「ぐるりのこと。」橋口亮輔監督×木村多江×リリー・フランキー“同窓会”インタビュー18年醸成されたからこそ話せること

「ぐるりのこと。」橋口亮輔監督×木村多江×リリー・フランキー“同窓会”インタビュー18年醸成されたからこそ話せること

7月30日(木) 15:00

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橋口亮輔監督に初めてインタビューしたのは、約30年前。「渚のシンドバッド」(1995)のときだ。さまざまな感情を映画として再構築した橋口監督は、迷いのない目でこう言った。「目指すのは“その先”、可能性という名の未来」「そんなお前らにも未来はある、ということを力強く肯定してあげたかった」と。寡作の名匠といわれる存在となっても、映画の根底に込めたものは変わっていない。橋口監督のキャリアを代表する『ハッシュ!』と『ぐるりのこと。』の4K リマスター版が、7 月24 日からシネマート新宿、シネスイッチ銀座、渋谷ホワイトシネクイントほか全国で順次公開されている。橋口作品に背中を押された方も、初めて見る方も、この2作品を見る機会を大切にしてもらえたらと、橋口監督、主演の木村多江、リリー・フランキーのインタビューを始める。(取材・文/関口裕子、写真/間庭裕基)

■人を絶望させるのが人ならば、希望を持たせるのも人

――先日、18年ぶりに拝見しました。脚本が素晴しいなと改めて感服しました。時代背景は90年代。夫婦の物語で、夫カナオに法廷画家という立場から当時の社会的な事件を批評的に網羅させたり、翔子に仕事上の立ち位置や流産によって法の下の平等や生体防御反応としての鬱など日常生活で思い至りづらい問題を、我々に認知させました。この脚本に含まれる世界の幅広さ!圧倒されます。ご自身が鬱を患われたことはがきっかけとうかがいましたが、このような脚本にしようと思われた理由をお話しいただけますでしょうか。

橋口亮輔監督この作品を撮る 1 年前まで、僕は鬱状態だったんです。例えると鬱は、「リング」の貞子のように井戸の底にいるみたいな感じ。 あ、(木村)多江ちゃんは、「リング〜最終章〜」に出ていたね(笑)?

井戸の底にいたら上に光が見える。そこを目掛けて登っていったら、それまでは井戸の底だったから伝わってこなかったことが、ワーっと押し寄せて来た。当時はまだワイドショーがあったので、フジテレビとライブドア、 米英がタリバンに対するアフガンの空爆、福知山線の事故で100名以上の方が亡くなっていて、「なんだこれ」という感じでした。 久々に世の中を見たら、とんでもないことになっていた。それが目にバーンと飛び込んできて、そのコントラストが、映画にしなければと思わせた。なぜなら鬱に苦しんだ僕が得た答えが、人を絶望させるのも人ならば、希望を持たせるのも人なのだということだったから。これを形にしたかったんです。

――主人公を女性にしたのは?

橋口監督当時、内館牧子さんのドラマ「週末婚」(TBS)など、新しい女性の生き方や、新しい結婚の形を模索するドラマがヒットしていた。 だから、そこから遠いキャラクターにしようと思ったんです。その女性には、僕自身を投影し、さらにこれまでの僕の在り方と最も遠い夫婦を主人公にしようと思った。しかも絶対別れない2人にしようと。 そこに法廷画家というアイデアが後から加わって……。 だから社会派映画を作ろうと思ったわけではありません。

――カナオと翔子は、たぶん80年代に美大の日本画科を卒業して夫婦になった。時代背景的にイケイケであってもおかしくない2人ですが、どんなことも侮ることなく日常を暮らしています。センセーショナルな物語にしようと思えば、そう描くこともできたと思いますが、これだけのエッセンスを盛り込みながらそうしなかったことに驚きました。

橋口監督90年代は、当初、失われた10年と言われていましたが、それが 20年になり、 30年になり、 今は40年になるかもと言われています。この 10年は日本にとっての大きなターニングポイントとなった年代だと思うんです。

例えば衝撃的だった宮崎勤の事件。高速の橋桁が倒れたビジュアルが凄まじいインパクトだった阪神淡路大震災。そこにオウム真理教の事件、そのビジュアルと一連の騒動、バブルの崩壊、そして神戸の酒鬼薔薇事件。これまで思いもしなかった事件に、日本人のメンタルは大きく影響を受けたと思います。それこそ日本そのものが鬱になったみたいな。まだバブルの余波で頑張れたのが93、94年まで。もうとっくにバブルは崩壊していたのに、マハラジャのお立ち台で扇子を振って、「まだ頑張れる、まだ頑張れる」と言っていたらズドンと落ちた。その感覚が鬱と似ているんです。そこを生きていく2人の 8年間を題材にしようと思いついて。

――木村多江さん、リリー・フランキーさんにとっては、90年代はどういう時代でしたか?

