北中米ワールドカップのラウンド16、ベルギー対アメリカの取材から数日後、筆者はニューヨークの豪華な高級ホテル、ウォルドルフ・アストリア──FIFAの上級職員の定宿──のロビーでFIFAのジャンニ・インファンティーノ会長に、こう質問した。
「あの(フォラリン・)バログンの件を受けて、あなたは辞任するつもりですか?」
ワールドカップの表彰式にジャンニ・インファンティーノ会長(左)と登壇したアメリカのドナルド・トランプ大統領(右)photo by JMPA
すると、現在56歳のスイス人は返答をせずに微笑み、両手の親指を立てて無言で去っていった。報道陣が追いかけていこうとするとセキュリティーが遮り、「今はその話をするタイミングではありません」といつものセリフを告げた。
おそらく読者の方もご存知だろう。問題は、ボスニア・ヘルツェゴビナとのラウンド32でレッドカードを受けて、本来なら2試合出場停止となるはずのアメリカのFWバグロンが次戦のラウンド16、ベルギーとの試合にも出場できるようになったことだ。アメリカのドナルド・トランプ大統領がFIFAのインファンティーノ会長に3度直接電話をかけ、バクロンの処分を見直すように強く要求し、FIFAがそれに応じたからだった。大統領本人が、それを認めている。
世界のフットボールを統括する団体は、自らが主催するもっとも重要な大会で、白昼堂々とスポーツとしての公正さを汚した。こんなことがあっていいのだろうか──。
メキシコとのラウンド16でイングランド代表DFジャレル・クアンサーがレッドカードを受け、その後の2試合に出場停止となったこともあり、英国のメディアの多くは極めて否定的な論調を掲載。元イングランド代表FWアラン・シアラーは、ポッドキャスト『The Rest Is Football』でこう語った。
「FIFAのあり得ない決断だ。クアンサーが2試合出場停止のままで、なぜバログンの処分だけ覆されるのか。本当にあきれてしまう。ひどい有様だ」
そこに同席したこちらも元イングランド代表FWガリー・リネカーも、「(インファンティーノ会長の)立場は継続できないものになったと思う」と同調した。
【フットボールは彼らのものではない】また過去にリバプールなどを率い、次期ドイツ代表監督のユルゲン・クロップは、次のように話している。
「フットボールは私たち人々のものであって、彼らのものではない。もしトランプとインファンティーノが彼らだけでこの決定をしたのなら、本当に狂っている」
現役の指揮官からも不満の声が上がり、ノルウェー代表のストーレ・ソルバッケン監督は「FIFAの大きな過ちだ」と切り捨てた。
今回の北中米ワールドカップは最初から最後まで、疑惑に事欠かなかった。アメリカにおけるトランプ政権の強硬な反移民政策はこの大会に関わる人々にも及び、アフリカ最高の主審のひとりソマリアのオマール・アルタンの入国が認められず、セネガルやウズベキスタンの代表チームは入国審査で執拗な取り調べを受けた。
イランに至ってはアメリカでの滞在が許可されず、試合の直前にメキシコから入り、その日のうちにまたメキシコに戻るという、大きな不利を被った。
大会そのものは、極めて商業的なものとなってしまった。法外な値段の観戦チケット、ハイドレーション・ブレイクという名のコマーシャル・ブレイク、スーパーボウルを真似たような決勝のハーフタイムショー......。およそ11分にわたって行なわれたショーは趣味を疑ってしまう類のもので、元イングランド代表FWウェイン・ルーニーは「(出演した)アーティストは好きだけど、ショーはひどいものだった」と英国の中継で率直に語った。
また、インファンティーノ会長は昨年末、ノーベル平和賞を狙っているトランプ大統領に、わざわざFIFA平和賞を新設し、その"栄えある初代受賞者"として授けてもいる。その後、トランプ政権はベネズエラのニコラス・マドゥーロ大統領の官邸を爆撃したあとに取り押さえたり、イランの小学校に爆弾を落として150人以上の子どもたちの命を奪ったりしている。
ただ、フットボールというスポーツの本質である公平性を損なったという点では、バログンのケースが極めつきだろう。こんなことが認められるようになってしまえば、スポーツのルールは形骸化してしまう。世界中で観戦している子供たちに、どう説明すればいいのか。
UEFAはこれを受け、以下の公式声明を発表した。
「昨日、フォラリン・バログン選手へのレッドカードに伴う1試合の出場停止処分が、1年間の猶予付きで停止するという決定は、一線を超えるものだった。フットボールは他のスポーツと同様にルールを必要としており、それが公正で誠実かつ透明性のある競技の基盤となっている。(中略)当連盟はこのような前例がなく理解不能で正当化できない決定に対し、強い不信感を表明する」
【とにかく大金と権力を持つ人が好き】FIFAは2015年に、アメリカのFBI主導による調査で多大なる不正が発覚し、当時の役員の多くが有罪判決を受けた。それを機に当時のゼップ・ブラッター会長が辞任に追い込まれ、次期会長と目されていたミシェル・プラティニもブラッターとの賄賂疑惑で失脚(どちらも上訴後に無罪に)。以降、改革が約束され、その後にインファンティーノ会長が就任したはずだった。
だが、FIFAはあの頃よりも良い組織になったのだろうか。カネと権力を何よりも好むインファンティーノに、このまま会長を任せていいのだろうか。
プラティニは今年1月、英紙『ガーディアン』のインタビューで、自身がUEFA会長を務めている時に事務総長だったインファンティーノについて、こう語っている。
「彼はナンバー2としては優れているが、良いナンバー1ではない。UEFAでは実によく働いていたが、彼にはひとつの問題がある。とにかく、大金と権力を持つ人が好きなんだ」
それは今大会で、この競技を愛する人々が、はっきりと認識した。2026年ワールドカップのレガシーは、極めてシンプルだ。FIFAには本当の改革が必要だということがはっきりしたのだから。インファンティーノには説明責任があり、それを果たしたあとには会長の座を退くべきだ。アジア連盟のように、現会長が任期制限を廃止するようなことになる前に。
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