29歳の転換期に
「“女優”というものへのこだわりをやめた」
と明かす大島優子(37)。現在、女優としてのイメージが定着している大島が、その言葉に込めた意味とは?
また、40代が見えてきた今は、
「めっちゃ楽しみ。自分の層が厚くなっている感じがする」
と笑顔を見せる。
そんな大島が、自身も子どもと一緒に夢中になっていたという人気アニメシリーズ「パウ・パトロール」の劇場版第3弾、
『パウ・パトロール ザ・ダイノ・ムービー』
に日本語版キャストとして参加した。
自分自身で抱えてしまったグループ時代の足かせ
——第一線で活躍中の方に、キャリア転換期のご苦労などを伺っています。以前、大島さんのキャリア転換期にあたる『紙の月』出演の際にお話を伺いました。
大島優子(以下、大島):
ちょうどグループを卒業したての時ですね。
——傍から見ていると、女優業に軸を移したその時期から、すぐに成功されていった印象です。でもそうした時期も実は葛藤を抱えていたとか。
大島:
どうしてもぬぐえないイメージがあったんです。笑顔でキラキラして踊っているイメージを、多分自分自身が一番強く持っていたのだと思います。自分がそう見ていたから、何か不完全だったんですよね。女優を生業にするには「まだだ」という足かせを、自分自身に感じていました。
——頑張ってきたからこそ……。
大島:
そうなんです。皮肉だなと思います。でも、それが自分にとっての正解の道だったとも思うんです。
——過去の道のりも含めて、ということですか?
大島:
私はアイドルになりたいと思っていたわけではなくて、アイドルになりました。もともと女優をやりたかったけど、一回アイドルの道に行って、アイドルになれた。そして、そこからまた女優に戻った。この道が、自分にとってはある意味正解だったなと。ちょっと遠回りしたなとは感じますが、よかったと思っています。
「好きだったお芝居を……」卒業後のモヤモヤ
——30代に入られてからお話を伺った際には、20代は「自分の中での修行期間」だったと振り返っていらっしゃいました。20代の最後には留学もされています。
大島:
29歳の時にアメリカに語学留学をしました。
——それは、修行期間の締めくくりとして、ご自身をあえてさらに追い込んだのでしょうか。
大島:
追い込んだというよりも……。グループを卒業して26歳になり、そこから3年間、ずっとモヤモヤしながら仕事をしていました。「なんか、どうなの自分?」と思ったまま、たくさん仕事をしていて。とにかくお芝居は場数を踏めば上手くなるんだと思いながら。でも、やればやるほど、好きだったお芝居をどんどん嫌いになっていくような感覚になってしまって、一度離れようと思ったんです。
——お仕事から一度離れようと。
大島:
次に自分が一番やりたいこと、好きなことは何だろうと考えたら、「英語を喋りたい」と。それで語学留学を決意しました。思い切って環境を変えてみて改めて気づかされたのが、戻ってきてもいい人間だと知れたことでした。
29歳の決断を期に、“女優”へのこだわりをやめた
——もともとは純粋に英語の勉強のために留学して、結果として自分の再発見につながったと。
大島:
そうです。そのときに自分を発見できなかったら辞めていたかもしれません。
——そこまで?どんな発見をできたのでしょうか。
大島:
自分は人を楽しませることが好きなんだなと。留学して、自分のことを全く知らない人たちと関わったときに、「楽しませるのが好きだよね」「楽しませてくれるよね」と言ってもらえたことで、この仕事はやっぱり自分に合っているんだなって、正解を導いてもらった感じがしました。
——一度離れたことによって、やっぱりこの仕事は合っているんだと。
大島:
合っているんだなというのもわかりましたし、“女優”というものへのこだわりを、やめたんです。
——というと?
大島:
「女優じゃなくて、エンターテイナーでいいや」と。バラエティに出るとタレントっぽいことをしてしまうし、結局、人を楽しませることが好きなんです。だから留学のときに言われた言葉で、すごく腑に落ちました。
自分という層が厚くなっている今、40代がめっちゃ楽しみ
——30代後半になられて、ライフステージも変わり、仕事の見つめ方も変わってきていると思うのですが、現在のご自身はどんな状態、感覚でいらっしゃいますか。
大島:
今は子どももできて、作品への見方や仕事の選び方も変わってきました。仕事は自分と向き合う大切な時間だと、より思うようになったんです。だからそれも必要だなと。ずっと家にいて、子育てや家事をしている時間は、やっぱり自分の時間ではないので。仕事をすることで、自分を見つめられると感じています。
——仕事そのものへの捉え方や、自分との距離感が変わってきた?
