俳優・池松壮亮にとって、通算20本目の主演映画となる「開戦前夜」が7月31日から封切られる。何度もタッグを組んできた盟友・石井裕也監督がメガホンをとった今作への思いを届けるため、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」の撮影で多忙を極める池松が穏やかな面持ちを浮かべながら口を開いた。(取材・文/映画.com編集長 大塚史貴、写真/間庭裕基)
猪瀬直樹によるノンフィクション書籍「昭和16年夏の敗戦」を原案に、かつて日本に実在した機関「総力戦研究所」と日米開戦への流れを描いた人間ドラマ。2025年8月に放送されたNHKスペシャル「シミュレーション昭和16年夏の敗戦」のドラマパートに、約40分の追加シーンを加えた完全版として公開する。
【ストーリー】
1941(昭和16)年4月、真珠湾攻撃の8カ月前。官僚・軍・民間から選りすぐられた若きエリートたちが、内閣総理大臣の直轄機関「総力戦研究所」に招集された。彼らに与えられた任務は、“模擬内閣”を結成して日米が開戦した場合の戦局をシミュレーションし、その結果を内閣に報告すること。宇治田をはじめとするメンバーたちは、国家機密レベルのデータを駆使した激烈な議論の末、「日本必敗」という衝撃的な結論にたどり着く。しかしエリートたちが導き出した敗北の予測は、時代が放つ得体の知れない空気にのみこまれていく。
詳報するつもりはないが、今作はNHKスペシャルという形で制作されるまでに多くの困難に直面してきた。紆余曲折を経て迎える劇場公開に、スタッフ及びキャストの思いもひとしおであろう。
池松「戦後80年となる昨年に撮影しまして、NHKの戦後80年スペシャルドラマとして前後編で放送できました。たくさんの反響をいただき本当に良かったですし、意義深いドラマに参加できて本当に良かった。ドラマと映画では尺が40分も違うので、出来上がりの体感も全然変わりました。いよいよ公開できる運びとなってホッとしています」
企画が動き出してから停滞を余儀なくされた時期、雌伏の時をいかに過ごしてきたのかも知りたくなる。石井監督とはどのようなコミュニケーションを続けてきたのか、また気持ちが折れることはなかったのだろうか。
池松「この企画はもう形にならないかもしれないと思うことは何度もありましたし、何年間か動かない時期もありました。ただ何年経っても、最初にこの脚本を読んだときの感触が忘れられなくて……。あまりにも素晴らしかったんです。
彼らがここまで答えを出していたのに開戦に踏み切ってしまった。これまで知らなかった開戦前夜の敗北の歴史を知り、脈が上がり、息が詰まって涙が止まりませんでした。この作品をなんとか形にしたいという気持ちがずっとありました。僕が最初に脚本を受け取ったのは、ロシアのウクライナ侵攻が始まった頃で、その後も世界中で争いが起こっています。と同時に日本にとっても戦後80年がやってきて、実際にあの戦争を体験した方々がいなくなっていく時代に自分は生きていて。俳優として物語を受け取ったからには何とか届けたい。そういう使命感を石井さんと、共に作った皆と共有し、平和を祈りながら、願いを込めて形にすることができたのかなと思います」
現在撮影中のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」で羽柴筑前守秀吉(後の豊臣秀吉)に扮している池松。主人公の羽柴小一郎長秀(後の豊臣長秀)に息吹を注いでいるのは、仲野大賀だ。今作では、民間から総力戦研究所に参加する宇治田洋一(池松)と樺島茂雄(仲野)として対峙している。
池松は、仲野を「何かを志すとき、頼もしく、心強く隣にいてくれる人」と評す。その後も、仲野について話し出すと一気に饒舌になった。
「俳優として優れているということは誰もが知っていることですが、僕にとっては最高のチームメイト。『豊臣兄弟!』の撮影が昨年6月から始まったのですが、『開戦前夜』の撮影を3月に終えていることになります。だからもう、ずっと一緒にいます(笑)。セット売りみたいになってきましたよね。どうしましょう、本当に(笑)。ただ、心強いんです。多くのことを相談、共有することができます。単に2人のお芝居だけでなく、そのシーンをより良いものとするために、どうすべきかを共有できる人です。これからもセット売りしていこうと思います(笑)」
