国民的アイドルグループと呼ばれたAKB48が誕生して20年。現役のメンバーたちは何を思い、どんな活動をしているのか?パーソナルヒストリーを掘り下げる連載なんで令和にAKB48? Season2」。第13回は2014年4月3日にチーム8の山口県代表メンバーとしてデビューし、最新シングル『好きish』の選抜メンバーでもある下尾みう(したお・みう)。前編では学生時代やオーディションの話などを聞かせてもらいましたが、後編はPRODUCE 48や東京ドームコンサートを実現するために必要なことなどを語ってもらいました。
【チーム8は47人いるから、強みを突き詰めなきゃって、ダンスに全集中】
――加入したチーム8って、AKB48とはちょっと違った活動をしてましたよね。地方のお祭りやイベントに積極的に参加したり、コンサートでもいろんな企画をやったり。
下尾
歌って踊るだけじゃなくて、コントをやったり、コンサート前に屋台をやって、ファンの方と交流したり。名古屋のときかな?幕が開くときにみんなでしゃちほこポーズをしようって。ダンスの練習をしなきゃいけないのに、しゃちほこポーズの練習をして、一番上手にできた人がセンターに立てるってやったり。コンサートで撮影タイムを始めたのもエイトだったりしますし。
――当時は撮影できるアイドルが少なかったですし、カメコがたくさん集まって。
下尾
写真を撮ってくれて、ゆいゆい(小栗有以)が見つかったりしましたもんね。
――エイターと呼ばれるファンが熱かったです。
下尾
AKB48対チーム8みたいな。敵対するわけではないけど、AKB48に勝るチームになっていこうみたいな熱量がすごかったですね。あとチーム8といえばダンスかなって。『あまのじゃくバッタ』とか『蜂の巣ダンス』とかダンスが特徴的な曲が生まれたり、ダンス公演をしたのも初めてなんじゃないかなって。
――下尾さんもダンスを頑張ろうというのはあった?
下尾
チーム8って47人いて、キャラ被りも起こりやすいから、自分の強みを突き詰めなきゃっていう意識がすごいあったんです。そこで何をしようって思ったら、ホメてもらえたこともあるダンスだなって。そこで目立たないとって、ダンスに全集中していました。
――それが『君も8で泣こうじゃないか』公演でのセンターに繋がったのかもですね。そして下尾さんといえばPRODUCE 48でしょうか。韓国の「PRODUCE 101」とAKB48グループのとのコラボ企画で、新たなグローバルグループを生み出すオーディション番組でした。どうして受けようと思ったんですか?
下尾
そのときは高校2年生で、これ以上飛躍しなかったらAKB48を辞めようと思っていたんです。就職とか他の道を考えようって。しんどいことでも何でもチャレンジしようと決めていた年だったので受けました。
――あれはみんな辛かったと言ってましたよね。レッスンはめちゃめちゃ厳しいし、常にカメラが回っていて。リタイアしちゃうメンバーもいたり。
下尾
ダンスの練習をずっとやって、何時かもわからない状況でご飯を食べて。スタッフさんに誘導されて宿舎に戻って寝て。朝もたたき起こされて10分後に出るから準備しろって、またレッスン場へ行ってみたいな。
――軍隊みたいな。
下尾
本当に。でもそれがあるから韓国はあんなすごいアイドルを輩出できるんだなって。私はすごい楽しかったです。日本のアイドルを経験できるだけですごいのに、プラス韓国のアイドルのことも経験できるっていう。良い経験ができたなって。
――かなり惜しいところまで進みましたよね。
下尾
AKB48でも選抜に入るような存在じゃなかったのに、ファイナルまで行けて。そのおかげで『NO WAY MAN』で初めて選抜に入れて。本当に人生が一変しました。
あのときは毎日違う仕事をしてました。撮影があって、MCをしたり、モデルさんをしたり。自分の人生にあった出来事ですごく楽しかったし。ああいう経験ができてよかったなって。 いまだに「下尾といえば韓国だよね」って、自分のアピールポイントにもなっているし。
――海外のファンも多かったです。
下尾
2年前に韓国でAKB48のファンミーティングがあったときに、駅に電子広告を出してくれていて、見に行ったらちょうどファンのコがいて。「ファンミ行けないんですけど、応援してました」って言ってくれて。普段目に見えるところだけじゃなくて、こうやって海外でも知ってくれている人がいるんだって、めっちゃ驚きで嬉しかったです。いまだにアジア圏で応援してくれる方もいますし。
――挑戦したことで飛躍できて、活動を続けようと思えたわけですもんね。でもAKB48の活動1本に絞らず、大学にも進学しましたよね?
