うさ忠から彦十へ――尾美としのりが語る「鬼平犯科帳」再出演への葛藤「関わりたいと思わせる魅力がある」

尾美としのり/撮影=原田みのり

うさ忠から彦十へ――尾美としのりが語る「鬼平犯科帳」再出演への葛藤「関わりたいと思わせる魅力がある」

7月2日(木) 17:00

尾美としのり
【写真】「鬼平犯科帳」再出演の尾美としのり、撮り下ろしショット

時代小説の大家・池波正太郎の代表作の一つで、累計発行部数3000万部を超えるベストセラー小説を原作とする松本幸四郎主演の時代劇『鬼平犯科帳』シリーズ。その最新作となる第8弾「本所の銕(てつ)」(市川染五郎主演)および第9弾「密告」(幸四郎主演)が、あわせて1本化された特別先行版として7月10日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて上映される。

「本所の銕」は、若き日の長谷川平蔵・銕三郎時代のエピソードを描くオリジナルストーリー。「密告」へと繋がる前日譚として染五郎が主演を務める。それに続く「密告」では、幸四郎が演じる平蔵が自身の過去と向き合う姿が描かれる。
今回、本シリーズでこれまで火野正平さんが演じてきた密偵・相模の彦十役を今作から引き継いだ尾美としのりに、インタビューを実施。彦十は、香具師あがりの無頼者だったが、銕三郎と偶然出会い、その男っぷりに惚れて子分となった。後に平蔵が火付盗賊改方の長官になると、真っ先に密偵として仕えるようになる重要な役どころだ。

中村吉右衛門主演シリーズでは「うさ忠」の愛称で親しまれる同心・木村忠吾役として出演していた尾美は、「鬼平犯科帳」という人気シリーズにおいて、初の“異なるシリーズ・2つの役”でレギュラー出演を果たすことになった。大先輩から役を受け継ぐプレッシャーや、オファーを受けた際の複雑な心境などをたっぷりと語ってもらった。

■「いやいやいや、ダメダメダメ。怖い怖い怖い」

ーー中村吉右衛門さんが主演を務めたシリーズで木村忠吾を演じていた過去がありながら、今回、火野正平さんから“相模の彦十”を継ぐことに対してはどういう思いがありましたか?

僕が大河ドラマの撮影を終え、控え室にいた時にマネジャーから、「『鬼平犯科帳』の…」と切り出されたんです。その瞬間、「いやいやいや、ダメダメダメ。怖い怖い怖い。」って言いました。どの役かも聞かずに「鬼平犯科帳」と言われただけで怖くて。でも「池波先生の事務所、山下智彦監督、幸四郎さんはじめ皆さんに、是非尾美さんにと希望されてます」と周りからがっちり固められていて、ぐうの音も出ないというか、二の句が継げない状況でした(笑)。「いや、ちょっと『鬼平犯科帳』は怖いな。誰役をやるの?」と聞いたら、「相模の彦十です」と。「ええ!?」って驚きましたよ。

■「僕の中でのイメージが、相模の彦十といえば江戸家猫八師匠だった」

ーーまさか、ご自身に彦十のオファーが来るとは思っていなかったんですね。

木村忠吾を演じていた若い時に、「年を取ったら何をやりたい?」と聞かれて「ねこ殿こと料理自慢の同心・村松忠之進か、彦十役かな」なんて言っていたことはあったんです。でもまさか、火野正平さんの後にとは思わないじゃないですか。「どうして僕なんだ」と怖かったですね。

ーー歴代の彦十のイメージがある中で、プレッシャーも大きかったですか?

僕は(吉右衛門主演シリーズで)三代目・江戸家猫八師匠の彦十をずっと間近で見てきましたし、舞台も一緒にやっていましたからね。僕の中でのイメージが、相模の彦十といえば猫八師匠だったので、「いやあ、どうしよう」という感じでした。だから最初に「たぶん僕の相模の彦十は、猫八さん寄りになってしまうと思います」とお話をさせていただきました。火野さんの彦十も大変素晴らしくて、できるなら触れたくないという思いでしたけど、結果やらせていただくことにしました。

