日本でも続々と販売され始めたスマートグラス。その驚くべき利便性の裏で、盗撮や不正アクセスなどの悪用も横行している。記者が検証して見えてきたリスクに迫る!
盗撮だけじゃなかった!無数の悪用パターンが存在
今年に入り、新たなデバイスが台頭しつつある。それはスマートグラスだ。
5月下旬、レイバンと米メタが共同開発した「Ray-Ban Meta(第2世代)」が国内で正式発売された。カメラ機能が搭載され、メガネをかけたまま通話や撮影ができ、同時通訳も可能だ。他ブランドの機種も続々と発売され、家電量販店には専用コーナーができるほど。どれも7万~8万円台という価格帯だが、一部店舗では品薄状態が続いている。一体どのようなデバイスなのか。ITライターは言う。
「現在市場に出回っている主要製品は、大きく分けて2種類。Ray-Ban Metaのようにカメラを搭載した機種と、AR(拡張現実)グラスのように、レンズにディスプレイが埋め込まれた機種。両方を兼ね備えた機種もあり、いずれもスマホと連携して利用します」
日本でも徐々に普及し始めるなか、一方で懸念されるのが撮影機能の悪用だ。
「普及が先行しているアメリカでまず社会問題となったのは、悪質ナンパ動画です。スマートグラスを装着した男が女性に声をかけ、反応や会話を無断で撮影。SNSへ投稿する動画が急増しています。スペインでは、数百人の女性を無断撮影して投稿していた男が逮捕される事件まで起きています」(ITライター)
さらに中国では、飲食店の女性店員や客室乗務員に対する無断撮影が横行。数多くの盗撮動画がSNS上に出回っているという。
撮影機能付きの安価なモデルで検証
実際の使用感はどうなのか。想定される悪用事例の検証も兼ね、記者は撮影機能付きの安価なモデルを購入。都内の繁華街で装着し、使用してみた。外観は普通の黒縁メガネで、価格は1万4000円と格安だったが、性能は驚くほど高かった。
撮影を行う際は、連携したスマホアプリをタップするか、メガネフレームにあるボタンを押すとスタートする。音声アシスタントも備えているので、話しかけてもタスクは遂行される。
装着し、歩きながら撮影すると、見たものをそのまま録画できた。手ぶれ補正機能もありブレはない。解像度は800万画素で、すれ違う人の顔もはっきりとわかる。
さらにモデルは、AIによる画像認識が可能で、撮影した画像に何が写っているかを音声や文字で説明してくれる。141言語に対応したリアルタイム翻訳・通訳機能も備えており、撮影した画像内に外国語の文字がある場合、瞬時に翻訳してくれるのだ。音声はフレームに埋め込まれたスピーカーから流れてくるが、周囲への音漏れもほぼない。QOLの向上が期待できる、非常に便利なガジェットだ。
悪用シーンを想定した検証結果は?