下尾
そうですね。ファイナリストなだけで、韓国でデビューしたわけじゃなかったし、AKB48でも選抜に入ったけど、2回で外れちゃったし。もともと大学に入るのも夢だったので。
――そうなんですね。
下尾
幼稚園のことから本が好きで、ずっと読んでいたら、おばあちゃんから「こんなに本好きだったら、大学とか行けるといいね」って言われたことがすごい残っていて。忙しかったけど、大学に行ける余裕はあるかもって。明治学院大学を受けました。
――学びたかったの?それとも単に大学に行きたかった?
下尾
学びたいもありましたね。知らない世界を知りたい。あのとき大学に行かなくても、たぶんAKB48卒業後とかに行ってたと思います。
――どの学部に入ったんですか?
下尾
社会学部の社会福祉学科に行ってました。人生で必要なものを学べるのが社会学部って聞いたので。あとは地元のおばあちゃんやひいおばあちゃんの力になりたいと思って、福祉制度を学べたらいいなと。
――大学との両立は大変じゃない?
下尾
楽しかったです。朝はお仕事が入ることが少ないので、1、2限は授業に出て、その後レッスンをして。授業に出れたらまた出るみたいな。レポートも締め切りを過ぎたら受け付けませんだったので、レッスン終わりに一気に書き上げたり。
AKB48のメンバーやスタッフさんにもすごい協力してもらって、「下尾が来れないならこの時間からレッスンしよう」とか合わせてもらうこともあったり。1単位だけ落としちゃって、4年半かかったけど、無事に卒業できました。
――下尾さんって選抜に入ったり入らなかったり。浮き沈みが多かった印象があるんです。
下尾
曲のコンセプトとかいろいろあると思うし。今回選抜に入ったってことは、私は必要とされてるんだ。落ちてもまた次入ったら、まだ必要とされてたんだって確認。毎回通知表をもらってる感じですね。
――いったん外れてしまうと、なかなか戻ってこれなかったり。どういうことをしていたんですか?
下尾
でも最初に落ちたときはいろいろやってみましたね。毎朝レッスン場に行って、2、3時間練習して。あとはランニングとか筋トレをしたり、自分磨きをしました。
――フィジカルを鍛えた。
下尾
あとはもっといろんな方に握手会に来てもらえるように頑張ろうと思って。今ではやってるコが多いですけど、この日の握手会はこういうことをしますってスケジュールを出したり。あと「(握手券)1枚からでもいいのでお待ちしてます」って宣伝ツイートをしたり。そしたら「1枚でもいいって言われたので来ました」って来てくれる人がいたり。
――ライトファンも大歓迎と。そんな努力もあって、今では選抜に欠かせないメンバーになりましたもんね。一昨年には約9年ぶりに始まった新公演『ここからだ』で初日メンバーに選ばれました。
下尾
セレクションで選ばれたっていうのが本当に嬉しくて、今まで頑張ってきてよかったなって。初めてのオリジナルポジションで衣装があって、卒業しても、私のポジションはずっと残り続けるし。10年以上AKB48を続けてきてよかったって思いました。
――後輩たちもずっと下尾さんのポジションとして受け継いでいくわけですもんね。歴史に名を刻むというか。
【東京ドームに立つには、もっとたくさんの方を巻き込める力が必要】
――今のAKB48は下尾さんから見ていてどうですか?
下尾
でも常に楽しいAKB48だなって思ってます。どの時代も魅力があって、面白くて。いろんなメンバーが入ってくるからこそのAKB48だなって。
――その中で今はどんな時代だと思います?
下尾
ジェネレーションチェンジの時代なのかなって。どんどん入れ替わっていく。今はオーディションを毎年開催していますし、毎回面白いコが入ってきて、上がどんどん替わっていく。みんなにチャンスがある時代だなって思います。
――下尾さんはどう立ち回る?