仲野だけでない。岩田剛典、中村蒼、三浦貴大をはじめとする研究所メンバーは、大きく括ると同世代の俳優陣が約20人も集ったことになる。キャリアの構築から現在地に至るまで千差万別の俳優部の面々と対峙することで得たものについて、思いを馳せてもらった。
池松「最高のメンバーでした。みんな性格が良くて、素敵で。ちやほやされるために俳優をやっている人たちではありません。使命を持って集まった同世代の仲間と、あれだけの濃い時間を過ごし、実際にいらっしゃった研究生の皆さんほどの長い時間を過ごせたわけではありませんが、緊張感と使命感と平和への願いを皆と疑似体験することができたのではないかと思っています」
総力戦研究所の“生みの親”のひとりである瀬古明役の佐藤隆太は、池松にとって日本大学芸術学部の先輩にあたる。
池松「初めまして、だったんです。素晴らしい方でした。我々研究生を見守り、引っ張ってくださいました。京都で撮影をしていたので、研究生役の役者たちは毎日行きも帰りもバスに乗り、食事にもよく一緒に行っていたんですね。佐藤さんはそのバスにも一緒に乗り込んでくれて、研究生のひとりとして参加してくれたように感じられ、とても温かい人でした」
また、本編では二階堂ふみが宇治田の妹としてスクリーンを彩っている。激情にかられることなく、静かに、そして芯の通った言葉として「兄さんは信念を貫いてください」というセリフが胸を打つ。だからこそ、池松に聞いてみた。俳優として生きていくうえでの信念は?と。
池松「難しいですね。ニュースを見れば、日々最悪なことが起き続けていますよね。どんどん世界が悪くなっているような気がします。自分が俳優としてできることは何なのか、映画ができることは何なのかを問い続けています。
この映画は戦争が起こった話ですが、その空気をかえられるのは映画かもしれないし、芸術かもしれない。だとすれば、俳優としてやれることはまだまだあるはず。この世界に俳優としてどう貢献していけるのか。そういうことが一番の信念になっているのかな。ご縁あって出会う物語、共演者、スタッフ、そして観客の皆さんと同時代を共有しながら映画言語、映像言語で物語っていくことが、自分にとって大きな信念になっているのだと思います」
池松が野球経験者(かなり本格的な)であることを知る人は少なくない。日米で歴史的偉業を成し遂げたイチロー氏が、かつて「初心を忘れないことは大事だけど、初心でプレイしてはいけない」と発言していたことを思い出した。常にアップデートを繰り返し、プロとして恥ずかしくないプレイを観客に届けることを“当たり前”のこととして実践していた姿勢は、他の追随を許さない。
池松もキャリアを着実に積み重ね、日本以外の国での映画製作を恐れることなく受け入れてきた。これまでの経験による裏打ち、前後の予測など、現場を経験することでしか得られない感覚的なものも多々あるなかで、いま最も手繰り寄せたいものが何かを聞いてみた。
池松「モノづくりや芸術において、手繰り寄せたいものって多分キリがないと思うんです。お金や時間がないなど問題は山積みですが、一方では道のりにこそ全てがあって、今の条件のなかで何を本気で望めるのか……。それが非常に大事になってくると思います。とにかく物語をより良くするために俳優の仕事があると思っています。一歩一歩ですが、より良いモノづくりのために必要なすべてを手繰り寄せていきたいなと考えています」
現在36歳、これまでの出演本数64本という数字からも、これからの日本映画界を長きにわたり牽引していってもらわねばならない存在といえる。2022年に「ちょっと思い出しただけ」で共演した伊藤沙莉とともに話を聞いた際、「まだまだ映画という夢に恋をしている」と発言している。最後に聞いてみた。「まだ恋は続いているか?」と。
池松「続いています。そういうものに出会えたことが、自分にとってどれだけ幸運か……。だからといって、次から次にやりたいという意味では決してないのですが、映画に対して飽きるということがないんです。大学を卒業してから初めて、大河ドラマの撮影で1年間ものあいだ映画から離れています。これまでこんなに離れたことがないので、映画に飢えています」
【作品情報】
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