親しい友人であるA子ちゃんが病気で亡くなったというと連絡を受けたとき、私はすぐには現実を受け止めることができませんでした。突然の別れがあまりにもつらく、気持ちが追いつかないまま、ぼんやりと葬儀に参列する準備を進めていたのです。
悲しみの中で迎えた葬儀の日
葬儀当日も、私はどこか現実感のないままでした。
喪服に着替え、香典袋をバッグへ入れ、必要なものを確認したつもりでしたが、頭の中はA子ちゃんとの思い出でいっぱい。何をしていても上の空だったと思います。
式場には学生時代から親しくしていた友人たちも集まっており、皆それぞれ悲しみに暮れながら、故人との別れを惜しんでいました。
私も気丈に振る舞おうとしていましたが、心の中では「まだ信じたくない」という気持ちが消えませんでした。
帰宅後に気付いたまさかの失敗
葬儀への参列を終え、疲れ切った状態で帰宅した私は、そのまま椅子に座り込みました。
ふとテーブルの上を見ると、白い封筒のようなものが置かれていました。ぼんやりした頭でそれを見つめながら、「手紙……? もしかして、A子ちゃんから……?」と、一瞬考えてしまったのです。
もちろん、そんなはずはありません。それでも、まだどこかで友人の死を受け入れ切れていなかった私は、無意識のうちにそんなことを思ってしまったのでした。
けれど次の瞬間、私は思わず息をのみました。
それは、香典袋の中に入れるはずだった「お金の入った中袋」だったのです。つまり私は、中袋を入れ忘れたまま、外側の香典袋だけを葬儀で渡してしまっていたのでした。
恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいに
気付いた瞬間、頭の中が真っ白になりました。
悲しみで冷静ではなかったとはいえ、よりによって香典のお金を入れ忘れるなんて、自分でも信じられませんでした。
後日、私はA子ちゃんの夫へ連絡をし、事情を説明した上で改めて香典をお渡ししました。
きちんと謝罪しましたが、「わざとではないんです」と伝えることすら恥ずかしく、申し訳ない気持ちでいっぱいだったのを覚えています。
まとめ
この出来事を通して、深い悲しみの中では普段ならしないような失敗をしてしまうこともあるのだと実感しました。
当時はショックが大きく、自分ではしっかり準備しているつもりでも、気持ちが追いついていなかったのだと思います。
今でも思い出すと恥ずかしさはありますが、それ以上に、故人との別れがどれほど大きな出来事だったのかを思い知った体験として心に残っています。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
著者:須山眞美/50代女性・主婦
イラスト:ほや助
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年5月)
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