木村私は19歳ぐらいだと思うんですが、中学高校は本当に自由のない厳しい学校に通っていたので、お芝居だけが息が吸える場所だったんです。やっと学校を卒業して自由になったら、今度は父が亡くなり、また暗闇に落ちてしまいまして。だから、どんなに楽しいことも、騒々しいことも、美しいものでさえも、白黒に見えている時代。あの時代の私は翔子そのもの。台本を読んだ時に、「これ私だ」と思いました(笑)。自分の中に翔子を演じられる要素があった。死ぬことは許されない。なんとか生きなきゃいけないという、原罪を背負った年代。自分で傷口に塩を塗って追い込んでいたので、社会同様、私も鬱状態が続いていて、表面的には笑っていましたが、心は闇だった年代です。

――リリーさんはいかがでしたか?

リリー80年、90年代頭はもう本当に金がなさすぎて電気も通っていない生活をしていました。だから、ほぼ記憶にない。90年代になってやっと働き出したんですが、いわゆるバブルとは関係ない人生。だから全然、その時代を生きているという感じはありませんでした。人にお金借りてホカベン食うのがやっと。世の中で何が起きているかなんて全然知らなくて。ちょっとご飯を食べられるようになった頃、母親を呼んで2人暮らしを始めた。それでも自分自身はなんか楽しかった気がします。

人間食うものがなければ、世界平和なんて望めないじゃない。80年代は本当に金がなさすぎて、別れていた大学のときの彼女に電話するための10円を誰かに借りて、「話がある」って駅まで呼び出して、結局ホカベンを買ってもらった。そのとき彼女にもらったシャツを着ていて、帰りしな、彼女はその胸ポケットに2000円を入れてくれた。たぶん、普通なら情けないなとか思うじゃないですか。でも全く思わないの。むしろ「ラッキー」って。それくらいバカ。自分に余裕がないと、世の中で起きていることや、カルチャーに目が行かない。社会や他人に目が行くようになると、今までがひどいんでそれが楽しいと思うようになって、そういうことを原稿にするようになりました。

■キャスティングは縁だなと最近は思うんです

――橋口監督がお二人を夫婦にキャスティングされたのは、先ほどおっしゃったテーマに、お二人のありようがフィットしたからでしょうか?リリーさんは「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」を読まれたことがきっかけだとうかがいました。先ほども強めの空調を気にされたのか、羽織っていらっしゃったシャツを何も言わず、木村さんにひざ掛けとして渡されていらっしゃいました。このいわずもがなの意識がベースにあることが魅力と感じられたのかなと。

リリー普通に暑いから脱いだだけよ(笑)。それに「ぐるりのこと。」をやったときにできた関係性があるから、そう動けたわけで、他の方だったらやりませんよ。そんな汚れたシャツ、気持ち悪いと思う方だっているわけじゃないですか(笑)。

木村そんな(笑)。

――改めて橋口監督にうかがいますが、翔子とカナオにお二人をキャスティングしたいと思われたのは?

橋口監督年なんですかね、最近は縁だなと思うんですよ。計算ずくで、こういう化学反応を狙ってとかではなく、ご縁だなって。 そういう意味では、この映画も運を持ってますね。巡り合わせというか。参加してくれた人みんなそうですが、ちょっとタイミングが合わなければ、キャスティング全部が違うものになっていた。

――法廷に被告として立たれた方たち、一人ひとりも今考えるとすごいキャスティングですよね。

橋口監督当時、そこまでちゃんと気がつけてなかったんですけど。

――幼女誘拐殺人の被告役で加瀬亮さん、その弁護士の光石研さん、売春事件の裁判官役の田辺誠一さん、園児殺人事件の被告役の片岡礼子さん、小学児童殺傷事件の被告役の新井浩文さん、翔子たちのアパートの隣人役の江口のりこさんほか、あげればキリがない錚々たるメンバーですよね。