下尾
いろんなメンバーがいるからこそ、今を突き詰めようって思ってます。天然でダンスが得意なこのままの下尾を突き詰める。プラス後輩の力にもなれたらいいなって。
――後輩の力になる。
下尾
どんどん入れ替わる時代になってるんですけど、だからこそ、知らないままやってるコも多いのかなって。そういうときに、「昔は先輩はこうやってたよ」とか。おんさん(向井地美音)じゃないけど、次の世代との架け橋のようなことができたらいいなって。
――それこそ倉野尾さんと一緒にやってるYouTube「なるたおちゃんねる」とかも、いろんな後輩を集めてやったりとか。
下尾
前はふたりでわちゃわちゃだったけど、今のAKB48を楽しく発信しようっていうのがコンセプトになりつつあります。
――それは倉野尾さんがAKB48グループの総監督になったのもある?
下尾
それもありますし、やっぱり今のAKB48の注目度が上がったっていうのもあって。それこそ20周年だったのが大きいですね。今のメンバーも知ってもらわないとだよねって。
――ふたりの関係性って変わったりしてるんですか?
下尾
前よりも一緒に過ごす時間が増えました。プライベートで韓国旅行に行ったり、ディズニーに行ったり。AKB48にいるときは、なるは総監督で忙しくて一緒にいる時間が減ったから、プライベートでよく会うようになりましたね。
――そんな倉野尾さんが東京ドームコンサートを目標に掲げましたが、再び立つには何が必要ですか?
下尾
もっとたくさんの方を巻き込める力が必要だと思います。私が見てたAKB48はもっとたくさんの方向で活躍してる方が多かったので。ドラマに出て、バラエティに出て、雑誌に出て、みんながゆいゆいぐらい活躍できたら......。そういうメンバーがもっと増えたらいいなって。自分も含めて、そうなれたらいいなって思います。
――そのためには何をしたらいいのか?
下尾
今はSNSの発信力だなと思ってるので。SNSでたくさんファンを増やしたりとかして、番組とかもできるようになっていきたいです。
――YouTubeとかも大事なツールですもんね。
下尾
本当にそうです。私たちのチャンネル登録者数も着々と増えていって、5万人を突破したので、次は10万人目指して頑張っていきたいですし。あとはTikTokも力を入れていて、「踊りたい下尾」って踊りを上げるアカウントを作ったり、いろんなところでやって、誰かの目に留まったらいいなって。
――今の夢や目標は?
下尾
ドラマや舞台とか、演技のお仕事ができるようになりたいです。あと最近はないですけど、海外でも何かお仕事できたら嬉しいですね。
――最後に下尾さんにとってAKB48とは?
下尾
学校です。どんな瞬間もAKB48で過ごしたし、いろんな経験を積ませていただいているし。入ったときは特に学校でしたね。今はちょっとOGな気持ちもありつつ、でもまだ生徒として現役でやってます。
――メンバーでいる限りずっと。
下尾
どれだけいても新しいことが起きますね。私はずっと下っ端だったので、アドバイスする側とか、先輩の役割をしてこなかったけど、ここ数年で本当に後輩が増えて、アドバイスして欲しいって言われて、ダンスを見たり。今は後輩も先輩も両方の気持ちもわかるようになってきて。そうやって日々AKB48で勉強しています。
【連載「なんで令和にAKB48?」は木曜日更新。次回は7月30日、山根涼羽が登場!】
●AKB48
2005年(平成17年)12月8日、秋葉原のAKB48劇場で1期生お披露目。
2025年12月4日に21期生がデビュー。
68thシングル『好きish』が8月19日発売!!発売記念イベント情報はこちらから
秋のコンサート「AKB48 THREE CONCEPTS LIVE」が9月26日、27日(日)Kアリーナ横浜で開催決定!
最新情報は公式ホームページをチェック。
●下尾みう(したお・みう)
2001年4月3日生まれ、山口県出身
身長163cm
Nickname=みう
公式X【@miumiu_0403】
公式Instagram【@miumiu1343】
取材・文/関根弘康撮影/後野順也
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