パフォーマンスと一体化した視覚的表現音楽、ダンス、哲学を翻訳するマイケル・ジャクソンのファッションセンス【湯山玲子コラム】

パフォーマンスと一体化した視覚的表現音楽、ダンス、哲学を翻訳するマイケル・ジャクソンのファッションセンス【湯山玲子コラム】

7月15日(水) 19:00

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「映画のファッションはとーっても饒舌」という湯山玲子さん。おしゃれか否かだけではなく、映画の衣装から登場人物のキャラクター設定や時代背景、そしてそのセンスの源泉を深掘りするコラムです。

マイケル・ジャクソンの伝記映画「Michael マイケル」が大ヒットしている。

音楽系の伝記映画というものは非常に難しい。なぜならば、誰もがスター本人を知っているので、役者がいかに頑張ったとしても絶対にその境地には至ることは不可能で、観客としては物足りなさを感じざるを得ないからだ。

リアルにその活躍ぶりを知らない、昔のレジェンドたちならまだしも、スターに本気でハマった青春時代を送った観客たちのジャッジメントはかなり厳しいとみてよく、熱狂的ファンの人数が桁違いに多いマイケル・ジャクソンに至っては、相当覚悟がいる映像化だったと思う。

しかし、仕上がりは上々。特にマイケル役のジャファー・ジャクソンが良い。「ダンス部分は大健闘するだろうが、本物の境地までは……」ということは想定内だったが、そんなことよりも日常生活におけるマイケルの様子が素晴らしいのだ。

父親との確執、子供時代の孤独、ビジネス上の難題が彼を襲い、それなりに悩みはするが、どこか上の空で、終始静かなアルカイックスマイルを浮かべている。その人間社会の重力とは無縁のイノセントさはつまり、「神の子、マイケル」ということ。その設定が絶妙にキマったおかげで、映画の目玉でもあるライブシーンは本物との比較というバイアスをふっ飛ばして、揺るぎないものになっていたのである。

マーシー・ロジャースによる衣装デザインも今回、いい仕事を残している。彼女はスパイク・リーの一連の映画の衣装担当で、黒人社会のファッションセンスを見事に生かす才能の持ち主。特に同監督の「シーズ・ガッタ・ハヴ・イット」では、自由人気ままに暮らすアーティストのノーラとその周辺の男女の、いかにもニューヨークの業界界隈ムードに溢れたヒップで粋な着こなしは本当に格好よくて、「セックス・アンド・ザ・シティ」のように、映画がまるでファッション雑誌のごとくだった。

今回の作品でも、そのリアリティは健在で、まずはステージ以外の日常生活のマイケルの着こなしが凄い。白シャツにエンブレムと左腕にラインが数本入っているスクールカーディガンを着るマイケル。このカーディガンはアイビーリーグ文化の象徴。いわゆる白人エスタブリッシュメントの記号バリバリの普段着を、日常感覚で着てしまっている彼の超越性が浮き彫りになるスタイリングだ。家のリビングで母親とポップコーンを食べながらビデオ鑑賞しているときも、彼は白シャツに細いネクタイ。シルクのパジャマを着てくつろぎモードの母親とは対照的で、これは「家庭でのリラックス」というものから切り離された彼の個性を衣装で物語っている。

同時期、彼と同年代の若者たちの日常着といったら、黒人も白人もTシャツにスポーツウェアと相場は決まっている。ファッションは、コミュニケーションであり、若者が同じような格好をするのは、そのトライブを確認するようなところがあるのだが、もちろん、当時から孤高のスターであるマイケルにはその必要が全くなかったのだ。

ご存じのように白シャツはメンテナンスに手間がかかるアイテム。常に糊がパリッと効いたそれを着ているということは、洗濯なんぞはメイドに全てお任せが当然、という彼のライフスタイルと、潔癖さ、完璧主義者、神経質ぶりも表徴している。その一方で、兄たちはエンターテイナーらしく華やかだ。彼らは当時流行ったプリントシャツに身を包み、そのジャージ素材はボディコンシャスでもあるので、セクシーさも匂い立つ。

とはいえ、マイケルはセクシーを拒否していたわけではない。最初のソロアルバム「オフ・ザ・ウォール」を出した後、若手のスターとして最初の絶頂期を迎えた彼はリムジンの後ろ座席で、上等なシルクのドレスシャツの胸元を開けて、セクシー全開。そう、この頃までは、彼は多くの女性ファンと結託するドレスコードがあったのだ。しかし、あくまでその色は白、なのであるが。

さて、この映画のメインディッシュである数々のライブやPVシーンにおけるマイケルのコスチュームは、実際のそれを基本としながらも、より艶やかにパワーアップしている。たとえて言うならば、レコード業界で言うリマスター版。マイケルの存在を初めて知る新しい世代の観客の目にも「カッコいい」と思わせ、映画のクローズアップにも耐えうる「ダイナミクス」調整がなされている。

マイケルのファッションの最大の特徴は、それが「パフォーマンスと一体化した視覚的表現」であったという点につきる。彼は、自らのアイデンティティを確立するために、一貫したスタイルと象徴的なアイテムを巧みに活用した。

