ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――。そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。今回の舞台は、平日朝のアメ横。「朝食をテーマにしたことがない」という担当編集のひと言から始まった、朝から中華を食べる一日。訪れた店で著者を待っていたのは、なぜか全員が不機嫌な店員たちだった。願いは今日も「すこしドラマになってくれ」
アメ横で不機嫌に中華を【上野駅・天天楽・福楽(中華屋)】vol.45
「いろんな店を回りましたけど、実は朝食をテーマにしたことが一度もないんですよね」
ある日、担当編集がぽつりと漏らした。分厚い雲に覆われている午後のことだった。
言われてみれば確かに、と私は頷く。連載のためにわざわざ朝から都内へ向かうなんて面倒だな、とは思うが、飲食店をこれだけ回っていながら一度も朝食が登場しないのも不自然である。
「カツセさんは普段、朝食は食べます? パン派ですか? ご飯派ですか?」「あ、食べますよ。パンが多いです」「おお、丁度いいですね」
担当編集の表情がパッと明るくなった。
「では、朝から中華を食べに行きましょう」
この人とのコミュニケーションはいよいよ絶望的である。なんでパンかご飯か聞いたのに中華なのだろうか。
後日、私は平日朝の通勤ラッシュに揉まれ、台東区にある上野駅にいた。
上野駅と御徒町駅を繋ぐ「アメ横」は、日本でも有数の商店街である。いつも情熱的とも言える激しい活気に満ちていて、食べ歩きを楽しむ人や路上にはみ出した飲食店のテーブル席でくつろぐ人の姿で溢れている。近隣で飲食業を営むアジア圏の人たちが食材を買い求める場所としても機能していて、少し歩くだけでいろんな国の人が目に入る。
そんなエネルギー溢れる「アメ横」も、平日の朝となると景色が変わってくる。
到着したのは、朝9時。オフィスなどが極端に少ないこの商店街は、遊び疲れて眠ったように静かになる。歩く人の数もまばらだ。
「ああ、あの店なんかどうです?」
自分から朝食を提案したくせに朝の仕事にすこぶる機嫌が悪そうな担当編集が前方を指さした。
閉まっている店も多い中で、路上にテーブルと椅子を並べ、店員さんが忙しそうに仕込みをしている店がある。
「天天楽」というその店はガチ中華の人気店として多くのファンを集めているらしい。店内(というより、もう路上だが)で食べるだけじゃなく、テイクアウトも受け付けているようだ。
2人で入れるか尋ねた。仕込みに忙しそうな店員さんが不機嫌そうに向かいの店を指さした。なんで全員不機嫌なんだよ、と思いながらそちらを向く。
どうやら向かいにある「福楽」という店も、「天天楽」の系列店で、どちらも同じ料理を出せるらしい。
席に着くと、別の店員さんが不機嫌そうにメニューを持ってきた。
全員不機嫌じゃなきゃいけない日なのだろうか。
メニューを開く。そもそも「中国の朝食」とはどんなものだろうかとスマホを覗く。朝からこってりと胃もたれを誘うイメージがあるが、実際は揚げパンと豆乳の組み合わせが定番だと書かれている。
なんだ、パン派じゃん。
私は一気に中国に親しみを覚えた。揚げパンとホットの豆乳、豆花という豆腐料理のようなものを注文し、これらを食べた。美味しい。揚げパンを豆乳に浸すと、穏やかな多幸感がじんわりと訪れる。
朝から優しい朝食に出合う。それだけで機嫌良くなるように、人の体はできている。
ところで、5月の大型連休中に警視庁による一斉摘発があって、「アメ横」の路上にはみ出ていたテーブル席のいくつかが強制的に撤去されたというニュースが流れた。私が訪れたのは4月末だった。
緊急車両が通れないから。歩く人の邪魔だから。
正論を前にすると、情緒は大して役に立たない。私の座った椅子は、まだあの店にあるのだろうかと、少し感傷に浸り、不機嫌になった。
<文/カツセマサヒコ挿絵/小指>
※週刊SPA!2026年6月2日・9日合併号より
【カツセマサヒコ】
1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」
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