沖縄で生まれ育ち、離婚を経験し、子どもを守るために性産業の世界へ足を踏み入れた。
生活のために選んだ仕事は、やがてセクシー女優という新たな人生につながっていった。現在は理解ある夫と家庭を築きながらセクシー女優を続ける玉城夏帆さん。
「子どもがいるのになぜ性産業で働くのか」「もし子どもが同じ道を選んだらどうするのか」
SNSでもたびたび議論となるテーマについて、自身の壮絶な半生とともに率直な思いを語ってもらった。
「沖縄を飛び出したかった」少女時代の葛藤
――ご出身は沖縄県ですか?
玉城:そうです。私の出身は沖縄でも田舎のほうなんです。でも最近は開発が進んできて、だいぶ便利になってきました。沖縄の南部の出身なので、北部に比べると、いわゆるリゾート地という感じではないですね。
――沖縄県で生まれ育って、影響を受けたと感じることはありますか?
玉城:沖縄県人は地元愛がすごく強いんです。だから、人と違うことをすると「あれ?」という目で見られることが多いですね。だから私は自分の考え方が周りと合わないなと感じていたので、小さい頃から「沖縄を出たいな」とずっと思っていました。
――どういう家庭環境でしたか?
玉城:私は父子家庭で育ったので、友達と遊ぶというより、家のことを手伝っている時間が多かったんです。同年代の子たちみたいに遊ぶことは、あまりできなかったんですよ。
――東京には何歳くらいで来たんですか?
玉城:セクシー女優の撮影を始めてから、1~2年くらいで東京に出てくるようになりました。
――20代後半で東京に出てくるのは、なかなか大きな決断ですよね。
玉城:そうですね。デビュー当時は撮影があるたびに沖縄から東京に来ていたんです。
シングルマザーが生活のために選んだ仕事
――沖縄で、どうやってデビューのきっかけをつかんだんですか?
玉城:もともと性的サービス店や飲み屋で働いていたことがあって、ある日、お客様として業界関係者の方が来られたんです。そのときは何も言われなかったんですが、半年くらい空けてから、もう一度来店されて、「あなたは絶対に東京へ出たほうがいい」「こんな小さな場所にとどまっていたらもったいない」「もっと発信したほうがいい」と言われたんです。その言葉を聞いて、自分の中で封印していたものが一気にあふれてきてしまって、主人に「私、セクシー女優になる」と話したんですよ。
――すごいですね。結婚は2回目ということですが、そのご主人というのは今のご主人ですか?
玉城:そうです。
――最初の結婚は何歳のときですか?
玉城:20代前半で同級生と結婚しました。最初の夫との子どももいます。私は居酒屋で働いていて、彼はお客さんでした。最初のイメージは「うるさい人だな」って思い、注意をしたんです(笑)。でも、全然静かにならなくて、「ほかのお客さんの迷惑になるから出ていってください」と追い出したくらいでした。後日、人づてに私の連絡先を聞いて「この前はすみませんでした」と謝ってきたんです。それで少しずつ印象が変わって、居酒屋にも来てくれるようになって、そこから少しずつ付き合うようになったんですよ。
――最初のご主人とは、そういう出会いでしたか。そして、離婚してしまったんですか?
玉城:はい、離婚することになって、私が相手の家を出ると同時に仕事も車もなく、無一文になってしまったんです。仕事を探さないと家も借りられないし、家がないと子どもを保育園にも入れられない。どうしたらいいんだろうと思って、実家に頭を下げて「期限付きで置いてください」とお願いしました。
――実家に帰ることには抵抗があったんですか?
玉城:祖母がとても厳しくて、「自分のことは自分で責任を持ちなさい」という人でした。
――それまで働いていた居酒屋には戻らなかったんですか?