リリー赤堀(雅秋)くんが一番バレてない。

橋口監督そうね。赤堀くんが出ていると言うと、みんなから「探せない。どの役ですか?」と聞かれます。

――THE SHAMPOO HATの赤堀さん。「なぜ赤堀さんを?」とその縁を聞きたくなりますね。

リリーライターとして映画についての原稿を書いているときから思っていたんですが、橋口さんの映画にはほとんどの俳優は出たいんですよ。でも滅多に撮らないから、その夢を叶えられる人は一握り。オリンピックを目指す選手みたいに。今年ダメなら 4年後を目指すしかない。

――そうですよね。次が 7年後なら、よんどころない事情ができて、もう出演できないかもしれない。

リリーだから役者には断る選択肢はあまりないと思います。

木村私はスケジュールが空いていなかったので、待ってくださったんです。本当にラッキーだったし、この縁に感謝しています。

■「僕の望みは、橋口さんが楽しく撮ってくれること」

――改めてリリーさんが出演されることになった経緯は?

橋口監督リリーさんは、僕が脚本を書き終わえたタイミングでいただいていた「東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜」を読んだら、「あ、ここにカナオがいる」と。それでオファーしたんですけど4カ月ぐらい返事をくれないと。

リリーほら、どのタイミングで返事するのがいいか分からないから。すぐ返事したら欲しがってたみたいじゃない(笑)。

橋口監督当時、山にこもって役作りしていたと言ってましたね。「楢山節考」の坂本スミ子みたいに歯を全部折って(笑)。

木村言ってた言ってた(笑)。

橋口監督多江ちゃんは、倉本聰さんのドラマ「拝啓、父上様」の撮影に入っていて、スケジュールが埋まっていたんです。では翌年の 4月から6月あたりで撮るか?そうするとまた時の人のリリーさんのスケジュールを押さえなきゃいけない。

リリー考えられないですよね(笑)。

橋口監督どうしようと目の前真っ暗で、お願いしに行ったんです。相手役は「木村さんに決まりました」と。そうしたらリリーさんは、「木村さんだと思ってました」と言うんですよ。

リリー見えてるんでしょうね、未来が(笑)。

橋口監督「つきましてはスケジュールはこうなります」と言うと、隣にいた当時の若いマネージャーがパッとシステム手帳を開きながら、「その頃、リリーはロンドンだな」って言うんです。目の前が真っ暗になりましたよ。

リリーデキの悪いマネージャーがそういうことやるんですよ(笑)。

橋口監督そうしたらリリーさんが「スケジュールなんてどうにでもなるんだよ」と言ってくれた。あんな真顔のリリーさんは、後にも先にも見たことありません。「僕の望みは、橋口さんが楽しく撮ってくれること。橋口さんはスケジュールのこととか考えなくていいから」と。そのとき、「彼は逃げない人だ」と思ったんですよ。つまりカナオそのものだと。そのとき、僕に翔子が乗り移ったみたいに、学生時代からくっついたり離れたりを繰り返し、30歳前に再び出会って、結婚するしかないなと思うけど、周りからは「やめなよ、あんなお金にも、女にもだらしなくて、定職にも就いてない男。あんたが苦労するだけだから」って言われて、「私がちゃんとしてれば大丈夫だから」って決断している図が見えたんです。僕が作り出した女性像であるにも関わらず、それまで翔子の一番奥にあるものが分かっていなかった。つまり、なぜこの女性はそんなダメ男と生きていくと決めたのかを。カナオの本質は、これから何があろうとも見捨ない、絶対に逃げないという確信が翔子の中にあった。だから決断した。僕はリリー・フランキーさんを前にして、「あ、これだ」と分かった瞬間があった。これで翔子が描ける。つまり本質を掴んだと感じました。オリジナル作品であるにも関わらず、お恥ずかしい話ですが。

――もの作りは、きっちり設計図ができあがってから行うものなのかもしれませんが、その過程で醸成される空気も大切な要素なのかもしれない気もします。

橋口監督衣装合わせをして、あとは有名人を揃えて、というのでも作品はできると思いますが、何というか有機体、有機物って、さまざまな出会いがあって、たんたんと形を成していくものなのかなとも思うんですよね。僕自身には演出力があると思えないのに、多江さんなんて女優賞総なめですよ。リリーさんも新人賞を総なめ。

リリー20歳の吉高由里子と取り合いましたからね。後半はもう吉高のことを憎いとすら思って、あいつの靴に何度画びょうを入れようと思ったことか(笑)。

橋口監督「お母さんが一緒」(2024)のときも、僕は何もしていないのに、江口のりこさんも古川琴音さんも内田慈さんもちゃんとやってくださるわけですよ。僕は何もしていないのに。なぜだろうと思うと、もう縁と言うしかない。そういうものでしか、説明つかないと思うに至りました。

■この撮影現場には、常に翔子が二人いた

――木村さんは橋口さんとのやりとりで覚えてることあります?

