トム・クルーズと「レヴェナント蘇えりし者」のアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督がタッグを組む最新作「DIGGER ディガー」のトレーラーローンチイベントがこのほど行われ、クルーズが参加したQ&Aセッションの内容と、イニャリトゥ監督のメッセージが披露された。
本作は、これまでほとんど詳細が明かされていなかった極秘プロジェクト。タイトルの「DIGGER」は、直訳すると「掘る人」――クルーズの役柄は、石油採掘会社のCEOであるディガー・ロックウェルだ。利益にしか目がないディガーの欲深い行動をきっかけに、世界が滅亡の危機に直面する様子が描かれるようだ。
予告映像では、大統領からその尻ぬぐいを命じられ、世界を救うべくシャベルを片手に立ち上がる展開が映し出されていた。その一方で、「自然は操れないが世間は操れる」「事実なんてどうでもいい。語り方次第さ」と不穏な言葉を吐く姿も捉えられており、一筋縄ではいかない“大惨事エンターテイメント”が繰り広げられることを予感させるものだった(同映像には津波のシーンが含まれます。視聴の際はご注意ください)。
ここからはQ&Aセッションに参加したクルーズの“言葉”をお届けしよう。
●トム・クルーズが語るアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督
25年前、アレハンドロの「アモーレス・ペロス」を初めて観た時のことを、今でも鮮明に覚えています。本当に素晴らしい作品でした。衝撃的でした。私はかなり早い段階でこの作品の存在を知り、公開当初に観ることができた観客のひとりです。みなさんがどう感じたかはわかりませんが、私は「何なんだ、この監督は!」と度肝を抜かれました。
どんな分野でも一流の人というのは、物事を見る目を持っています。私は映画人として、この監督が細部にまで込めたこだわりを見ていました。キャリアの初期から、彼はすでに驚くべきことを成し遂げていました。「どうやってこんな作品を作ったんだ?」と思わずにはいられませんでした。演出、そして撮影監督チーボ(エマニュエル・ルベツキ)とともに作り上げたカメラワーク。俳優たちの演技。美術。色彩設計。映画を構成するあらゆる要素が緻密に考え抜かれていて、細部にまで神経が行き届いていました。そして何より、自分の仕事を深く理解した、卓越した才能を持つ一人の人間の力強い声が作品全体から伝わってきました。
私はすぐに友人たちへ電話をかけました。自宅に人を集めては、「スタジオに連絡してくれ。この映画は絶対に観るべきだ。このアレハンドロという人物は、一体何者?」と話していました。それまで私は彼のことをまったく知りませんでした。
不思議なことに、その後もしばらく彼と会う機会はありませんでした。何年も経ってから、彼のほうから声をかけてくれ、初めてじっくり話をすることができました。それ以来、私は彼の作品を一本も欠かさず観ています。
「次は何を撮るんだろう」「今度はどんな作品を作るんだろう」。いつもそう思いながら楽しみにしていました。彼は本当に素晴らしい人間であり、並外れた才能を持つアーティストです。彼が手がける作品は、どれも新たな発見に満ち、必ず驚かせてくれます。
「DIGGER ディガー」は、私に持ってきてくれた段階で、すでに数年間温め続けているプロジェクトでした。今からおそらく7年ほど前になるでしょうか。彼は脚本を書いている段階で私に話を持ってきてくれ、そこから一緒に作品を作り上げていきました。「DIGGER ディガー」をご覧になれば、この映画にどれほどの細部へのこだわりと高度な技術、そして幾重にも重なる創作の積み重ねが注ぎ込まれているか、おわかりいただけると思います。アレハンドロ自身も、これまでこのような作品を作ったことはありませんでした。そして私もまた、これほどの作品に挑んだことは一度もありませんでした。
●コメディ/作品のリズムについて