玉城:子どもがいたので、生活費が居酒屋の給料では間に合わなかったんです。なので、性的サービス店で働き始めたんです。
――いきなり、そこへ飛び込む勇気はすごいですね。
玉城:「もう甘えてはいられない」「私がこの子を守るんだ」と思ったので、そこで働くことに抵抗はありませんでした。
子どもがいるのに、なぜ性産業で働くのか
――それを踏まえて、今回お聞きしたいことが、SNSで「セクシー女優や性的サービス店で働く女性を憧れの職業のように扱うのはどうなんだ」という議論があり、そこから「もし自分の娘がそういう仕事を選んだらどう思うか」という議論にまで発展したんです。そこで、2回の結婚とお子さんもいる玉城さんに「セクシー女優と家族」をテーマにいろいろと聞きたかったんです。最初にずばり「子どもがいるのに、なぜ性産業で働くのか」というテーマで聞きたいと思います。
玉城:私の場合は、ずっと「性」と向き合ってきた人生なんです。だから、そこに子どもを重ねて考えたことはないんです。もちろん、「性産業の仕事は、いい仕事だからやりなさい」と子どもに勧める親なんていないと思います。でも、私の場合は生活が大変だったので、そういうレベルの話ではなかったんですよ。性産業は生きていくための仕事だったんです。
――やはり、一番収入を得られる仕事が性産業だったということですか?
玉城:そうですね。当時は本当にきれいごとなんて言っていられませんでした。
――世間は「きれいごと」ばかり言っています。それに、きれいごとばかり言っている人たちもセクシーな動画を観たり、性的サービス店を利用していますからね。
玉城:表向きは立派なことを言っていても、みんな隠しているだけなんですよね。だったら、それをさらけ出して、もっと素直になればいいし、人を批判する余裕があるなら、自分と向き合えばいいんじゃないかなって思います。
――「けしからん」と言うより、「自分も利用しています」と言う人のほうが潔いと。
玉城:そういう人のほうが、私は好感が持てます。
――性に関することを隠す傾向がありますが、その空気は息苦しいですか。
玉城:息苦しいですね。性という分野に関しては、日本全体が閉鎖的だと感じています。だから私は、それに対して何か発信したいという気持ちがあるんです。でも一人の力では何も変えられないので、「表に出たほうがいい」と背中を押してもらって、今ここにいるんです。
オンラインゲームで出会った現在の夫
――なるほど。その後、現在のご主人とは沖縄で出会ったんですか?それとも東京ですか?
玉城:私が沖縄に住んでいるとき、オンラインゲームで知り合いました。最初はお互いの素性もほとんど知らない状態から始まったんです。
――今どきですね(笑)。
玉城:オンラインゲームをやりながら、「私、離婚するかもしれない」という話を少ししていたんです。
――その時点では、まだ前のご主人と結婚していたんですか?
玉城:はい。でも離婚の話が出始めたタイミングだったんです。
――ネットで知り合っても、実際に会うまでにはハードルがありますよね。どういう流れだったんですか?
玉城:私はゲーム中に対戦相手とずっと通話しながら遊ぶタイプなんですが、子どもが寝たあとにしかゲームはやっていなかったんです。でも、たまたま昼間にプレイした日があって、子どもが「誰と話してるの?」って気になってのぞいてきたんです。そうしたら今の主人が「子どもとも話したいな」と言ってくれたんですよ。
――いい人ですね。
玉城:そんな関係がしばらく続いたことで、子どもも今の主人のことを「いつも話している人」という感覚で親しむようになったんです。そこでLINEを交換し、ビデオ通話をするようになったんです。それまでずっと声だけでやり取りをしていたので、不安はまったくなかったし、半年ほどビデオ通話を続けるうちに、「一度、直接会ってみたいね」という話になったんです。
――ネットで知り合ったというより、普通に仲良くなっていった感じですね。
玉城:主人は当時まだ学生だったんです。子どもと一緒に遊びたいという気持ちが強い人だったので、大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパンで初めて会いました。そこで、子どもと接する姿を見て、「この人は父親になれる人なんだな」と感じ、お付き合いすることになり、彼は家庭を持つ覚悟を決めてくれました。そんなタイミングで、私が妊娠したんです。
