「昔っぽく作られた店」に何度も騙されてきた私が、新橋の地下で出会った“令和のシェルター”のような本物の喫茶店/カツセマサヒコ

挿絵/小指

「昔っぽく作られた店」に何度も騙されてきた私が、新橋の地下で出会った“令和のシェルター”のような本物の喫茶店/カツセマサヒコ

7月21日(火) 15:46

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ただ東京で生まれたというだけで何かを期待されるか、どこかを軽蔑されてきた気がする――。そんな小説家カツセマサヒコが“アウェイな東京”に馴染むべくさまざまな店を訪ねては狼狽える冒険エッセイ。今回の舞台は、ニュー新橋ビルの地下にある「喫茶フジ」。“昔っぽく”作られた最新の店が増えるなか、著者が迷い込んだのは、正真正銘くたびれた本物の喫茶店だった。願いは今日も「すこしドラマになってくれ」

疲れていてもいいよ【新橋駅・喫茶フジ】vol.41

渋谷の商業施設を通り過ぎたとき、「それっぽい店が増えたよなあ」と友人が言った。

街が壊され、新しくなる。既存の建物は新耐震基準を満たしていないとか、劣化や損傷が激しいとか、いろんな理由でビルが丸ごと生まれ変わる。せっかくぴかぴかの建物ができたのに、わざわざ古めかしい内装に化粧したり、昭和っぽい看板を掲げたりする。純喫茶を模した最新のカフェ、昭和創業の大衆酒場に似せた最新の飲み屋。なんだか「昔っぽく」見せようとしたものが、確かに増えた。

私は簡単に騙される。老舗と勘違いして店に入ると「祝☆オープン1周年」と書かれた祝い花が飾られてあり、軽く落ち込んだり、恥ずかしくなったりしたことがある。

そういう心配をしないで済む場所はないかと尋ねると、「ニュー新橋ビルはどうだろう」と友人は提案した。

「あそこは、最高に面白いよ」

楽しげで、自信に満ちた顔だった。

JR新橋駅から1分もかからない一等地に、「ニュー新橋ビル」はある。軽く調べると、地下1階から4階までに300のテナントがひしめいており、5階から先はオフィスと住居エリアになっている。

元々この街は、戦後の混乱に乗じて誕生した巨大な闇市だったという。そこに「ニュー新橋ビル」を建てて、闇市の人々を入居させた結果、一店舗あたりの面積が極小になった上に、実に多様な店が集まったのが始まりらしい。

じっくりと中を見たことはなかったので、行ってみることにした。

4階までの各フロアを散策する。地階と1階は窮屈ながら賑やかな飲食店街といった印象で楽しげだが、エスカレーターで2階に上がった途端、空気が変わった。大量のマッサージ店が並んでいて、どの店もアジア系の女性店員が店の前に立ち、客引きをしている。まともなマッサージ店ではない店も多そうだった。

東京でも有数の利用者数を誇る新橋駅の前に、こんなにも夜の気配を感じさせるエリアがあることに驚く。逃げるように3階に上がると、今度は小さな病院がいくつも入居しているほか、弁護士事務所や税理士事務所もあって、2階とのギャップが大きい。

そして4階には麻雀や囲碁の店が目立っていて、いよいよ、よくわからなくなる。

わずか5フロアをぼんやりと歩いただけなのに、妙に疲れていた。窓もほとんどない空間に大量のテナントがびっしりと並び、磁場のようなものを生んでいる気がした。エネルギーが吸い取られたような感覚があって、とにかく、どこかで休みたかった。

そこで、昭和46年開業の「喫茶フジ」を見つけた。同ビルの地下1階にあるその店は、喧騒から逃れるために造られたシェルターのように静かで、少し、くたびれていた。

その空気が、心地よかった。

渋谷で感じた「それっぽさ」が一切ない、正真正銘の、古くから営まれる喫茶店だった。

店内には銭湯の壁のように大きな富士山の写真が飾られていて、古い1人掛けのソファに座る客はスーツを着た人が大半だった。各々作業をしたり、談笑したり、仮眠を取ったりしていた。店舗内にガラスで囲まれた喫煙スペースがあり、うまそうに煙を吐く男女の姿もあった。

みんな、疲れているように見えた。

疲れていても許される場所があることは、このビルにとって、この街にとって、大事なことのように思えた。

パンケーキとアイスコーヒーが運ばれてくる。じっくり味わい、食べ終わっても、少しの間じっとしていた。

昭和の面影を強く残す店は、令和のシェルターになって労働者を守ってくれていた。

<文/カツセマサヒコ挿絵/小指>

※週刊SPA!2026年4月28日号より

【カツセマサヒコ】
1986年、東京都生まれ。小説家。『明け方の若者たち』(幻冬舎)でデビュー。そのほか著書に『夜行秘密』(双葉社)、『ブルーマリッジ』(新潮社)、『わたしたちは、海』(光文社)などがある。好きなチェーン店は「味の民芸」「てんや」「珈琲館」

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