ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
***
昨年の夏に行った熱海旅行が良すぎて、今年も熱海にやって来てしまった。
風光明媚な景色、街と海が近いところ、随所に見られるレトロ感、そして東京の西側育ちの僕には昔からあこがれるしかなかった、海辺の街というどこか物語のなかの世界のような雰囲気など、やっぱりどこをとっても最高だ。
ところでありがたいことに、当連載も今回で250回目。ここまで楽しく続けられているのは、ひとえに読者のみなさまのおかげだ。いつも本当にありがとうございます。
というわけで担当の編集さんから、たまにはどーんとごちそう感のあるものを食べているところが見たいです! という、これまたありがたきリクエストをいただく。そんな折の熱海旅行だったので、ひとつ思いついた。
僕は日本全国どこへ旅に行っても、地元密着型の、なんならなるべく地味な大衆酒場などへ入ってみるのが好きだ。ザ・観光地!みたいな雰囲気を避ける傾向にある。が、熱海にはいくらでもそんな店があって"映え"を競い合っているし、多くの観光客もそれを楽しんでいる。特に、海鮮系の店は百花繚乱だ。たまには僕も、そういう世界に入っていってみるのはどうだろう?それはそれで、いつもとは違う自分を選ぶ、ある種の冒険と言えるのではないだろうか?考えていたらわくわくしてきたぞ。
熱海駅前
熱海駅前には「仲見世通り商店街」「平和通り名店街」と、ふたつのアーケード街の入り口が並んでいる。それぞれを往復してみて、僕が今日のモード的に特に心惹かれたのが「熱海駅前おさかな丼屋」という店だった。
「熱海駅前おさかな丼屋」
その名のとおりの魚丼専門店で、店頭のメニューにひときわ大きく載っている「海鮮てっぺん丼」のインパクトがとにかくすごい。
山のような海鮮!
こういうのこういうの。当然、値段は税込2,849円とけっこうするけれど、節目の記念だ。1,848円で海鮮が半分の「小丼」も選べるが、ここはいくべきだろう。フルのほうを。
勢い勇んで入店すると、どうやら人気店ゆえ、いったん受付をし、順番がきたら食べられるというシステムらしい。それまで店頭で待つ必要はなく、QRコードを読み取ると待ち人数の状況が把握できる。まだ昼前の午前11過ぎだったので大したことはないだろうと甘く見ていたら、なんと自分の順番は30組後。まぁ、これも含めて体験だと腹をくくろう。
待ち時間に熱海の街をさらに散策できるのも、それはそれで楽しいし。実際、その間に良い立ち飲み屋を見つけ、景気づけの一杯をやってしまった。
熱海に乾杯
けっきょく待ち時間は1時間半ほどだった。が、これは夏休み中であるという理由が大きそうで、オフシーズンの平日ならば状況はまた違いそう。とにかくすっかり腹ペコ状態で席に着くと、料理はあっという間に到着。
「海鮮てっぺん丼」
そもそもが少食気味であるし、完全に人生で初めて対面するタイプの料理だ。丼が思ったより小さめで、大きめのごはん茶碗くらいであることが、むしろありがたい。が、その上にぎゅぎゅっと固めて盛られた刺身の標高がとにかく高い。
すごい標高
魚は見たところ、数種のまぐろ、ぶり、サーモンなどが中心か。頂点にはいくらが輝いている。
思わずいろんな角度から撮影してしまう
ちなみに料理が届いた際、若い男性のスタッフが、「せっかくだから記念写真お撮りしましょうか?」と声をかけてくれ、もちろんこれはどの客さんにもする定番の声がけらしい。ふだんなら「だ、大丈夫です......」などと遠慮してしまうところだけど、これにものってこその観光地だろう。
撮影時の掛け声が「ハイ熱海!」、そして撮影後が「ナイス熱海で~す!」で、僕のような中年男性ひとり客にも一切手を抜かないその姿勢は、とても立派と言わざるをえない。
その際のちょっとぎこちない記念写真がこちらです
さぁ食べよう。ちなみにおともは、タカラクラフトチューハイの小田原レモン味(605円)。酸味が爽快で、そのご当地感も気分を盛り上げてくれる。まずは丼全体に醤油を回しかけて、さぁ、食べよう......。
食べよう......
と、思ったものの、食べかたがわからないかもしれない。どの場所をつついてもどこかが崩れそうな、ジェンガの後半状態だ。最上部にいくらがあるから上から刺身をひとつずつというわけにもいかない。しばし逡巡し、意を決して比較的いけそうなまぐろをひとつ箸でつまんでみると、そこを中心にさっそく崩れ落ちる全体。これはもう、そうやって食べるものなのだろう。だからこその大きめの受け皿というわけか。
崩さず食べるのは無理かも
理解し、なりふりかまわず食べはじめると、これがうまい。まぐろもぶりもサーモンもとろりと上質で、それらが垣根なく口に入ってくる一体感はこういう丼ならではだ。伊豆産のわさびもいいアクセント。
ただ、続いての懸念事項。この丼の内部断面は、そもそもどうなっているんだろうか?つまり、ごはんがどのくらい盛られているのかが序盤はわからず、ペース配分がわからないのだ。それでも上の刺身をつまみにしばらく酎ハイを飲んでいたら、やっと白米が顔を出しはじめた。あ、海鮮のインパクトに隠れてはいたけれど、けっこうな山盛りだぞ。
ごはんが登場
ちょっと硬めに炊かれたその米が、とろりとした刺身たちと相まって最高にうまい。無我夢中で食べすすめ、だんだんランナーズハイみたいな状態になってきた。うまいうまい。なんという根源的な食の幸せ!
が、ここで全てを食べきってしまうわけにはいかない。というのも、実はこの店の丼にはもうひとつのお楽しみがあって、それが最後の「魚介出汁」。具材とごはんを少し残しておいてそれをかけてもらい、最後はお茶漬け風に締めるのが流儀だそうなのだ。
魚介出汁お願いします
初めてなので塩梅がわからないものの、だしを注いでも溢れないくらいまでの残り量になったところで、お願いする。するとふわりと漂う良い香り。想像していた透明感とは違い、かなり色が濃い。
そこで少し、だしだけをすすってみると、ものすごく濃厚でうまい。さらりとした感じではなくて、煮詰めたおでんだしのようだ。そこに魚介の旨みと、塩気もしっかり利いている。これだけでつまみになる。多くの魚介類を扱う店なので、アラもたくさん出るのだろう。それを贅沢に使用しているのかもしれない。
このお茶漬けが、味わいが変わって絶品で、またまた食欲が加速し、あっという間に食べ終わってしまった。ふぅ、大満足の体験だった。ごちそうさまでした。
さて、ところで僕が次回熱海にやって来てまたこの丼を食べるかというと、あまり可能性は高くないだろう。すみません。
ただ、理由は説明させてほしい。ずばり、さすがに自分には多すぎたというだけだ。おさかな丼屋には他にももっとちょうど良さそうなメニューがたくさんあり、しかもけっこうリーズナブル。まぐろの赤身とねぎとろに加え、しらすがのってより静岡っぽい「おっきい魚とちっさい魚丼」なら1,628円だし、「まぐろ赤身丼」なら1,518円だ。で、今日の体験から、自分はそれらでじゅうぶん満足できる確証があるし、シメのだし茶漬けを想像すればうっとりしてくる。というか、海鮮てっぺん丼以外のものをこそ、あれこれまた食べに来たい。
場末酒飲みの僕に新しい世界を教えてくれた、おさかな丼屋に感謝だ。
取材・文・撮影/パリッコ
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