【連載】元ホンダ・浅木泰昭
「F1解説・アサキの視点」第14回(後編)
◆第14回・前編>>アップデートでホンダの強みが本領発揮される?
開幕戦から低迷を続けてきたアストンマーティン・ホンダだが、シーズン中盤戦に入り、反転攻勢に出ようとしている。
アストンマーティンは第11戦のハンガリーGP(決勝7月26日)に大がかりなアップデートを施したマシンを投入。ホンダも夏休み明けの第12戦オランダGP(決勝8月23日)には改良型のパワーユニット(PU)を持ち込む予定だ。
元ホンダ技術者でF1解説者の浅木泰昭氏は、「バジェットキャップ(予算制限)のレギュレーションのもとでは『選択』と『集中』をセンスよく実行できるかが勝負のカギになる」と話す。そのために大事なことは何か?そしてホンダの後輩たちへの期待は?
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握手を交わすHRCの渡辺康治社長とアストンマーティンのローレンス・ストロール代表photo by HRC
私が2017年シーズンの半ばにF1プロジェクトに合流した時は、MGU-H(熱エネルギー回生システム)にトラブルが続出し、マクラーレン・ホンダは完走さえままならない状況でした。そこで私はまず、信頼性に手をつけました。
それと並行してパワーを上げていくことも目指すのですが、何をやっていいのかがはっきりと見えないなかで「選択」と「集中」を行ない、開発の方向性を決めなければなりません。そこが難しいところですし、「この開発はやらなくていい」と言われたところを担当している人間は面白くありませんので、当然ながら反発してきます。
私は、メンテナンス性を向上させるための改良を、後回しにすることを決断しました。結果、PUの組み立て担当のスタッフも含めて相当な反発がありました。
当時、組み立て担当のスタッフはメンテナンスのために毎回、徹夜で作業をしなければならない状況でした。彼らも苦しかったと思いますが、「今は我慢してくれ。まずは馬力とラップタイムを向上させる開発に集中する」とはっきりと言いました。
【そんなリーダーには誰もついてこない】彼らのなかには「なんだコイツは」と内心、思っていた人間もいたはずです。ですが、私の決断が当たり、PUの性能が向上して戦えるようになると、だんだん私を見る目も変わってきました。反発や文句を言っていた人たちも、「あの時に何もやらなくていいと言ったのは、そういう理由だったんですね」と理解してくれ、徐々に協力してくれるようになってきました。
そうやって、「技術者対技術者」の真剣勝負をやりながら、リーダーは自分の決断の正しさを証明していかなければなりません。「選択と集中」というのは、言葉にするのは簡単ですが、それを実行するリーダーは本当に苦しいんです。
それは身をもってわかっていますが、選択と集中をせずにジリ貧になっていけば、「このままやっていて勝てるようになるのかな......」と、みんなが疑心暗鬼になり、部下たちの心はどんどん離れていく。
ホンダの場合は、昨シーズンまでチャンピオン争いをしていたわけですから、勝てなくなってまだ半年です。それぐらいの期間で開発チームがバラバラになるということはありませんが、来年になってもトップグループに近づくどころか、さらに引き離されていくという事態になれば、そんなリーダーには誰もついてこない。
そうなると、もう惰性で仕事をするようになります。「まあ、いいや。どうせ勝てないんだから、言われたことだけやるか」という雰囲気になりかねない。だからこそ今、リーダーは失敗をどう反省して、どう立て直すかという戦略を立てなければならないんです。ぐずぐずしていたら、手遅れになってしまいます。
ホンダは2022年から、F1を含めたモータースポーツ活動全般をHRC(ホンダ・レーシング)が担うことになりました。HRCはレース専門会社ですので、ホンダ本社の動向に左右されず、F1に継続的に関わることができるようになりました。
【限界説を突破するようなリーダー】ところが、アストンマーティンと組んでスタートした第5期の戦いぶりを見ると、レッドブル・ホンダ時代のノウハウや技術的な蓄積が継承され、継続的な開発ができているようには見えない。
「ヨーロッパから遠く離れ、日本人のサラリーマンだけでF1活動を続けるのは限界なのかもしれない......」という意見が出てくるのも当然だと思います。そういう課題を、HRCと本田技術研究所、ホンダの本社も含めて突きつけられています。
でも、そういう限界説を突破するようなリーダーが出てきてほしい。ホンダがF1に参戦する意義は、会社の危機を乗り越える人材を育てたり、掘り起こしたりすることにあると、私は思っています。
ホンダのモータースポーツ活動に関わる研究開発が行なわれているHRC Sakura(栃木県さくら市)では、数百人の社員がF1のPU開発に携わっています。世界中の自動車メーカーが究極の開発競争を繰り広げるF1で世界一になったという自信をつかんだ人間のなかから、才能やセンスのある人間が浮かび上がって危機を救う、というのが私の仮説です。
そういう人材が、HRC Sakuraからひとりだけでもいいので出てきてほしい。
会社が危機に直面してダメになってくると、尖ったセンスや実力はあるけど、ひとクセもふたクセもある「変わり者」として扱われていた人間に頼らざるを得なくなってきます。そういう変わった人間に仕事を任せた結果、世の中を変えるような画期的な商品を開発したり、日本一や世界一になるという快挙を成し遂げたりする。そうやって、ホンダは成長してきました。
私も、そういう変わり者のひとりでした。私に仕事が回ってくるのは、だいたい会社がうまくいっていない時でした。マクラーレンと組んでスタートした第4期のF1活動もそうでしたが、軽自動車の初代N-BOXや初代オデッセイを開発した時もしかりです。会社が困っている時にお鉢が回ってきて、結果を出すことだけで何とか生き延びてきました。
【ホンダがF1に参戦する意義】今もホンダのなかには、強いこだわりがあって、扱いづらいけれども能力が高い人材が埋もれているはずです。危機的な状況にある今こそが、そういう人材があぶり出されてくるタイミングだと思います。
そういう人間がポッと出てきて、リーダーとなって結果を残すことで、初めてホンダがF1に参戦する意義があると私は思っています。仮にそういう人間が出てこなくても、今のリーダーたちが苦しい状況を自分たちで立て直していく可能性もあります。それはそれで価値があります。
このまま勝てずに終われば、何のためにF1に参戦しているのかわかりません。今シーズンのF1で、ホンダのPUはダメだということが表立って証明されました。でも、その理由を自分たちで分析し、立て直し、再び勝つことができれば、技術者として大きく成長できます。
シーズン後半戦は、自信を持って戦う後輩たちの姿が見たいです。彼らなら、きっとやってくれると思っています。
(第15回へつづく)
【profile】
浅木泰昭(あさき・やすあき)
1958年、広島県生まれ。1981年に本田技術研究所に入社し、第2期ホンダF1、初代オデッセイ、アコード、N-BOXなどの開発に携わる。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得。2023年春、ホンダを定年退職。現在はF1コメンテーターとして活躍。初の著書『危機を乗り越える力 ホンダF1を世界一に導いた技術者のどん底からの挑戦』(集英社インターナショナル)が好評発売中。
川原田 剛●取材・文text by Tsuyoshi Kawarada
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