まさか、20年連れ添った夫に、退職金のために捨てられることになるなんて――。あのころの私には、想像もつきませんでした。
私より20歳年上の夫と結婚して、20年。かつては「君を守りたい」と言ってくれた彼も、いつしか私を家政婦か何かのように扱うようになりました。
ただ黙って従うだけの日々。それでも心の奥では、何かがずっとくすぶっていたように思います。
運命の歯車が大きく動き始めたのは、深夜に鳴り響いた1本の電話からでした――。
深夜の理不尽な呼び出し「おい! 今すぐ店まで迎えに来い!」
深夜、スマホから響いてきたのは、酔って機嫌の悪い夫の声でした。深いため息が漏れます。
「今、何時だと思ってるの……? もう夜中の1時よ」
そう返しても、夫はどこ吹く風。どうせ家で寝ていただけだろう、飲み会で遅くなった夫を迎えに来るのは妻として当然だろう——そんな理屈をまくし立てます。
これも、いつものことでした。反論すれば「誰が稼いだ金で生活しているんだ!」という決まり文句が飛んでくるのは、目に見えていました。言い争う気力も、もう残っていません。
行き先を尋ねると、駅前の居酒屋だという返事。部下も一緒だからきちんと着替えて来い、寝間着にすっぴんで来たら恥をかく、と念を押されます。部下の前での体裁ばかりを気にするのは、相変わらずです。
私は重い腰を上げ、最低限の身支度を整えると、深夜の街へ車を走らせたのでした。
翌朝――。
家事が一段落したころ、玄関のチャイムが鳴りました。立っていたのは、昨夜、夫と一緒にいた部下です。近くまで来たついでに、昨夜のお礼を伝えに寄ってくれたのだといいます。あんな時間に送らせてしまって申し訳なかった、と深々と頭を下げる彼に、私は「気にしないでください。こういうことには慣れていますから」と冗談めかして笑いました。
すると彼は、夫がいかに素晴らしい上司であるかを熱心に語り始めます。奥さまを大事にしているところも男として尊敬している、部長はいつも「奥さんへの感謝を忘れるなよ」とみんなに言っている——。
家での横暴な姿しか知らない私には、まるで別人のことのように聞こえました。
感謝――あの人が?
胸の内で、長年積もった冷たい感情が、静かに固まっていくのを感じます。
そんな私の胸中を知らない彼は、部下有志でサプライズの定年祝いを企画していること、妻である私にもぜひ参加してほしいことを、弾んだ声で話しました。
最初は乗り気になれませんでした。それでも、夫が会社でどんな顔をしているのか少しだけ見てみたい——そんな気持ちが湧いてきて、私は予定を空けておくと答えたのです。
結婚20年目で知った裏切り数カ月後――。
定年を間近に控えた夫から、珍しくメッセージが届きました。退職金が3,500万円も出るらしい、というのです。
「すごいじゃない。あなたが長年頑張ってきた証しね」
私は素直に喜びました。これで少しは夫婦の関係も変わるかもしれない——。淡い期待を抱いて、退職したら2人でゆっくり温泉旅行でも、と提案してみます。ところが、返ってきたのは冷たい言葉でした。
「おいおい、まさか俺の退職金を使うつもりか? 人の金を当てにするなんて、どこまであさましいんだ」そして夫は、信じられない一言を続けたのです。
「単刀直入に言う。俺と離婚してくれ」あまりに身勝手な言葉に、私は一瞬、返す言葉を失いました。専業主婦で養われていただけのお前に3,500万円を持っていかれてはたまらない、だから退職金が支払われる前に離婚するのだ——夫はそう言い放ちます。
離婚前に退職金が支払われなければ、すべて自分のものになる。夫は、そう信じ込んでいるようでした。けれど、それは大きな思い違いです。退職を目前にして支給額まで具体的に決まっている退職金は、婚姻期間に応じた分が財産分与の対象になり得る——黙って耳を傾けながら、私は静かにそのことを思い浮かべていました。
「俺が会社に尽くしてきたからこそもらえる退職金だ!」「家にいただけのお前には1円もやらんぞ」その後も送られてくるのは、私を見下す言葉ばかりでした。
私は20年間、家事のいっさいを担い、義両親が相次いで倒れたときには仕事を辞めて介護にあたりました。それでも夫の目に、私は「家にいただけ」の存在としか映っていなかったのです。
心の中で、何かがぷつりと切れる音がしました。
「わかった。本当にそれでいいのね?」すぐに返ってきたのは、「は? 今さら謝っても退職金はやらないぞ」という返信です。私は電話をかけ、静かに告げます。
「謝るのは、あなたの方よ」
「何のことだ?」
「あら。私が何も知らないと思っていたの?」
――半年前のことです。夫が脱ぎ捨てたスーツのポケットから、ホテルの利用明細が出てきました。最初は何かの間違いかと思いましたが、以前から続いていた不審な外出を思い返し、私は弁護士に相談したうえで調査会社に依頼していたのです。
調査で明らかになったのは、夫が特定の女性と繰り返し会い、ホテルに出入りしていた事実でした。
私はすでに弁護士に相談し、証拠を示したうえで、離婚や財産分与、慰謝料について夫と話し合う準備を進めていました。
私が証拠を突きつけると、夫はしばらく黙り込んだ後、開き直りました。
「それが何だ! 慰謝料ぐらい払ってやる。俺には3,500万円の退職金があるんだからな!」
