中学生の息子の主食はインスタントラーメンばかり。認知症の母との生活に感じた「限界」

中学生の息子の主食はインスタントラーメンばかり。認知症の母との生活に感じた「限界」/(C)美齊津康弘、吉田美紀子/KADOKAWA

中学生の息子の主食はインスタントラーメンばかり。認知症の母との生活に感じた「限界」

8月5日(水) 21:30

中学生の息子の主食はインスタントラーメンばかり。認知症の母との生活に感じた「限界」
▶▶この作品を最初から読む



長野県御代田町でケアマネジャーとして働く美齊津康弘さんは、小学5年生にして若年性認知症の母を支えるヤングケアラーとなりました。48歳で発症した母は、次第に料理や掃除といった家事全般、そして入浴すらも難しくなり、学校から帰ると家事や見守りに追われる日々に。父は朝から晩まで仕事で忙しく、姉や兄にも頼ることができないなか、「僕がやらなきゃ家族が壊れる」と自分に言い聞かせながら踏ん張る一方で、母に対して怒りや悲しみがこみ上げることもあったそうです。月日が経つにつれて母の認知症は進行し、美齊津さん一家の生活は立ち行かなくなって――。

それでは、美齊津さんが認知症が進行する母と向き合った日々をのぞいてみましょう。もしも、家族の世話を子どもがせざるを得ない状況になったら? 美齊津さんの経験を知ることは、「ヤングケアラー」について考えるきっかけになりそうです。

いつも明るくて誰にでも優しい僕の自慢のお母さん

48歳で認知症を発症した母と小学5年から介護が始まった僕のお話です


※本記事は原案/美齊津 康弘、漫画/吉田 美紀子の書籍『48歳で認知症になった母』から一部抜粋・編集しました。



母がまだ元気だった頃、地域の運動会がありました

そう、私国体の選手だったもの

お母さん、がんばれー!

6人抜いたー!!

お母さんすごい!


すごい

私...おかしくないわよね

運動会からたった2年しか経っていないのに

恥ずかしくないのか!

何とか言え!

やっちゃん、大丈夫?


私も時々お母さんを預かるから...ね?

僕が中学に上がると帰りが遅くなり...

生活もどんどん荒れていきました

夕飯だ、店の残りだが...

父はこの時何か決意したようでした


小学5年生が背負っていた誰にもわかってもらえないという孤独感、人生を変えてしまうほどの壮絶な経験の数々。まず私たちにできることは、そのような「ヤングケアラー」の存在を知ることです。

「母の認知症が進行していくに従い、どんどん不安が大きくなっていきました。今まで頼りになる存在であった母が崩れていくことへの不安、それに伴い自分の生活がこの先どのように変わってしまうのか分からない不安に常に怯えていました。

最初の頃は母の行動や言動を受け止めることができず、『これは夢に違いない。ある日目が覚めたらお母さんは元通りになるはずだ。』といつも考えていました。」と語ってくださった美齊津さん。
美齊津さんが背負っていた、誰にもわかってもらえないという孤独感には胸が締め付けられます。


著=原案/美齊津 康弘、漫画/吉田 美紀子/『48歳で認知症になった母』




【関連記事】
『(48歳で認知症になった母)』本編エピソード
『(48歳で認知症になった母)』第1話
レタスクラブ

生活 新着ニュース

合わせて読みたい記事

編集部のおすすめ記事

エンタメ アクセスランキング

急上昇ランキング

注目トピックス

Ameba News

注目の芸能人ブログ