「ピーナツを以てサパーと」詩人の生活と証言

「ピーナツを以てサパーと」詩人の生活と証言

「ピーナツを以てサパーと」詩人の生活と証言

8月2日(日) 6:00

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茨木のり子全日記 Ⅰ 1949-1952/1955-1962 『茨木のり子全日記 Ⅰ 1949-1952/1955-1962』(katsura books)著者:茨木 のり子 Amazon | honto | その他の書店

◆「ピーナツを以てサパーと」生活と証言
詩人・茨木のり子が生前に書き残した「全日記」の第1巻で、これから順に3巻まで出版されるという。

1949年、医師の三浦安信と結婚した4日後に書き始められ、1975年に最愛の夫が逝去した後は空白が目立つようになり、その2年後を最後に閉じられたそうだ。

茨木のり子は79歳まで生きたし、ベストセラーになった詩集 『倚(よ)りかからず』 を出したのも73歳のときだが、日記の最も古い記述では、彼女は、夫の帰宅の遅さに機嫌を損ねる、23歳の新婚の妻である。

夫婦の日常と、夫への思いが隠すこともなく綴(つづ)られる日記は、彼女が没後に出版されることを望んだ最後の詩集 『歳月』 を思わせもする。

しかし、この日記から見えてくるのは、もう少し些末(さまつ)で散文的な、三浦家の台所事情、些細な夫婦喧嘩(げんか)と仲直り、訪ねて来る友人、読んだものや見た映画といった日常そのものだ。そこに鋭い批評や、そのまま詩ではと思わせられる一節や、書けないときの苦悩、不愉快な書評への爆発的な怒りなどが加わる。

歯に衣(きぬ)着せぬ批評で、とてもおもしろかったのは、幸田露伴への怒り。幸田文の 『こんなこと』 という回想随筆の中の露伴に、詩人は怒り出す。

“『こんなこと』に於(お)ける、露伴が庭の雑草をきらって草取り人夫に とる はしから地面に塩をなすりつけさせたというエピソード。露伴を知る上には、又(また)読みながすにはおもしろい話にしても、違った次元から見なおすとフンゼンたるものを感じる。そのようにしてなめるようにきれいにされた庭が何であろう?(1951・12・10)”

そうだ!と思わず合いの手を入れたくなる。まったく。何であろう?

“万事、この式に、在来の日本文化はよそゆきだ。言いかえれば男性ののさばってきた文化だ。/『こんなこと』に於ける露伴の娘に対する躾(しつけ)の問題にしても、掃除一つ、料理一つ、どれとてものびのびとしたものを与えない躾かただ。父と娘がぎくしゃくと腹芸で対している図はもっともらしいが、別の観点からすれば笑止といえる。これを一種の美談的なものとして、すっと受け入れられる「日本人」というものに問題がある。”

ケチで有名だった永井荷風逝去の報に、「お金を生きて使っていないことがひとごとながら腹だたしい」(1959・5・13)と感じる詩人は、夫の給料をどう使うか、たまに入ってくる稿料でなにを買うか、日々考え抜いている。日記の記述の多くが金銭に関することだ。

つましい家庭経済の中でやりくりし、弟の英一に何か買ってやったり、給料日には奮発してステーキを焼いたり、がんばって東京・東伏見に土地を買い、念願の家を建てたりする。

東伏見の件は、日を追ってその経緯が綴(つづ)られるので、ちゃんと家は建つのか、ガスは来るのか、引っ越しできるのかと、書き手とともに一喜一憂しながら読み進んだ。

毎日の食事も、食べたものを箇条書きしているだけのメモであるのが、逆に読者には楽しい。給料日前は質素になる食卓の、医師の夫が当直で不在の日の「夜、当直ナレバ ピーナツを以(もっ)てサパーとなす」(1955・3・28)といった記述にペーソスを感じる。

時代を象徴するのは、「天火」や「電気洗濯機」の登場だろう。少しずつ生活が豊かになっていく、「戦後」のよい面を見る思いがする。「天火」で焼いただけのじゃがいもは、いかにもおいしそうである。

この間に、雑誌『櫂』を立ち上げ、詩作をし、生活のための書評書きをこなし、ラジオドラマの脚本なども書いている。悩みつつ書き、鋭い自己批評もさしはさみながら厳しく推敲(すいこう)し、評価にも思い悩む。悩むというより、怒るし、泣く。悪評を聞いて「猛禽(もうきん)ほどの涙を流す。」(1957・9・13)

詩作への姿勢は、「埴輪(はにわ)」への度重なる言及からも受け取れる。「『埴輪』は、詩人などというワクから飛び出し、もっと積極的な他への働きかけを持っていると自負するのだが、詩などよんだことのない人たちに見てもらいたいし。そういうひろがりこそ私の欲するものなのだ。」(1955・1・24)「痛快な風刺がかけるといいのだけれど。ふたたびこの世界を生きはじめなければならない。」(同月・22)

谷川俊太郎と岸田衿子が結婚して東京・谷中に住んでいたころ。詩人の交友関係を垣間見るのもおもしろい。金子光晴、田村隆一も登場する。

書評の類も鋭い。わたしたちはもしかしたら詩人にならって 『萬葉の時代』 (北山茂夫著 岩波新書 1954年刊)を「もう一度読みかえす。」べきかもしれない。「天平時代の政治的背景、呆(あき)れるほど乱脈なもの、血で血を洗う皇位争奪戦、なにが万世一系かとおもうほどだ。帰化人の血、藤原氏の血、入り乱れるわけだ。」(1962・5・10)

今年は茨木のり子生誕100年にあたる。血のメーデー、サンフランシスコ講和条約、砂川闘争、はじめて参加した安保闘争などにも言及があり、時代の証言としても貴重な日記の、時宜を得た刊行である。

【書き手】
中島 京子
1964年東京都生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。出版社勤務を経て渡米。帰国後の2003年『FUTON』で小説家デビュー。2010年『小さいおうち』で直木賞、2014年『妻が椎茸だったころ』で泉鏡花文学賞、2015年『かたづの!』で河合隼雄物語賞、歴史時代作家クラブ作品賞、柴田錬三郎賞、同年『長いお別れ』で中央公論文芸賞、2016年日本医療小説大賞を受賞した。他に『平成大家族』『パスティス』『眺望絶佳』『彼女に関する十二章』『ゴースト』等著書多数。

【初出メディア】
毎日新聞 2026年7月25日

【書誌情報】
茨木のり子全日記 Ⅰ 1949-1952/1955-1962 著者:茨木 のり子
出版社:katsura books
装丁:単行本(472ページ)
発売日:2026-07-17
ISBN-10:4991325935
ISBN-13:978-4991325939 茨木のり子全日記 Ⅰ 1949-1952/1955-1962 / 茨木 のり子
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