――今のご主人とのお子さんですね。
玉城:はい。でも、主人は当時まだ学生だったこともあり、お義母さんは私たちの交際に反対していたんですよ。ただ、お義母さん自身にもさまざまな事情があったため、主人は「そんなことを言える立場じゃないでしょ」と私をかばってくれたんです。それでも、お義母さんの発言は次第にエスカレートし、子どもに危害を加えるようなことまで口にするようになり、それを危険だと判断した主人は学校を辞め、私たちと一緒に沖縄へ来てくれたんです。その後、「結婚しようか」という話になり、主人との子どもが生まれる前に結婚しました。
セクシー女優になる決断
――壮絶な人生ですね。
玉城:主人も急に沖縄に来たので職がないし、私は出産して1か月後にはまた性的サービス店に復帰したんです。
――良い人との出会いもあれば、大変な目にも遭いますね。
玉城:よく「トラブル体質だね」って言われます(笑)。いつになったら落ち着くんだろうと、ずっと思っています。
――それはトラブルを引き寄せるんですか、それとも飛び込んでいくんですか。
玉城:私は計画的に動くタイプじゃなくて、直感で動くタイプなんです。逆に、主人は私とは正反対でとても慎重な性格なんです。そのため、一緒にいてくれるおかげで、今ではようやく落ち着いて過ごせるようになりました。
――直感がいい方向へ働くこともありますよね。でも、トラブルは多いですか?
玉城:そうですね。ただ、どんなに絶望的な状況になっても、何とかなると思えるんです。必ず助けてくれる人が現れるというか。
――「なんくるないさー(沖縄方言で何とかなるさの意味)」の精神ですね(笑)。そして、ご主人は玉城さんのお仕事をご存じなんですよね。いつ打ち明けたんですか?
玉城:私が出産後1か月で性的サービス店に復帰したタイミングで、先ほど話した業界関係者の方と出会って、セクシー女優のお話をいただいたんです。そこですぐ主人に「私、セクシー女優になりたい」と話しました。
――ご主人は、どう反応しました?
玉城:主人は、「そのほうが安心だ」と言ったんです。「店で一対一の危険な環境で働くより、スタッフがいて守られた環境で仕事をするほうが安心できる」と言ってくれたんですよ。
――かなり理解のあるご主人ですね。一般的には、パートナーがそういう仕事をすることに抵抗を感じる人が大半です。
玉城:主人がよく言うのは、「大事なのは、自分たちの心を持っていかれるかどうか」なんです。体ではなく、お互いの気持ちがちゃんと家庭にあるかどうかなんです。仕事は仕事で、家には持ち帰らないという考えですね。
――スマートな考え方です。
玉城:私が性的サービス店で働いていたことを打ち明けたときも、「かっこいいじゃん」と言ってくれたんです。それに、「自分の身を張ってまでお金を稼げる人なんて、そうそういない。守るものがあるから頑張っているんでしょ」と言ってくれたんですよ。
――すごく理解がありますね。
玉城:主人は本当に賢い人なんです。それに、男性と女性では、性に対する向き合い方が違うと思うんです。
性的サービス店とセクシー女優との違い
――といいますと?
玉城:女性は「心から抱かれたい」「愛されたい」という気持ちが強い人が多いと思うんですけど、男性はその瞬間の快楽を求める人が多い印象なんです。以前、お客様が「性的サービス店はコンビニ感覚なんだよ」と言われたことがあって、「その考えは、お互い楽だな」って思ったんです。実際に、性的サービス店で恋愛感情を求めている男性客はほとんどいないんですよね。
――確かに、恋愛とは切り分けて利用する人が多いです。
玉城:それって、セクシー女優もある意味では似ている部分があると思ったんです。それで主人は一緒に事務所を調べ、見つけて、その日のうちに連絡しました。沖縄に住んでいたんですけど、私が思い立ったらすぐ行動するタイプなので、主人もそれをわかっていて、一緒に徹夜で調べてくれました(笑)。
――店で働くのとは違い、成人向け動画は不特定多数の人間に性行為を見られますが、それについてご主人は何か言いましたか?