■「火野さんだけは“尾美さん”って呼んでくださった」

ーー火野さんと過去に共演した際の思い出があれば教えてください。

現場でご一緒したのは「鬼平犯科帳」と同じ池波正太郎先生原作の「剣客商売」の時ですね。火野さんはロケのちょっとした待ち時間に、お茶子さんや衣装さんたちに「誰が一番好き?」と聞いていたんです。そしたら「僕(尾美)」と言ってくれた人がいて、「うっそー!」と思いましたね(笑)。

あと現場のスタッフの方たちは僕のことを「尾美ちゃん」と呼んでくれていたのですが、火野さんだけは「尾美さん」って呼んでくださったんです。「こんな大先輩がさん付けで呼んでくれるのか」ととても印象に残っていて、真似させていただこうと思いました。現場での在り方に意識を持たせていただいた思い出です。

ーー今回のシリーズに向けて、火野さんが演じたこれまでの映像は見ましたか?

彦十役をやると決まってからDVDをいただいて拝見しました。本当に面白いですよね。でも、面白いからこそ、「関わりたくないな」とプレッシャーに感じながらも、「ちょっと関わりたいな」と思わせる魅力がある。演じたいという葛藤ですよね。

ただ、絶対に比べられてしまうなとは思いました。当時の新シリーズ(中村吉右衛門主演)の記者会見で、小野田嘉幹監督が「心配なのは木村忠吾役の尾美としのりだけ」と言われてしまったんですよ(笑)。今回も、忠吾を演じた20代の時と似たようなプレッシャーがありました。僕が出ることによって、視聴者の皆さんに「うさ忠だ!」と余計な思いをさせてしまうのではないかと。

■「自分が何をしたのかほとんど記憶がない(笑)」

ーーそんな相模の彦十ですが、演じてみて感じた魅力を教えてください。

感情を素直に出せるし、うれしい時はパーッと喜べる。ちょっとずるいところや調子のいいところがあったりして、すごくチャーミングな役柄です。「何をしようか」といろいろ考えたのですが、やはり脚本が良いので、あまり自分で考えすぎるのはやめようと思いました。台本に書いてあることをきっちり演じて、あとは現場の皆さんと一緒に作っていけばいいのかなと。

ーー松本幸四郎主演「鬼平犯科帳」に出演してみて、現場の雰囲気はどうでしたか?

京都の撮影所自体が久しぶりだったので、懐かしかったです。監督の「よーい、はい!」という独特の緊張感があって、「これが京都の撮影所の良さなんだよな」と思いながら演じていました。ただ、見た目も年を重ねましたし、演じている役も違うからか、現場ではとても気を使ってくださって。内心は「そんなに気を使わないでくれ」と思いながら現場にいました(笑)。

ーーかなりのプレッシャーがあったようですね。

現場で“うさ忠”の面影を求められているのか、それとも火野さんの“相模の彦十”を求められているのか、探り探りで不安でした。しかも、いきなり「密告」のラストシーンがクランクインだったんです。幸四郎さんと初めて2人きりのシーンで。「いきなりラストかい!」とガチガチに緊張してしまって、自分が何をしたのかほとんど記憶がありません(笑)。

だから撮影が終わってから、カメラマンの江原(祥二)さんたちとよく反省会をしていました。江原さんから「尾美ちゃん、今日は反省会や」って呼ばれるのですが、別に反省させられるわけではなくて、「早く慣れてくださいね」という気遣いだったんだと思います。

■「(幸四郎と染五郎、父子二人との共演で)“DNA”みたいなものを感じる」

ーー「密告」で幸四郎さんのお芝居を見て、印象に残っていることはありますか?

幸四郎さんが瞬きを二回パパッとしたシーンがあるのですが、僕の中ではとても感動的な場面で、泣かされました。幸四郎さんご自身のお芝居なのか、監督がリクエストしたお芝居なのかは分かりませんが、僕は観ていて勝手にやられちゃいましたね。スクリーンで観ると細かいお芝居まで観られると思います。

ーー二代の「鬼平」に仕えてみて、二人の違いなどはどう思いましたか?

お二人の個性の違いはありますが、発声の仕方や間の取り方など、ふとした瞬間に似ている感覚があって、ゾクッとする時があります。「あれ?」って思いますよ。

ーー染五郎さんと幸四郎さん、二人との共演で「親子だな」と感じたことはありましたか?