そして、その女性との関係が10年近く続いていたことまで認めました。そのうえ、勝ち誇ったように「俺を支えたのはお前じゃない。頑張れたのは彼女のおかげだ。これからは堂々と彼女と暮らす」とまで言い放ったのです。
その一言で、私の決意は固まりました。
「あら、そう。だったら私とのことをきちんと清算してから、好きにすればいいわ」
私は、離婚届だけを先に出すような真似はしませんでした。それから数週間。弁護士を通じて、預貯金や退職金を含む財産分与、そして慰謝料について夫と協議を重ねます。退職金は婚姻期間に応じた部分も含めて整理し、当初は反発していた夫も、証拠を前にすると最後は条件を受け入れました。
手続きがすべて済んだ後、私は20年間暮らした家をあとにしたのです。
定年祝いで崩れた「愛妻家」の顔離婚が成立して間もなく、夫の部下から、定年祝いについて確認の連絡がありました。私は離婚したことを伝え、事情を知らせておらず驚かせてしまったことを詫びて、参加を辞退。部下は戸惑いながらも、それ以上は何も聞かず、了承してくれました。
そして定年祝いの数日後――。
元夫から、怒りに満ちた電話がかかってきたのです。
「おい! なんで会社の連中に離婚したことを話したんだ!」
「定年祝いに参加できない理由を聞かれたから、事実を伝えただけよ」
「お前のせいで、全部バレたじゃないか!」
話を聞けば、部下たちが予約した居酒屋の個室に、元夫の交際相手が突然現れたのだといいます。
元夫は以前、定年祝いの日時や店について、何げなく彼女に話していました。さらに、離婚したことが会社の部下たちにも知られたと伝えていたそうです。
それを聞いた彼女は、「もう関係を隠す必要はない」「今度こそ正式なパートナーとして紹介してもらえる」と思い込んだのでしょう。元夫には知らせず、定年祝いの会場へやって来たのでした。
すでに酒が入っていた彼女は、上機嫌でこうあいさつしたそうです。
「10年以上、陰で彼を支えてきました。これからは私が、正式なパートナーとして支えていきます」
しかし、部下たちが知っていたのは、元夫が20年連れ添った妻と離婚したということだけです。
彼女の口から、2人の関係が10年以上前から続いていたとかわかる発言が飛び出したことで、部下たちは離婚前から不倫関係にあったのだと察しました。会場は水を打ったように静まり返ったそうです。
電話口の元夫は、まくし立てました。部下はみな20年連れ添った妻がいたことを知っている、長年不倫していたとバレたらどうなるか、築き上げてきた愛妻家のイメージが台無しだ——と。
私は冷静に言葉を返します。
「『妻への感謝を忘れるな』だっけ? 会社では随分、愛妻家を演じていたみたいね。でも、台無しにしたのは私じゃないでしょう。あなた自身がしてきたことよ」
「お前が離婚したなんて言わなければ、こんなことにはならなかった!」
「離婚したのに、妻のふりをして定年祝いに出ろと言うの?」
元夫は、もう何も言い返せませんでした。
「これからは、堂々と彼女と暮らすんでしょう。新しい人生を楽しんで」
私はそう告げて、静かに電話を切ったのです。
半年後に届いた身勝手な謝罪それから半年ほどたったころ、知らない番号から電話がありました。相手は元夫です。少しだけ話を聞いてくれないか——以前の横暴さがうそのような、弱々しい声でした。
「あなたと話すことはないわ」
切ろうとすると、元夫は慌てて、本当に悪かった、自分が間違っていた、もう一度やり直せないか、とすがってきます。詳しく聞けば、交際相手とは新生活を始めて間もなく関係が悪化し、別れたのだといいます。
「やっぱり、お前じゃなきゃ駄目なんだ。俺を支えてくれ」
その言葉を聞いた瞬間、私の心は冷え切りました。
「私はもう十分、20年間あなたを支えたわ。その私を、必要ないと言って捨てたのはあなたでしょう」
「謝っているじゃないか。20年連れ添った情はないのか?」
「ないわ」
私はきっぱりと言い切りました。
「あなたが求めているのは私じゃない。自分の世話をしてくれる人でしょう。私はもう、その役には戻らない」
元夫が黙り込むのがわかりました。
「これからは、自分の選択に自分で責任を持って生きて。それじゃあ、お元気で」
私は電話を切り、その番号を着信拒否に設定しました。
いま私は、財産分与で受け取ったお金を元手に住まいを移し、猫と2人、のんびり暮らしています。
20年続いた結婚生活を終わらせ、住み慣れた家を離れることに、不安がなかったわけではありません。それでも、長年の裏切りに目をつぶり、見下されながら生き続ける道を選ばなくてよかったと、心から思います。すぐにすべてがラクになったわけではありませんが、きちんと準備を重ねたことで、少しずつ新しい生活を築くことができました。
穏やかに眠る猫の寝顔を眺めながら、いまはようやく、自分の人生を生きているのだと実感しています。
【取材時期:2025年7月】
※本記事は、ベビーカレンダーに寄せられた体験談をもとに作成しています。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
著者:ライター ベビーカレンダー編集部/ママトピ取材班
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