どんな作品でもそうですが、「これが正しいリズムだ」「コメディとはこういうものだ」という決まった形はありません。たとえば、「卒業白書」「ザ・エージェント」「トロピック・サンダー史上最低の作戦」のレス・グロスマン、「オール・ユー・ニード・イズ・キル」を比べても、それぞれに独自の音楽性があります。それぞれが固有のビジョンを持っているのです。キャラクターが持つ音楽性を感じ取れるようになると、その人物には独自のリズムがあることがわかります。そのリズムは他の誰とも違います。だからこそ、キャラクターの振る舞いや動き、そうしたものをメイクなどのビジュアル面と合わせて作り上げながら、「この作品のトーンはこれでいいのか」「ドラマなのか、コメディなのか」「やり過ぎではないか」と絶えず確認し、少しずつ調整していくのです。アレハンドロは音楽を深く理解しています。そして音楽こそ、私たち全員が共有できる世界共通の言語なのです。
私はさらに、「そのリズムを現場で発見するために、どう準備すればいいのか」を考えます。トレーニングや言語、ダンスなど、自分が取り組むあらゆる準備は、「こうした瞬間のためにどう備えるか」という発想から始まります。このような人物を演じられるだけの力を身につけるために準備を重ねているのです。アレハンドロは何日も時間をかけて、脚本を私に読み聞かせてくれました。私は彼の頭の中にあるものすべてに耳を傾け、それを理解しようと努めました。そうすることで、自分がどのように作品へ貢献し、この共同作業をさらに豊かなものにできるのかが見えてくるのです。アレハンドロと共にその時間を過ごせたことは、本当に素晴らしい経験でした。
●映画作りという技術と芸術について
この映画には、いくつもの映画作りの要素が積み重ねられています。作品全体のデザインから演技、キャラクター造形、そしてキャスト全員に至るまで、すべてが卓越しています。ひとつひとつのカットを見ながら、「このフレームの中には何があるのか」「このセットにはどんな意味があるのか」「ユーモアはどこから生まれているのか」「何が観客の心を動かすのか」を探り続ける。そんな作品なのです。
「タップス」の撮影時、撮影監督のオーウェン・ロイズマンは、レンズについていろいろ話してくれました。きっと彼は、「この若造は、とんでもない数の質問をしてくるな」と思っていたことでしょう。彼は撮影技術についてさまざまなことを教えてくれ、私はただ必死にその話を吸収しようとしていました。その後私は常に周囲を観察していました。そして、「この人たちは本当によく知っている」と感じたものです。カメラ、フレーミング、セット、その空間をどう生かせば狙った効果を生み出せるのかを、彼らは熟知していました。
その後、オーウェンが持っていた知識は、彼だけのものではなかったのだと気づきました。彼自身も若い頃、カメラマン助手として機材を運びながら、偉大な名匠たち、そして決して偉大とは言えない監督たちのもとで学んできたのです。人は優れた人からも、そうでない人からも学ぶことができます。当時、オーウェンが私に話してくれたことには、正直「何を言っているのかよくわからない」と思うことがありました。でも、時間が経つにつれて自然と身についていき、やがて「ああ、こういうことだったのか」と腑に落ちる瞬間が訪れました。
チーボ(エマニュエル・ルベツキ)とアレハンドロは、もともと一緒にCMを制作していた頃からの仲です。あのふたりが育った土地の水には、一体何が入っていたんでしょうか(笑)。本当に並外れた才能の持ち主たちです。
今、この年齢になってこうして映画を作れることに、私は心から感謝しています。若い頃、撮影現場でさまざまな部署をのぞき込みながら、「いつか理解できるようになりたい」と思っていた自分を思い出します。そして、その知識を惜しみなく分け与えてくれた多くの人たちがいました。当時の私は、「今は理解できなくても、いつかきっとわかるようになる」と思っていました。実際、その通りになりました。本当に幸運だったと思います。マーティン・スコセッシ監督が演出し、その前でポール・ニューマンが演技する姿を見られたのですから。あの光景を間近で見て、ただ吸収できたことが、どれほど恵まれた経験だったかを改めて実感しています。
●ディガー・ロックウェルというキャラクターを生み出すことについて
