夏期講習や名門校の海外サマースクールに数百万円――子供の夏休みが、親の財布と神経をすり減らす"課金合戦"の沼と化している。なぜ親たちは課金をやめられないのか。そして、その果てには何が待っているのか。
世帯年収2000万超でも家計は火の車
新田孝弘さん(仮名・44才)は、外資系IT企業の管理職。共働きの妻と合わせた世帯年収は2000万円を超え、住まいは5年前にペアローンで手に入れたタワマンだ。しかし、この勝ち組生活は子供2人の教育費で一変したという。
「中2の長女を、3週間のカナダ短期留学に送り出しました。航空券まで入れると100万円超え。それに加えて、小6の長男が今年中学受験。夏期講習と志望校特訓で大手塾に40万円弱、春の模試で判定が下がったため15万円の個別指導も泣く泣く追加しました。夏休みの教育費だけで、ゆうに150万円を超える計算になります」
すべては我が子の将来のため。しかし、こんなパワーカップルでも家計は火の車だ。
「手取りは月100万円ほどですが、ローン返済と管理費で38万円、生活費や塾の月謝で40万円が消えて自由になるのは20万円ほど。臨時で増えた出費を賄うのがきつく、長女の留学費用は親に全額工面してもらいました。これだけ注ぎ込んで、塾に言われたのは『ご長男の偏差値帯だと、狙えてMARCHの附属。それも安全圏ではありません』。受かってくれないと、さすがに心が折れそうです」
追い打ちをかけるのが、住環境だ。
「タワマンといっても2LDK。中2と小6に個室はなく、リビングは問題集とプリントの山です。洗濯物は畳む間もなく積み上がり、家じゅうがいつも殺気立っている。最近、ふと考えるんです。これなら郊外の3LDKや4LDKに住み、公立の学校に行かせたほうがよっぽど人間らしい暮らしなんじゃないかって」
家族旅行まで"受験のネタ作り"にする
一方、"教育熱"そのものに家庭が茹だっている街もある。文京区の中古マンションに住む高橋恵さん(仮名・42才)は食品メーカーの広報職。機械メーカー勤務の夫と合わせた世帯年収は1300万円だという。名門学区を求めて3年前に越してきた、いわゆる"教育移住"組だ。
「この街は小6の半分が中学受験をするといわれていて、私立・国立中への進学率は23区トップの約5割。子どもは周りの環境が大事だと思って引っ越してきました。親同士のつながりも活発で、中学受験に挑む環境としては最適だと思います」
長男の夏は、夏期講習と特訓でほぼ塾に埋まる。唯一の家族旅行も「受験のため」と高橋さんは話す。
「家族旅行は、願書や作文で使う『体験のネタ作り』です。行き先は塾の先生に相談して長崎に決めました。グラバー園と出島を回れば、6年生の歴史で頻出の鎖国から明治維新までを体験できて、『家族での学び』として使えるからです。ただ、私も息子も振り返りシートやメモを取るのに必死で、旅行を楽しむのは二の次になってしまった。家路につく飛行機の中で眠る息子を見ながら、ふと何やってるんだろうって思ってしまいました」
夏の出費は夏期講習に特訓、体験プログラムを合わせて40万円超。だが、恐ろしいのはカネではないという。
「気づけば夫婦の会話は長男の勉強のことばかり。今年に入って、塾選びで夫と3回喧嘩しました。どれだけやっても長男の成績はなかなか上がらないし、お互いフラストレーションが溜まっていたんだと思います。しかも、夏休みくらいもっと遊びたいという長男に『合格したらいくらでも遊べるでしょ』ときつく当たってしまって……。もう限界かもしれません」
大金を払って"スーパーエリート消費者"を育てている
この現状を専門家はどう見るのか。脳科学や行動経済学の知見から人の消費心理を読み解いてきた臨床心理学博士の遠藤貴則氏は、本稿にある2家庭の課金を典型的な"本末転倒"だと指摘する。
「経済学に『指標が目標になると、良い指標ではなくなる』というグッドハートの法則があります。要は、子供の健全な未来という真の目的を忘れ、いつの間にか『いくら課金したか』が目標になってしまっているということです」
課金が止まらない理由も、脳の仕組みで説明できるという。
「動機が希望ではなく、恐怖になっているんです。『この講習を受けたら伸びる』ではなく『受けなかったら取り残される』。人は恐怖に駆られると思考が単純化して、複雑に考えられなくなります。だから『みんながやっていることをやればいい』に流れます。しかも比較対象は、ママ友や塾、マンション内ヒエラルキー、SNS。専門性のない人たちの意見に振り回される"比較の暴走"です。これはもはや、子供のためと言いながら、自分の不安解消のためにお金を払っている状態ではないか」
その課金の先に育つのは、何者なのか。
「思春期前期の大事な時期に部屋に缶詰めで社会を知らず、受験用の"お勉強"ばかりでまともな金融教育もされていない子供は、将来、稼ぎ方を知らないまま使い方だけ覚えた"スーパーエリート消費者"になる可能性が高い。本来必要なのは、金融教育だと私は思いますが、金融教育は塾のように外注できません。教材は親の生き方そのものだからです。
心理学の世界では、親の影響が子供に届くのは、せいぜい中学の入り口あたりまでと言われています。子育ては大学までなら22年の超長期計画なのに、親が関われる時間は前半しかない。その残り少ない時間に恐怖に駆られて課金する姿を見せ続ければ、子供はその姿を学びます。教育熱心さ自体は悪ではありません。でも、何にお金を使い、どう働き、どう生きるかを見せること。そっちのほうが、子供の将来のためによっぽど大切です」
ひと夏150万円の課金が買っているのは、子供の未来か、それとも親の安心なのか。
遠藤貴則氏
臨床心理学博士
1985年、東京都生まれ。米ルイス&クラーク大学で心理学を専攻し、アルビズ大学大学院で臨床心理学博士号を法廷特化で取得。米国で犯罪更生プログラムや捜査機関の調査支援に従事した。著書に『ザ・ニューロマーケティング』(KADOKAWA)など
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