バラエティ番組では「破顔一笑」という言葉がよく似合う。だが、ひとたび芝居の世界に入れば、その笑顔の奥から“狂気”が顔をのぞかせる。Netflixドラマ『サンクチュアリ -聖域-』で世界的な注目を集め、強面の悪役から、不器用な優しさを抱えた男まで演じ分ける唯一無二の存在感は、どこから生まれたのか──
ハマる役が来たら、絶対にブチ抜く
世界的大ヒットとなったNetflixドラマ(※1)『サンクチュアリ -聖域-』で、無名の男は一躍“時の人”となった。俳優・一ノ瀬ワタル。強面なのに、どこか優しい。危うそうなのに、人懐っこい。唯一無二の存在感で、いまドラマや映画に欠かせない俳優の一人だ。そんな男が、満を持して現在公開中の(※2)『四月の余白』で劇場映画初主演を飾った。誰もが羨むようなサクセスストーリー。しかし、その裏側には、プロ格闘家として死を意識しながら修行に取り組んだ過酷な日々があった。
──本作では不良少年と体当たりでぶつかる元半グレの更生施設長・西健吾を演じました。少年が非行に走る環境というのは、理解できますか?
一ノ瀬:
実はこう見えて、まったくグレたことがなくて。
──意外に、というか。
一ノ瀬:
いや~そうなんですよ。こうして悪役俳優でずっとやってきてるけど、自分は小学生のときから警察署の少年柔道部に通っていたし、キックボクサーになるために18歳で上京して(※3)内弟子生活に入っていて、そこも厳しかったので。
──一ノ瀬さんが演じる西からは、怖さだけでなく、憧れていたことを公言されている映画(※4)『学校』の西田敏行さんのような、優しさや哀愁も感じましたが、どう役作りをされましたか。
一ノ瀬:
うわ、うれしいです! 自分は役作りで曲の力を借りることが多くて。今回もプレイリストの最初が『学校』の「幸せっていうのは」って曲で、めちゃくちゃ意識してたんです。『学校』や『3年B組金八先生』のような作品も改めて観て。主軸に置いたのは、映画とはいえ「あの子たちを愛す。絶対に見捨てない。絶対に救ってあげる。あの子たちは俺が幸せにする」という気持ち。それが一番大事で、それさえしっかり持っていればと思いました。
──とはいえ「愛を持つ」ってなかなか大変なことですよね。
一ノ瀬:
俺、(※5)うさぎを8羽飼っていて、その子たちのためにいま生きているんです。本当に「命を懸けられる」くらいの気持ちがあるので、その気持ちに生徒たちを重ねてみたら、すごく自然に入り込むことができました。
選択肢があったら、よりキツいほうを選ぶ
──一ノ瀬さん自身はどんな思春期を過ごしてきましたか?
一ノ瀬:
18歳から25歳まで、ほぼ監禁生活でしたからね。みんなが青春を謳歌しているときに、世に出ていない。箱入り息子というか。寂しかったし、精神的にもしんどかったですね。まあ、『サンクチュアリ』の期間もかなりキツかったですけど。
──過酷な環境に身を置くことが多いですよね。
一ノ瀬:
5歳で父が亡くなり、母が仕事に出たので、ずっとばあちゃんといたんです。ばあちゃんは口癖のように「若いうちの苦労は買ってでもしろ」と言っていて、自分のなかにはその言葉がずっとあるんです。だから、AかBか選択肢があったら、よりキツいほうを選んでしまう。それはある意味、呪いなのかもしれないけど、そのおかげでいまがあるので感謝しています。
──過酷な環境でやりきっているのがすごいです。
一ノ瀬:
いやいや、そんなことないですよ。逃亡してます(笑)。「内弟子、無理!」となって、ジムの近くにはいたんですが、2か月くらい脱走してたかな。
──内弟子って特殊ですよね。
一ノ瀬:
そうなんですよ。テレビもないですし、娯楽がなくて、しゃべる人もいないので。
──映画で描かれたような“道を踏み外す人”とは違った形のアウトローな生き方ですよね。
一ノ瀬:
ただ、自分がいた道場の(※6)安里支部長のところには、実際に不良少年たちが預けられてたんです。空手の練習を通して、人の痛みを知り、礼儀を学び、面白いくらいにみんな更生していく。映画に登場する更生施設にもつながるなと思いました。
なんで俺、死なねえんだ!
──一ノ瀬さんは、その後、人を殴ることに抵抗が生まれて格闘技をやめたと聞きました。
一ノ瀬:
そうですね。当時の自分は「悪い男を倒してリングで輝く!」という意識がすごくあったんです。でも、いざ試合で対戦相手と対峙したらすごくいい人で、その人が負けて泣いているのを見てしまって。そのとき自分が勝った喜びよりも罪悪感が大きくて、やめるきっかけにはなりました。
──一ノ瀬さんは共感性が高いのかもしれないですね。
一ノ瀬:
あ~、なるほど! いや、そう言ってもらえるとありがたいです。
──過去に自分が大きく“変わった”瞬間はありますか?