肉体的にも、そして比喩的な意味でも、崖っぷちに立ち、「さあ、やろう」と覚悟を決めることほど刺激的なことはありません。「あなたを信頼している。そして、これから何をやるにしても、とてつもない経験になると分かっている。だから力を合わせて、一緒にやろう。みんなでやろう」。そんな気持ちで挑むのです。これほどまでに自分自身を試される作品に出会ったことは、私には一度もありませんでした。アレハンドロにとっても同じだったと思います。そして、この映画をご覧になれば、それが完全に独創的な作品であることがお分かりいただけるはずです。
監督はフレームを決め、レンズを選び、照明を作り上げます。私は、その作業を見るのが何より好きです。アレハンドロは私に、「こんなふうに見せたい」と言いました。こういうキャラクターなんだ」と説明するのではなく、まず完成形のイメージを見せてくれたのです。私は心の中で、「この人、本当に度胸があるなと思いました。同時に、「早くやりたい。さあ始めよう」と興奮を感じました。
キャラクターを作るとき、私たちは、ユーモアやドラマ、人間性の枠組みなど、さまざまな要素を探っていきます。「トロピック・サンダー」の_レス・グロスマンであれ、「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」であれ、「コラテラル」であれ、「卒業白書」であれ、私は「この人物を、どうやって観客に伝えるのか」と自分自身に問いかけました。そのための身体表現であり、メイクなのです。そうしたものは、役柄をどう表現すべきかを探っていく過程で少しずつ見つかっていきます。映画作りでは、あらゆる道具を理解しなければなりません。ひとつのやり方がすべてに通じるわけではありません。どんな表現方法が最適なのか。どのレンズを使うのか。メイクの色味はどうするのか。この作品のような映画では、その細部へのこだわりは本当に尋常ではありません。カウボーイブーツの色はどうするのか。ショートパンツはどんなものなのか。セットはどう作るのか。セットの色彩はどうあるべきなのか。(この映画では)そのすべてが、あらゆるレベルで本当に素晴らしいのです。アレハンドロという人の美意識の高さが、細部のひとつひとつに表れています。本当に特別なセンスの持ち主だと思います。
●劇場で映画を体験することについて
何よりもまず、私自身がひとりの観客です。私は映画が大好きです。どんなジャンルの映画も好きですし、公開初週の週末に劇場へ足を運び、たくさんの観客と緒に作品を観ることが好き。
私は、観客に映画の世界へどっぷりと入り込んでほしいと思っています。だからこそ、その物語を伝えるために必要なことであれば、何でもやります。それは、ひとりの力では実現できません。映画作りは、みんなで力を合わせて作り上げるもの。本当に特別な仕事だと思います。
●ビスタビジョンについて
ビスタビジョンで撮影するというのは、単にそのカメラを使うということではありません。今回私たちは、その撮影システムに合わせて手作業でレンズを開発することができたのです。ビスタビジョンそのものにも興奮しましたが、それ以上に、その手作りの質感を生み出すために開発されたレンズには驚かされました。映像を見れば、その違いがはっきりわかりますし、実際にその質感を感じ取ることができます。
ビスタビジョンのカメラにフィルムを装填するだけでも特別な体験でした。フィルムがカメラの中を走る音を聞きながら、私は思わず。「みんな、ちょっと静かにして。この音を聞こう」と言いました。本当に美しい音です。素敵です。
●最後に思うこと
人生のとらえ方は、人それぞれ違います。誰もが自分自身の経験を持ち、それぞれの人生を歩んでいます。学びは、一生続く旅です。「もう到達した」と思ったことは、一度もありません。そんな瞬間は決して訪れません。いつも次の夢があり、この芸術を愛する気持ちがあり、その情熱が自分のすべてを包み込んでいます。私は子どもの頃から世界のあちこちを訪れ、さまざまな国で観客と一緒に映画を観てきました。そしていつも、「この人たちも、自分と同じように感じるのか」と好奇心を感じてきました。私はさまざまな土地で育ちました。だからこそ、「彼らも私と同じように感じるのだろうか」と考え続けています。それこそが映画という芸術の素晴らしさです。
人にはそれぞれ好きなものがあり、それぞれの好みがあり、心に響くものもあれば、そうでないものもあります。私はいつも「技術を身につけて。そして、自分自身の物語を語って」と言います。私と同じやり方をする必要はありません。あなたのやり方でやればいいのです。