大島:
一つひとつを、より丁寧にやろうと思うようになりました。ある意味、家族との時間を犠牲にしているとも思うので、だからこそ大切にしないと、と。家族との時間を削ってまで、その時間を作ってやっているんです。無理に仕事はしなくてもいいわけですから。それでも仕事をするという選択をしている以上は、責任を持ってちゃんと真摯に、誠実に向き合わなきゃいけないと、強く思うようになりました。
——40歳も近づいてきました。
大島:
めっちゃ楽しみです、40代。20代は自分にとっての修行、自分を作り上げるための修行でしたが、30代もまだ修行です。ただ、種類が違う修行というか……、自分の裏側を作る修行、みたいな。自分の層が厚くなっている感じがするので、40代を迎えるのがすごく楽しみだなと感じています。
「ママ、パウ・パトロールのみんなとお仕事するよ」
——そんな大島さんが今回選んだお仕事が、アニメシリーズ「パウ・パトロール」の劇場版第3弾『パウ・パトロール ザ・ダイノ・ムービー』です。お話をいただいたときは?
大島:
「いいんですか!?」と思いました。子どもがリアルタイムですごく好きで、親子で見ていましたし、おもちゃ屋さんに行ってパウ・パトロールのグッズがあると、ずっと遊んでいるんです。そんな作品へのお話ですから「ありがとうございます!」って。本当に光栄でした。
——そもそもの「パウ・パトロール」との出会いはどんなものだったのでしょうか。
大島:
子どもがオープニングの曲にすごくハマったんです。チェイスとかスカイとか、ひとりずつの名前を最後まで言いたいために何回も何回も見て。それで好きになっていきました。
——お子さんには今回、ママが声で「出るよ」というのは伝えましたか?まだ小さいとは思いますが。
大島:
上の子はすごく喜んでました。ただ「声で出る」というのが何のことかよくわからないので、「ママはパウ・パトロールのみんなとお仕事するよ」と伝えて、試写に連れていったんです。そしたらすっごく楽しんで。みなさん静かに観ているなかで、声を出しながら楽しんでいました。終わったあとに「ママわかった?」と聞いたら「わかった」と言ってました。
——それは嬉しいですね。
大島:
すごく嬉しいです。
「一人じゃ何もできない」パウ・パトロールが伝える“助け合う心”
——以前から大島さんは周囲への「感謝」をよく口にされている印象です。ママになって、その思いがより強くなったりしていますか?
大島:
はい。すごく。本当に、一人じゃ子育てなんて絶対できないと感じます。家族も、チームとしての感じがありますし、母だったり、近所付き合いも含めて周囲の方たちが見てくれている目というものもあるし。ママ友のちょっとした一言でも、すごく心が救われたり、「あ、こうしたらいいんだ」という糸口になったりするので、本当にいろんな人に助けられているし、常に「ありがとうございます」と思っています。
それから、人に甘えられるようにもなりました。今まではあまり甘えられなかったし、甘え方もよく分かっていませんでしたが、甘えたり、肩の力を抜けるようになりました。
——今作にも、子どもたちに響くメッセージが多く入っています。大島さんが特に素敵だと思われたメッセージと、ご自身も子育てをされる中で大切にしていることを教えてください。
大島:
パウ・パトロールの一番魅力的なところは、仲間思いで助け合う心だと思います。一人じゃ何もできない。助け合っているから成り立つ、できることというものを、この先も学んでほしいなと自分の子どもにもすごく思います。私自身も実際に周りに助けられてきた人間です。仲間がいるからこそできたことがたくさんある。それが全国の子どもたちの心に焼き付いてくれたらいいなと思います。
<取材・文・写真/望月ふみ>
【望月ふみ】
ケーブルテレビガイド誌の編集を経てフリーランスに。映画周辺のインタビュー取材を軸に、テレビドラマや芝居など、エンタメ系の記事を雑誌やWEBに執筆している。親類縁者で唯一の映画好きとして育った突然変異。X(旧Twitter):@mochi_fumi
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