一方、次に悪用シーンを想定し、検証してみた。まずチェーン系のカフェで飲み物を購入。女性店員の顔はもちろん、会話もはっきり録画されていた。次に電車に乗ってみると、正面の乗客をしっかり捉えたが、気づく者はいない。駅のATMに並んでみると、前で操作する客が、どの暗証番号を押しているかが確認できた。
想像以上に、あらゆるシーンで悪用が可能な印象を受けた。例えば更衣室や風俗店での盗撮もお手のものだろう。飲食店では気づかれずに隣客の会話を録音できるし、社内の書類や機密情報が勝手に撮影される恐れもある。
実はスマートグラスのほとんどの機種は、撮影する際に周囲にわかるよう、レンズに埋め込まれたLEDランプが点灯する仕様になっている。だが、このスマートグラスでは、屋外の明るい環境では目立たなかった。よほど注意していなければ気づかないだろうし、そもそも他人のメガネをじっくりと確認する者はいないだろう。
前出のITライターはこう警鐘を鳴らす。
「欧米や中国では、撮影時に点灯する機能を無効化するツールが出回っているんです。プログラムを改造するマニュアルや、LED自体を隠す遮蔽シールが販売されています。中国では、2000円でランプをドリルで削り取る業者まで存在するそうです。日本でもスマートグラスが普及すれば、同時にこうした手法も広まってくるでしょうね」
市民が互いに監視し合う世界が到来
リスクとなるのは盗撮だけでない。カナダでは4月、店員の認証情報をスマートグラスで盗撮し、店舗システムに不正アクセスする事件が起きた。セルフレジでギフトカードに不正チャージし、7人が逮捕されたという。また英国では3月、裁判所で証人がスマートグラスを通じて外部から助言を受けながら証言していたことが発覚。裁判官は、その証言を却下した。
中国では、試験のカンニングが社会問題となっている。問題を撮影し、AIに解答を教えてもらうのだ。あまりの不正の多さに、メガネをかけた受験生は全員、厳しくチェックされるようになった。
映画やライブの無断撮影など、ほかにもさまざまな悪用が想定されるが、日本にはその使用を包括的に規制するルールがまだ存在しない。
日本社会は、スマートグラスとどう向き合えばいいのか。国立情報学研究所教授の佐藤一郎氏は「技術だけで悪用を完全に防ぐことは難しい」としたうえで、段階的な対策を提唱する。
「まずはユーザーも含め、自主的な取り組みを促すことが現実的です。まずメーカーが、使うべきでないシーンや、映っている人のプライバシーへの配慮についてガイドラインを示す。それで不十分であれば、強制力のある法規制へと移行するしかありません。学校なら教育関係、医療現場なら医療関係の業法でそれぞれ縛るという、業種ごとに対応する方法もあるでしょう」
だが、懸念すべきは悪用だけではない。「常時監視社会」が訪れる可能性もあるという。
「スマートグラスが普及すれば、監視の主体が、これまでの国家や企業から個人へと移行する恐れがあります。人間関係というのは、相手がある程度忘れてくれることを前提に成立しています。しかし、誰もが着用するようになれば、視線の先がすべて記録されるので、その前提が崩れてしまう。人間は環境に慣れていく生き物なので、やがて市民同士が互いに監視し合うことが当たり前の世の中になるかもしれません……」
そんなグロテスクな世界にならないよう、メーカーによる自主規制やルールづくりは急務だ。
海外のスマートグラスの悪用事例
①ID・パスワードの不正入手(カナダ)
男らがスマートグラスで店員の認証情報やパスワードを盗撮。その情報を使って店舗システムにアクセスし、セルフレジでギフトカードに不正チャージした
②不正賭博(中国)
遼寧省の地下カジノで、カードに細工し、特製眼鏡を使ってイカサマをしていたグループが摘発。麻雀店でも同様に、牌面を特製眼鏡で認識できるようにする事件が起きた
③カンニング(中国)
問題を撮影し、AIによって解答を得る行為が各地で横行。レンタル業者も盛況だとか。社会問題となったことから、普通のメガネも厳しく検査されるようになったという
④法廷で証人に遠隔アドバイス(英)
高等法院で証人がスマートグラスを通じて、外部から助言を受けながら証言していたことが発覚。裁判官は証言全体を「信用できない」と判断し、証言を退けた
⑤動画削除をエサにした恐喝(英)
男性が繁華街で声をかけた女性をスマートグラスで無断撮影し、動画をSNSに投稿。約4万回再生され、気づいた被害女性が削除を求めると、金銭を要求されたという
⑥スポーツ観戦中に無断撮影(米)
オーガスタで開催されたマスターズ・トーナメントで、観客が撮影禁止を掻い潜るためにスマートグラスを使用。無断撮影がバレ、主催者から没収・退場を命じられた
国立情報学研究所 情報社会相関研究系教授
佐藤一郎氏
お茶の水女子大学助教授などを経て現職。情報工学を専門とし、AIやプライバシーに関する法制度にも詳しい。『仮面ライダーゼロワン』では、AI技術アドバイザーを務めた
取材・文・撮影/大橋史彦
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