そのことを最も表しているのは、片手だけの白い手袋である。1983年の「モータウン25」での「ビリー・ジーン」のパフォーマンスで初めて披露されたこの手袋には、1200個ものスワロフスキークリスタルが手縫いで施されており、彼の動きを観客の目に焼き付けるための視覚的装置として機能。

白いソックスも忘れてはならない。こちらは、手袋よりも早く、ソロアルバム「オフ・ザ・ウォール」時から。黒のローファーに純白のソックスを合わせるスタイルは、暗いステージ上でも彼の複雑な足の動きに観客の目を釘付けにする。そして、手袋も靴下も白人の衣服文化の中で、フォーマルジャンルに入るアイテムだということも忘れてはならない。ハイソサエティーの着こなしを脱構築する。とこれ、1950年代にロンドンのストリートで流行ったエドワード王朝時代の紳士服を取り入れた、テディボーイスタイルの手つきだ。ハイブランドを完璧に着こなし、優雅に粋に街を練り歩く、コンゴで生まれた黒人のファッション文化、サプールとも繋がっていく。

1980年代から1990年代にかけて、マイケルは軍服をモチーフにしたスタイルをステージ衣装に多く取り入れた。フリンジ、編み紐、バッジ、肩章などで装飾されたミリタリージャケットは、一般的な迷彩など戦争の現場で使用された機能的な軍服というよりも、君主や国家元首など守り、式典要員でもある近衛兵の見た目重視の華麗なデザイン。

国家やトップの権威と力をカッコ良く示さなければならないそれらは男性美の象徴であり、同時に軍服とは権威性や規律性の象徴。70年代のヒッピームーブメント時は始まり、グランジ文化では、古着の軍服、ミニタリールックが反体制、アウトサイダーの象徴として扱われたのだが、マイケルの取った戦略はそれとは真逆の、パワーと絢爛の美意識だった。

白いシャツを日常でもステージでも登場させるマイケルだが、赤もまた彼を最も印象づける色であり、彼の存在をポップス・キングに押し上げたふたつの曲のMV、「スリラー」と「ビート・イット」で彼が着たのは、双方ともに赤いレザージャケット。ご存じの通り、赤は躍動する若きヒーローの色。ちなみに、「スラムダンク」の主人公は赤毛の桜木花道だし、ワンピースのルフィは赤いベスト。スパイダーマンも、アイアンマンもボディスーツは赤が基調。

「スリラー」での赤ジャケは、PVと同様、戦隊もののヒーローのごとく、肩から大きく黒いVラインがヘムまでのびて、胸元は逆三角形のデザイン。PVの感じだとその素材は、合皮のようにペラペラに見えるが、クローズアップを求められる本作では、本革のビンテージ風で、肩や首の縫い込み部分がくっきりとしており、ファッションとしての完成度がぐんと上がっている。その重厚さは、ベルサーチのマスキュランさを思い起こさせる。

同じ赤レザーでも「ビート・イット」の方は、ストリートの不良兄ちゃん感覚。両肩前後にシルバーの装飾が入り、ジッパーが複数あしらわれた赤いジャケットのマイケルは、不良軍団二組の抗争を止めるヒーローの役柄であり、その赤は、不良たちのモノトーンと倉庫の薄暗さの中で燦然と輝く。

ここで興味深いのが、下に着込んだTシャツの柄だ。これは現在、すでに映画を観たコアなファンの間で話題になっている件で、映画ではダンスシーンにおけるアンダーは、ピアノと音符が描かれたTシャツなのだが、PVにおいては、マイケルがベッドルームにいる時に着用していたもの。抗争ダンス時には、それが水色の本体に白い袖、胸元には天使のグラフィックが描かれたベースボールTシャツに変わっている。しかし、本作では、抗争時もビアノTシャツのまんまでベースボールTシャツは出てこない。これだけ細部に周到な衣装担当の仕事としては謎の一件だが、このYoutube時代では、絶対本物との検証を試みて大騒ぎするファンはいるわけで、このピアノTシャツの件は話題作りのためにわざと仕掛けたミームの様な気がする。

マイケルの幼いときのアイドルは、フレッド・アステアであり、彼のセンスや技術を幼い心に叩き込んでいる。映画にもきちんとそのあたりが描かれており、実際彼のファッションには、コンピカラーの革靴や、中折れ帽子のようなクラシックアイテムも登場し、アステアや古き良き時代のエンターテイメントへの敬愛も潜んでいるのだ。

マイケル・ジャクソンのファッションは、彼の音楽、ダンス、そして哲学を視覚的に翻訳したものであった。「特定のビジュアルやアイテムを通じて、アイデンティティを確立する」というマイケルの手法は、アーティストだけでなく、みんなが表現者であるSNS時代の私たちにとっても教科書たり得る。

マイケルにおける、白いソックスや手袋を私達は自分自身に見つけることができるのか!?そういえば、あの人のアレは、マイケルの白いソックスかも! そう考えると、世の中と人の見方が俄然、面白くなっていくではないか。

【作品情報】
Michael マイケル

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