一ノ瀬:
ありました。内弟子時代に支部長が「サンドバッグを蹴りながら死ね」って言ってたんですよ。「死ぬつもりで練習しろ」ってことなんですけど、本当にキツくて、もうこのまま死のうと思ってた。でも、やっぱり死なないんですよね。サンドバッグを打ちながら「死ね! 死ね!」「なんで俺、死なねえんだ!」って本気で繰り返すうちに、「俺って、いままで頑張ってなかったんだな」って思うようになってくるんですよ。
──あのときの限界は限界じゃなかったと。
一ノ瀬:
そうですね。それがいろんなことに通じてくるんです。漫画『ベルセルク』に「命を捨てろ!! それ以外生き残る道はない!!」って好きな台詞があって。「命を懸ける」っていうのは、すごく難しい言葉だから、簡単に言っちゃいけないけど、それにちょっと触れたことで、結構変われたというか。
──何事にも全力を注ぐことができるようになったというか。
一ノ瀬:
すごく疲れてるときも「お前、めちゃくちゃ機嫌悪いけど、この人に優しくできないの? できるよね」みたいな。
「明日、絶対に死ぬ」みたいな状況から生き延びられたとき、次の日から生き方変わりそうじゃないですか。明日の飯が食えないと思ってたのに、食えた。その明日の大事さを知ったというか。キックボクサー時代は、5年後に自分が生きているなんて思っていなかったですから。
──その経験があったから、いま芝居にも全力で取り組めているところがあるんですかね。
一ノ瀬:
それは、すごくあります。(※7)役者業に関しては、まだそんなに深いところまでは絶対に行けてないと思いますけど。
──なぜ、そこまで役者の仕事にハマったと思いますか?
一ノ瀬:
格闘技は勝者が全取りする対戦プレーじゃないですか。でも、作品はみんなでいいものを作ろうという協力プレーなんですよね。ずっと孤独だったから、そういう共同作業がすごく楽しかったんです。
──役者としてはいつから食べられるようになりましたか。
一ノ瀬:
それはもう『サンクチュアリ』です(笑)。厳密には配信がスタートしてから。だってオールアップした翌日の自分の仕事って、役名のない「男」でしたから。自分、スーパーエキストラだったんですよ。一日2時間の睡眠で、ものすごい数をこなして、月12万円の固定給をもらってました。
──え、その金額で生活できたんですか?
一ノ瀬:
当時は物価もまだそこまで高くないですし、ギリギリできたんです。それより前の、プール監視員のバイトをしながらキックボクシングをやっていたときのほうが貧乏で、栄養失調になったこともあります。でも内弟子時代のほうがキツかったですよ。栄養失調つっても腹が減ってるだけですから。
──成功して、本当によかったです(笑)。いま出演作はどう選んでいますか?
一ノ瀬:
この役はできないっていうのは、やっぱり受けないですかね。自分はどんな役でもこなせるカメレオン俳優ではないと思うので、自分にハマる役が来たときには一点突破で「絶対にブチ抜こう!」と思ってます。
──これからやってみたい作品ジャンルはありますか?
一ノ瀬:
うーん、一番やりたいのは、『サンクチュアリ』の猿桜(えんおう)なんですよね。自分のなかであいつはまだ完結してないんですよ。『呪術廻戦』の宿儺(すくな)のように自分のなかにいて、「出せ出せ」って言ってくるんです(笑)。
──体形や髪の長さをキープしてるのもそのためですか。
一ノ瀬:
体形は、デカい役を求められることが多いのもありますけど、髪はそうですね。Netflixの方に「本当に(続編が)ないとなったら、断髪式をしてください」とお願いしているので、そういう意味では「髪を切ってください」という出演オファーは断ってます。本当にあるかもわからないのに(笑)。
──となると、髪を切られたら、続編がないんだな、と。
一ノ瀬:
そうなりますね(笑)。ただそれは、自分で呪いをかけてるところもあるんです。本当に続編があったとして、それが終わってからが自分はヤバいと思うんですよ。心当たりがあるわけじゃないけど、気が緩んで何か不祥事が出たら……そのときは、あまり責めないでもらえたらありがたいですね(笑)。
【Wataru Ichinose】
1985年、佐賀県出身。俳優。26歳でプロ格闘家を引退し、役者業を本格化。’23年に『サンクチュアリ -聖域-』が話題となりブレイク。以降、強面キャラと優しい人柄で多くの作品に出演。出演作に『宮本から君へ』(’19)、『ヴィレッジ』(’23)など
(※1)『サンクチュアリ -聖域-』
’23年より配信中の大相撲を題材としたNetflixオリジナルドラマ。オーディションで主役の猿桜役に選ばれ、本格的な相撲の稽古や肉体改造も話題に
(※2)『四月の余白』
元半グレで元受刑者という過去を背負う西健吾(一ノ瀬)が全寮制更生施設を舞台に、“人は変われる”と信じて子供たちと体当たりで向き合う。全国公開中
(※3)内弟子生活
練習だけに打ち込める環境を求め真樹日佐夫系列「真樹ジムオキナワ」の内弟子に。メディア出演も多かった真樹について「やっぱ俺らには怖いです。でも、優しい方だと思います。俺は孫(弟子)なんで」と一ノ瀬
(※4)『学校』
1993年から’00年までに、夜間中学や高等養護学校を舞台に全4作が公開された映画作品。西田敏行は『学校』『学校Ⅱ』で主演の教師役を務めている
(※5)うさぎを8羽
ドラマ『獣になれない私たち』(日本テレビ系)をきっかけに飼育開始。獣医と相談して住まいを決め、高級空気清浄器・エアドッグプロ(約37万円)を購入するなど、うさぎ中心の生活に
(※6)安里(あさと)支部長
真樹ジムオキナワの顧問・会長の安里昌明氏。役者業の道を開いた一ノ瀬の恩師。’23年8月16日放送『小籔千豊&山里亮太の 俺の聖地巡礼』(ABCテレビ)では、13年ぶりに同ジムでミット打ちをし涙を流した
(※7)役者業
格闘家時代に、真樹ジム六本木本部に在籍していた三池崇史監督の映画『クローズZERO Ⅱ』にエキストラ参加。芝居の面白さに目覚め、役者業を本格化
取材・文/森野広明撮影/尾藤能暢ヘアメイク/星野加奈子スタイリング/皆川bon美絵
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