親子だなと意識することはあまりなかったですが、“DNA”みたいなものは感じます。お二人とも歌舞伎俳優の方ならではの、「ここでこういうお芝居が来るか」「ここで声をそう落とすか」という芝居の凄みを感じたり。

特に染五郎さんはお若いのに本当にしっかりしていますよね。歌舞伎座で上演された「鬼平犯科帳」も観に行ったのですが、お芝居の後に染五郎さんが市川團子さんと「蝶の道行」を2人で踊られていて。その多彩さに、「すごいな」と改めて感心しました。

■「浅利さんとは、現場ではあえて近寄らないように(笑)」

ーー「鬼平犯科帳」の現場自体には、過去と比べて違いはありましたか?

VFXの技術はすごいなと思いました。完成したものを見させていただき、江戸や本所の街並み、お屋敷の周りなどの画の奥行きが素晴らしいなと。現代の皆さんからすると時代劇は現実的ではない世界だと思いますが、VFXの映像に助けられることで没入感が増して、すっとその世界に入っていきやすくなっているなと感じました。

ーー「密告」の中では木村忠吾役を演じる浅利陽介さんとの共演シーンもあり、かつて尾美さんが同じ役をやっていたことを踏まえたようなアドリブのセリフもありましたね。

浅利さんとは、現場ではお互いあえて近寄らないようにしていました(笑)。そうしたら現場で、山下監督とスクリプターの方が「ここで『なんか他人とは思えねえんだよな、なんだろう』ってセリフを言ってください」と言われまして。「なんで言うの!」と思ったのですが、「いや、視聴者がよろこびますから」って(笑)。僕の中ではかなり重たいアドリブでしたが、「『鬼平犯科帳』ファンの方によろこんでいただけるなら」という思いでやらせていただきました。

■「吉右衛門さんは小道具を使うのがすごく上手くて」

ーー中村吉右衛門主演シリーズの時代にうさ忠として受けてきた教えが、今回活きたなと感じる瞬間はありましたか?

吉右衛門さんは小道具を使うのがとても上手くて、本当にいろいろなことをご存知でした。具体的に教えていただいたのは“手ぬぐいの持ち方”ですね。手ぬぐいを腰に下げたり懐に入れたりするちょっとした扱いで、その人物の職業が出せるのだと教わりました。あとは「刀は重たいものだ」という基本的なことなど、キャラクターに合わせた表現の仕方をたくさん教わりました。この知識は、今回の「鬼平犯科帳」に限らず、他の時代劇を演じる時にも活かされています。

ーー時代劇の現場ではいつもふんどしをつけていると聞きましたが、今回もそうですか?

今回もふんどしを履いていましたね。すごくいいですよ(笑)。ただ、女房からは「家で洗濯して干すのがちょっと恥ずかしい」と言われますけどね。今回は着流しで足元があまり見えないので、シームレスパンツのような便利なものも試してみようかと思いつつ、念のため毎回ふんどしは現場に用意して行きます。

■「『鬼平犯科帳』はちゃんと“人”を描いている」

ーー今回「鬼平犯科帳」を通して、改めて役者として時代劇の楽しさや難しさを感じたことはありましたか?

カツラをつけたり衣装を着たりすることで、現実から少し離れられるんですよね。支度をしている間に気持ちの準備ができて、スッと役に入っていける。そこは時代劇のいいところだなと思います。

ただ、どうしても普段の洋服を着ている時の動きになりがちなので、現場で「それだとおかしいですよ、背筋を伸ばしてください」と指摘されることもあって。教えていただけるのがすごくうれしいんです。年齢を重ねてくると、周りも気を使ってあまり言ってくれなくなりますからね。現代風の動きではなく、指の関節のちょっとした角度や足の運び方など、細かい所作を学べるのも時代劇ならではの楽しさだと思います。

ーー最後に、何代にもわたって長く愛される「鬼平犯科帳」の魅力は何だと思いますか?

やはり、きちんと“人”を描いていることではないでしょうか。出来事や事件にスポットライトを当ててドラマを作ることもありますが、「鬼平犯科帳」はすごく“人”にスポットライトを当てて、深く掘り下げる。そういうところが、皆さんが見ていて面白いと感じる部分なんじゃないかと思います。

取材・構成・文=戸塚安友奈



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