子どもがまだ小さかったころ、私はパートをしながら育児をしていました。ところが、子どもはよく熱を出してしまい、そのたびに仕事を休まなければならなかったのです。職場の人たちは理解を示してくれていましたが、何度も休むことへの申し訳なさは常に感じていました。そんな中、忘れられない出来事が起きたのです。
人手不足の日に保育園からの連絡
ある日、パート先のスタッフが体調不良で急に休み、人手が足りなくなってしまいました。店内は慌ただしく、私も必死に動き回っていました。すると、そのタイミングで保育園から電話がかかってきたのです。
内容は、「お子さんが発熱したので、お迎えをお願いします」というものでした。いつもなら私がすぐ迎えに行っていましたが、その日はどうしても抜けづらい状況でした。
悩んだ末に私は夫へ連絡し、半休を取って迎えに行ってもらうことにしたのです。
帰宅後、夫の言葉に思わずカチン
その日の仕事を終えて帰宅した私は、思わず驚きました。
子どもは病院へ連れて行かれておらず、夫は家で子どもの様子を見ていたのです。
「病院には行かなかったの?」と聞くと、夫から返ってきたのは「行ってないよ」の言葉。続けて夫は
「パートなんだからお前が連れていけばいいだろ」
と冷たく言い放ったのです。
その瞬間、私はカチンときてしまいました。
こちらは職場に頭を下げながら働いているのに、「パートだから」という言い方をされたことで、自分の頑張りを軽く見られたように感じたのです。
「当たり前」は人によって違う
ただ、少し時間がたって冷静になると、「私の考えだけが正しいわけではないのかもしれない」とも思うようになりました。
夫に話を聞くと、病院へ行ったほうがいいとは思ったものの、子どもの受診に付き添った経験がなく、どうしたらいいかわからなかったようなのです。
まず様子を確認し、必要なら受診先を調べたり、病院へ連れて行ったりするものだと思っていました。しかし、その「当然」は夫にとって当たり前ではなかったのかもしれません。
もちろん、モヤモヤした気持ちが完全になくなったわけではありません。それでも、自分の中でわかっていることでも、相手には言葉にしなければ伝わらないことがあるのだと感じました。
まとめ
この出来事を通して、「言わなくてもわかるはず」という考えだけでは、すれ違いが生まれてしまうのだと実感しました。
特に育児や家事のように、日常の中で自然にやっていることほど、自分の中で「当たり前」になってしまいがちなのかもしれません。
それ以来、「してほしいこと」や「困っていること」は、できるだけ具体的に言葉にして伝えるよう意識するようになりました。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
著者:工藤あずみ/30代女性・会社員
イラスト:マメ美
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年5月)
【関連記事】
「墓石は産業廃棄物!?」お墓の整理で直面した意外な現実とは<墓じまいできるかな?>
「聞こえません!」本部社員が到着。店長の不正を暴く最終決戦の幕開け<パワハラ店長>
実父「まともな夫婦じゃない」平穏を守るための自己犠牲が招いた家族の亀裂<週2日夫婦の行方>