木村オファーをしたいと言ってくださった橋口さんと、いただいた台本を読んだうえで、カフェでお会いしたんです。台本を読んだとき、「これ私だ」と感じたので、「すごく怖いな。できるのかな」と思うわけです。自分の嫌なところを、全部出さなきゃいけないから。監督は、そのとき「白い巨塔」を見て「翔子だ」と思ってくださったとおしゃっていました。私が「翔子は私だと思いました」と言ったら、「僕も、翔子は僕だと思ってます」と。 そのとき、私は、橋口さんのためにもこれをやりたいと思ったんです。きっと私たちみたいな人がいっぱいいる。そう思ったら、「どんなに苦しくても絶対やらなきゃダメなんだ」と思ったんです。

――使命感みたいなことですか?

木村使命感とは少し違うかもしれません。生きることにネガティブで、苦しかった 20代を過したわけですが、そこを超えて、もう自分を許していいのかなと思えたときに、実はたくさんの人が私の背中を支えてくれていたことに気づいたんですね。それ、今度は、私の番かな。私が支えられたらいいな、恩返しも兼ねてと思ったんです。

そうなっていきたいし、なんかその自分がつらかった経験って、絶対その痛みって人の気持ちがわかることでもあるから、それを私でできるのであれば、何か役に立ちたいな。 それがなんか自分が生きてていいんだっていうか、自分の存在意義は誰かの役に立ってれば生きてていいんだって思えることだったから、そう思ってたところに来た話だったから、余計誰かのためにどんなに苦しくても、これをやったら誰かの人生をちょっとでも支えられたら、私の生きている意味があるんだって思えるかも、と。

リリー橋口さんの映画は、物語の断片が、監督の実体験であることが多いじゃん。楽しいことを忘れがちな監督は、鬱々としたところをエネルギーにして、ウイスキーを蒸留するみたいに作品を作る。そうやって橋口さん自身も再生を目指すし、そういうところに多江ちゃんがマッチしたんだと思うんですよ。だから、撮影現場には、常に翔子が二人いてね(笑)。僕だけは、この2人を助けうるカナオっていうファンタジーだったなと。

――リリーさんも、俺ってカナオっぽいよなと思いませんでしたか?

リリーそりゃ、僕にカナオっぽいところが 1つもなければ、演じられないでしょう。でも大竹まことさんにラジオで、「斎藤洋介とか、寺田農さんとか周りにいて怖くないの?」と言われたり(笑)、僕は演劇人じゃないから八嶋(智人)さんが柄本(明)さんのことを気にしている感覚も分からない。僕は、なんかふわっとどこにも所属していないやつだったというか。カナオのどこにも属しきれない人で、映画ではそこが清潔に見える人でありたいなと思って演じていました。

■エチュード「よく分かってないから練習するんですよ」

――橋口監督の脚本は、ご本人たちの言葉をエチュードの中から選び、脚本に落とし込むことも多いと聞きます。翔子がベランダ側で嵐に打たれている居間のシーン。延々と長回しをされてましたが、あのシーンでカナオが泣いている翔子にキスをしようとすると、鼻が出ていることに気づいて、鼻を舐めます。あれはアドリブですか?脚本にあるのでしょうか?

橋口監督鼻を舐めるとこだけは唯一、リリーさんのアドリブです。朝8時からテストを始めて、夜の6時がシュートだったんです。「軽くでいいよ」と言っても、毎回、多江ちゃんがリハーサルで大泣きするから、もう一回しか撮れない。頑張ろうと2台のカメラで狙って。もう心臓バクバクですよ。カメラが回ったら鼻の頭を舐めて、「なんか臭いよ」「うー」とか言っている(笑)。 でも最後は見事でした。

リリーあそこは本当に何回もリハーサルしたところ。どんどんカナオになっていたので、感じるままに翔子に反射できればいいなと思っていたら、自然にできた。今考えたら鼻を舐めるのはエグいですけど。鼻をかませたティッシュを開いたら、翔子が見ないでいうところも(笑)。

――夫婦のリアリティでした。

リリー長回しは、前半も9分ワンカットがあった。あの口紅をつけるかつけないかのシーンは7分、9分、10何分と3つのバージョンがあって、3バージョン全部全部練習したけれど、あのシーンが一番苦じゃなかった。楽しいシーンだから。みんなに「あれ、どうやっているの?」と聞かれるので、「めちゃくちゃ練習したんですよ」って答えると、「練習って、おまえよく分かっていないだろ」と笑われる。「よく分かってないから練習するんですよ」って(笑)。長く練習するというのは、他の映画ではあまりない時間だから。

