(写真撮影/相馬ミナ)
6月29日(月) 7:00
食の仕事をする人たちはキッチンにどんな工夫をしているのか。シリーズで紹介していく「キッチンは語る」、1回目は料理家の小堀紀代美(こぼり・きよみ)さん宅にお邪魔しました。引越してまだ1年という住まいは閑静な住宅地にある築50年の一軒家。リノベーションしたコの字形のキッチンには、小堀さんならではのセンスが詰め込まれています。収納や動線など真似したくなるアイデアとともに、愛用の調味料や調理道具、さらに今夜の一品に役立つレシピも教えてもらいました。
クローズドタイプのキッチンをオープンスタイルに大胆アレンジ
「うちは引越しが多くて、これまで15回は住み替えをしていますね」
こう語るのは料理教室「LIKE LIKE KITCHEN」を主宰する料理家の小堀紀代美さんです。結婚してから住んだのは、東京都杉並区の永福町、渋谷区では松濤、広尾、南平台、世田谷区では駒沢や深沢など。千鳥ヶ淵のそばにも暮らしたことがあるとか
「新築物件を買ったり、注文住宅を建てたりした経験もあるのですが、基本的には賃貸派。うちは夫婦2人なので資産としての家を残す必要はないですし、いつでも引越せる身軽さも魅力ですね」
現在暮らすのもやはり賃貸、目黒区の住宅街にある1976年築の一戸建てです。もともと彫金作家のアトリエ兼住居だったという家は、中庭を囲んでコの字に建物が連なり、どの部屋からも庭の緑を眺められます。玄関を入ると目に飛び込んでくる、ガラス張りで吹き抜けの階段ホールも圧巻の美しさ。たっぷりの光が降り注ぐ空間はまるで南仏の家のようです。
この家に引越したのは昨年(2025年)5月。
「前に住んでいた深沢のマンションは賃貸でもリフォームができ、とても気に入っていたんです。だから、しばらく引越すつもりはなかったのですが、30年来の付き合いがある不動産会社の担当者から『好きそうな物件がありますよ』と連絡をもらって見学してみることにしたんです。築50年の古さはあったのですが、間取りが個性的で素敵だなと。大家さんと相談の上、リフォームしてもいいですよと言ってもらえたので引越しを決めました」
小堀さんが特に心惹かれたのはテラコッタの床でした。くすみのある赤の色味が室内を明るく彩ります。
「タイル敷きなら靴のまま上がってもらえるので、その点でも私の好みにぴったり。教室のときにスリッパが玄関にばーっと広がるのが好きではなく、使った後に一つ一つ拭くのも大変だから、前の家も土足OKのタイル敷きにしていたんです」
改修にかけた期間は2カ月半。ひと目惚れしたテラコッタの床をはじめ、もともとの家の魅力は残しつつ、自分たちらしい住まいになるよう手が加えられました。特に力を入れたのは、小堀さんにとっては仕事場であり、料理教室のレッスン場所にもなるキッチンです。
「一日のなかで一番長くいるのがキッチン。朝から晩まで立ちっぱなしということもよくあるので、心地よく過ごせて使い勝手がよくなるよう考えました。もとの間取りでは壁で仕切られたクローズドタイプのキッチンだったのですが、壁を取り払って開放的なオープンキッチンに。レッスン中にプロセスを見てもらったり、レシピ本や雑誌の撮影もしやすいんです。キッチンとダイニングを仕切りとして、奥行きのあるカウンターを造作したのもポイントです。レッスンでは生徒さんも一緒に料理を盛り付けたりする場所としてもこのカウンターが活躍していますね」
さらに、壁付けの一列型だったキッチンカウンターはL字型にアレンジ。それにより作業スペースを広くとることができました。洗濯機置き場があった一角はパントリーにして冷蔵庫もここへ。冷蔵庫から食材を取り出し、洗って切って加熱するという流れがスムーズにできます。
「キッチン内は幅120cm程度取ってあるので複数で作業しやすく、生徒さんたちがキッチンに入って手元を見ることもできます。ゆったりしているので友達が来たときも一緒にキッチンに立てるから楽しいですね」
レッスンでは、 デモンストレーションの後に試食の時間があり、そのためのダイニングはキッチンカウンター前のテーブルのほかに玄関を挟んで反対側にも設けられています。この第二のダイニングによってゆっくり試食タイムを楽しんでもらえるそうです。