続けて、イニャリトゥ監督のメッセージをお届けしよう。
【アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督のメッセージ】
本日はお集まりいただき、本当にありがとうございます。
まず初めに、今日この場でみなさんやトムと直接ご一緒できないことをお詫び申し上げます。ご覧のとおり、私は現在ロンドンのサウンドステージで「DIGGER ディガー」のサウンドミックスの最終作業を行っています。非常に繊細な工程で、私の全神経を注がなければならなりません。
みなさんは、これから、これまで目にしたことのないほどカリスマ性に満ちた“大災害”を目撃することになります。
この作品のインスピレーションが生まれたのは、「レヴェナント蘇えりし者」の直後でした。当時あったのは脚本でも映画でもなく、ただ何度も頭から離れないひとつの執念でした。その思いは、この激動の年月を経ても消えることはありませんでした。私は、この人物がどんな人間なのかを知っていました。どんな話し方をするのか、どのように生き延びるのか、そして現実さえも自分に都合よく取り込んでしまう術を持つ男であることも分かっていました。
しかし、この映画を完成させるまでには10年を要しました。私が探していたのは、「物語」ではなく、その物語を語るための正しい方法だったからです。この作品は、不条理で、危険で、それでいて間違いなくコメディでもあります。偉大なコメディの源泉は悲劇ですから。
「なぜディガー役にトムを選んだのですか」と、よく聞かれます。私にとってそれは、「喉が渇いたら、なぜ水を飲むのですか」と尋ねられるようなものです。必要だったからなのです。この映画にはトムが必要でした。私たちは21世紀の初めから一緒に仕事をしたいと願っていました。私は長年、俳優としての彼を強く尊敬してきました。なので、それ自体は何の驚きでもありませんでした。本当に驚いたのは、俳優トム・クルーズの背後にいるひとりの人間が、これまで彼が見せてきた数々の素晴らしい演技と同じくらい、いやそれ以上に並外れた人物だったことです。彼がやってみせた変貌には本当に驚かされました。ある時、彼は私にこう言いました。
「アレハンドロ、この人物になるまでに40年かかったんだ」
私たちはどちらも、その言葉の意味を互いによく理解していました。長年積み重ねてきたキャリアのすべてを、この一つの瞬間へと注ぎ込むことがどういうことなのかを。私たちは、自分たちの歩んできた道の中で、これほどの挑戦を、いや、これに近いことすら、これまで一度もしてこなかったのです。
この映画を作るために、私はすべてを注ぎ込みました。これほど徹底した準備をして臨んだ作品はありません。すべてのカット、すべてのレンズ、すべての色彩、衣装、登場人物、背景、小道具、あらゆる層や象徴——この作品に偶然存在しているものはひとつもありません。
私たちはビスタビジョンで撮影しました。映画には、そのスケールがふさわしいから。1954年にデザインされたカメラを使用し、撮影監督のチーボ(エマニュエル・ルベツキ)と私は、今回初めて、この映画のためだけに設計されたヴィンテージの超広角ライカレンズを装着することを許されました。私は素晴らしいアーティストやプロデューサー、共同制作者、共同脚本家、そして夢のようなキャストに恵まれました。そして何よりも、長い間、私の頭の中にしか存在していなかったものを信じてくれた人々に支えられました。
今日、みなさんにご覧いただくのは、その世界へのほんの入り口にすぎません。氷山の一角であり、予告編であり、ひとつの約束です。なぜなら、ディガーという男は魅力的で、ユーモアにあふれ、目が離せない存在だからです。そして最も危険な人物たちがそうであるように、あなたを彼に賛成させてしまうのです。
最初の観客となってくださるみなさんに、心から感謝いたします。本当にありがとうございます。それではみなさん、準備はいいですか?
「母なる自然は、ろくでなしを愛している」
これが「DIGGER ディガー」です。さあ、始めましょう。
【作品情報】
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