼女のこれまでの経験とも重なる。

2023年に一度途切れた活動は、以前と同じ形に戻ることを意味しているわけではない。今の体、今の経験、今の考えを持った牧村彩香が、自分自身で次の表現を作っていく。

その意味で、今回の再始動は「復帰」という一言だけでは表せない、新しい活動のスタートなのかもしれない。

【牧村彩香】
X:@yurinoxxxx
Instagram:@ayaka_makimura1010

<取材・文/髙坂雄貴(超次元電視いと、まほろば)、撮影/宇佐美亮>

【髙坂雄貴】
合同会社いと・まほろば代表。ニコニコチャンネルおよびYouTube『超次元電視いと、まほろば』の運営、各種イベント・コンテンツの企画制作を手がける傍ら、サブカルチャー・エンタメ専門ライターとしても精力的に活動。演劇や映像制作などの現場で長年培ってきたキャリアを背景に、エンタメ業界への深い造詣とリスペクトを込めた執筆を展開。ファンとしての熱い視線と、プロの作り手としての冷静な制作視点の双方を織り交ぜた、温度感のあるテキストが多くの支持を集めている。X:@itotakasaka

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