木村でも私たちが 1週間やったあのエチュードは、すごく大切でしたよね。2人が大学時代に出会うところから、1回別れてまたくっついて、カナオが浮気するところまでの10年分。その記憶があるから演じられたというか。その中で出てきた台詞を、監督が台本に起こしてくださっているので、見ている人がアドリブだと思うくらい自然。私たちはちゃんと台詞になってるものを演じていたのに。すごく不思議な体験でした。

橋口監督衣装合わせと並行しながら、9時から9時までやって。今はもうできないですね。

リリー多江ちゃんは、役柄として毎日泣いていましたしね。

木村そうね。

リリー今考えれば青春ですよ。

木村青春で貴重な時間だった。 だって今、なかなかそんなに時間取ってもらえないし。だから自分でなんとか作り上げて現場に行かなきゃいけない。その緊張の中、初めて会った人とまるでずっと一緒にいたみたいに芝居する。リアルでも、普通に緊張する人と距離を近くすることを、自然にやらなきゃいけない。そのプロセスに1週間かけてもらえたのはすごく贅沢なことでした。だから何もしなくても、現場に入ったらもう記憶になっていた。あんな経験、なかなかできませんよね。

――リリーさんは近年、国際映画祭に出品された作品を見るたびに出演されている。世界のリリー・フランキーになってますが……。

リリー“世界の”はちゃんと書いてくださいね(笑)。

■演出、演技、美術、撮影すべての意味で見どころのひとつ“東京地裁”

――リリーさんの中にも、この撮影で大切なものを得られたという感覚はありますか?

リリー映画だけでなく、音楽でも本でもそうですが、いいものができるとき、なんか魔法にかかってる瞬間があると思うんですよ。自分が魔法にかかっている場所にいるなと思えるのは、相当集中できているんだなと思う。いいものの作り方って分かっているつもりでも、橋口さんの現場で再確認したなというのはありますね。基本的なことを2カ月半で、体得したというか。たった2カ月半ですが、まあ勘がいいもんで(笑)。最高の人たちが集まっていたし、照明の矢部(一男)さんが、「リリーさん、今のいいよ」と言ってくれたり、雨のシーンでちょっと声が大きくなったら、録音の小川(武)さんが「今のはいいですよ。人間っていうのは雨粒の音を聞くと、自然に大きい声になるものなんです」と教えてくれたり。そんなこと教えてもらえないじゃないですか。 だからそういうのをみんな教えてもらったりしながらやってたし。そういうことまで学べたのはすごくいい経験でした。

多江ちゃんと一緒のシーンは楽しいんだけど、法廷画家の人たちと裁判所にいるときは、常に重苦しいシーンですごく辛かった。重いんですよ。どんなに鬱でも、カナオとしては体温の温かさを感じることができるのに、裁判所でスケッチブックを持っておしゃべりしている感じのダークなこと。カナオは絶対、家庭には持ち込まないから、翔子は知らないと思うけど。

木村完成した映画を見て、カナオはこんなに大変なところにいたんだと、もう少しねぎらってあげればよかったと思いましたもん。

橋口監督撮影も重かったですもんね、上野さん?(本日の上映を覗きにいらした撮影の上野彰吾さんに)

上野本当に。あれ、忘れられないですね。1日、2つから3つの凶悪事件の裁判シーンを撮影しましたもんね。あの大法廷がまたよくできたセットなんですよ。

橋口監督本物の法廷画家さんが東京地裁そっくりだと言ってました。

上野美術の磯見(俊裕)さんとか、スタッフみんなで行って、写真が撮れないから、みんなこうやって手のひらの長さで、壁の厚さや長さを測って、メモをしました。

「渚のシンドバッド」(1995)以来、橋口監督と組んで作品を作り続けてきた上野彰吾カメラマンが応援に駆け付け、4人の話は尽きることなく続いた。「国宝」(2025)も手がけた衣装の小川久美子さんが用意した衣装合わせのときの話、ロケハンや撮影時の思い出と、資料を見ながら記憶をたどっていく。深いところで、良き仕事を共有したからこそ醸すことのできる時間。4Kで「ぐるりのこと。」を見る機会があるならば、当時の自分を振り返ってみると意外な発見がありそうだ。

【作品情報】
ぐるりのこと。

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