玉城:最初の頃は私の作品を「これは表情を作っているね」とか、「これはドキュメンタリー寄りだね」とか一緒に見ていました。興奮するためというより、「どういう作品なのか」という視点で見ていますね。
――玉城さん自身は撮影を経験してどうでしたか?
玉城:成人向け動画には台本がある作品もあれば、素に近い作品もありますよね。その違いを出せることが面白いです。セクシー女優を通して、一人の人間として自分の物語が始まった感覚があり、この業界にはまだまだ可能性があると思いました。自分自身を探求できますし、性とも向き合える。そう思ったから、私はセクシー女優という仕事を選んだんです。それに「やっとここまで来られた」という気持ちが強いです。
子どもが同じ道を選んだら?
――ここからは、お子さんについてお聞きします。もし将来、お子さんが玉城さんの仕事を知る年齢になったら、ご自身から話しますか?
玉城:自分から積極的に話すというより、子どもたちが「お母さん、セクシー女優をしているの?」と聞いてきたら、きちんと話します。
――もし、お子さんがセクシー女優になりたいと言ったらどうしますか?
玉城:私は性の仕事に対して偏見はないので、本人に目的や覚悟があるなら、応援したいと思っています。主人とも「子どもの人生は子どものもの。親が決めるものではない」と話しています。
――考え方が一貫していますね。
玉城:そうしないと、本当の意味で自立はできないと思うんです。
――「女性は貞淑であるべき」という価値観についてはどう考えますか?
玉城:私は、そんな必要はないと思っています。自分が思った通りの人生を歩めばいいと思うんです。「子どもができたから」「結婚したから」という理由だけで、自分の人生を諦める必要はないし、それは言い訳だと思うんです。
――一方で、女性の場合は妊娠というリスクがありますよね。男性は性体験を武勇伝のように語ることもありますが、女性は厳しく見られがちです。その背景には、妊娠への不安もあると思うんです。そこはどう考えていますか?
玉城:子どもたちも、ある程度の年齢になれば性に興味を持つようになると思うので、そのタイミングになったら、きちんと性教育はしていきたいと思っています。
――玉城さんも親から性教育を受けましたか?
玉城:父から、小さい頃に「避妊はしっかりしなさい」と何度も言われていました。
――日本では性に対してマイナスのイメージを持つ人も少なくないですが、なぜそういう考え方が根強いと思いますか?
玉城:昔から言われ続けてきた価値観が大きいと思います。令和になって若い世代は変わってきた印象がありますし、性に触れることは減っている若者が多いんですけど、セクシー業界に対する偏見は少しずつ減ってきていますよね。でも、30代以上、昭和の価値観を持つ世代では、まだそういう考え方が残っているんじゃないかと思います。
――最後に、玉城さんにとって「性」とはどのようなものですか?
玉城:パートナー、親子でも、性に関してもっと素直に話していいと思うんです。言葉での会話だけじゃなくて、体を通じたコミュニケーションも欠かせないものだと思っているので、私たち夫婦は結婚して何年たっても、お互いを求め合っているんです。私にとって性は探求と追求し続けるものなので終わりがないんです。だからこそ、とても面白いものだと思っています。
※※※※※
シングルマザーとして子どもを守るために働き、理解ある夫とともに新たな人生を歩み始めた玉城夏帆さん。そこには「性産業だから特別」という考えではなく、「家族を守るために働く」という揺るぎない信念があった。
そして今は、セクシー女優という仕事を通じて、自分自身や「性」と向き合い続けている、その真っすぐな姿勢は、多様な価値観が求められる時代だからこそ、多くの人の胸に響くのではないだろうか。
【
玉城夏帆
】
X:@tamashirokaho
<取材・文・撮影/神楽坂文人(X:@kagurazakabunji)>
【神楽坂文人】
世界一セクシー女優を取材しているカメラマン、ライター、インタビュアー。元成人誌編集者のため、最後の砦として活躍中。年間イベント取材数300本超え! 年間インタビュー数200本超え! バイクで都内を駆け巡り1日で複数の仕事を受けている。X(旧Twitter):@kagurazakabunji
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