収納にも小堀さんのアイデアとセンスが発揮されています。その一つが先述のキッチンとダイニングを間仕切るカウンター。造作したこのカウンターの下にはなんと20年来愛用しているという北欧のヴィンテージチェストがすっぽりビルトインされています。
「キッチンやダイニングのスペースは前の家より少し狭くなったので、このスタイルを考えました。カウンターよりもチェストのほうが小さいので、両端や背面など残りのスペースも収納にして引き出しやスライド式の棚板などを取り付けています。キッチン側とダイニング側の両方から取り出せるようにして、使う場所に応じて収納するものを振り分けています」
そうした機能性だけでなく、デザイン性までしっかり考えられているところもインテリア好きの小堀さんならではです。チェストの両サイドに設けた収納の扉は、かごめ編みのラタンをチョイス。シックで優しい見た目がヴィンテージチェストにしっくり馴染んでいます。白いメラミン板のカウンタートップは真鍮で縁取ってさりげないアクセントに。こうしたデザインはご自身で考え、リフォームを依頼した工務店にオーダーしたそうで「デザイン会社に依頼する方法もありますが、イメージが決まっているなら工務店に依頼したほうが効率がよく、費用も抑えられますよ」とは小堀さんからのアドバイスです。
こうした“隠す収納”に対して、シンクの上には“見せる収納”としてオープン棚を設置しています。そのために窓を小さくして、既存のつり戸棚もはずしたそうです。
「すべて隠してすっきりさせるのもいいのですが、無機質になると落ち着かなくて。以前だったらこういうところにカラフルなかわいいカップなどを置いていたのですが、最近は色数を抑えた落ち着いた雰囲気がいいなと思うようになりました」
一方、ダイニングで存在感を放つのが大きな本棚です。旅先で見つけた海外の料理本などが色別にズラリと並んでカラフル。この棚は料理教室を開くときにオーダーしたもので、「LIKE LIKE KITCHEN」のシンボルになっています。
「悩んだのは置き場ですね。前の家では壁に収まっていたのですが、今の家はそのままでは入らなくて。なので、端をカットしてカウンターとつなげました。カウンターから延びている感じも面白いかなと思って。背面の壁を床に合わせてテラコッタ色にしたので、本棚もグリーンから少し濃いめのテラコッタカラーに塗り替えて空間にフィットさせています。前の家と同様に、引き出しにはカトラリーを入れて、ストウブなどの鍋もここへ。オープンラックだから重い鍋も取り出しやすくすっかり定位置になっていますね」
キッチンの使いこなしにも小堀さんならではのマイルールがあります。
「何も物が出ていない整然としたキッチンに憧れはありますが、私の場合、料理をしている間はボウルなど必要なものをわさっと出して手の届くところに広げています。もちろん、最初にそれぞれ物の置き場を決めているので、スタッフが来てもそこを開ければいい状態に戻します。でも、その都度マメに元に戻すよりも仕事終わりに一気に片付けることが多いですね。だから、片付いてないときに人が来た場合には、スッキリ見えるようにカゴや引き出しなどとりあえず何でも入れていい避難場所をつくっていますね」
料理をよくする人ほど調理道具や食材が増え、キッチンは雑然としがち。小堀さんのように一時避難の場所をつくって後で整理することをパターン化すれば、「片付けなきゃ」とプレッシャーからも解放されそうです。
使いやすくリフォームされたキッチンとともに、食のプロが愛用するキッチンアイテムも気になるところ。そこで調理道具や調味料から小堀さんのお気に入りの品々を披露していただきました。
まず数ある調理道具からピックアップされたのはスプーン。
「混ぜたり、味見をしたり、盛り付けたりとスプーンってなにかと便利なんですね。用途に応じて使い分けられるようサイズや形の違うものをいろいろそろえています。例えば、アメリカのソーダスプーンは柄が長いので味見に便利。韓国のスッカラは混ぜるときに、インドのスプーンは大きくて浅いので盛り付けや取り分け用に使っています」
素材はステンレス、真鍮、アルミとさまざま。使い勝手がよく目にも楽しいスプーンをそろえると、台所仕事が一段とはかどるそうです。
一方、調味料から挙がったのは醤油や塩など基本アイテムです。
醤油は古式製法で醸造する滋賀県「丸中醤油」の濃口を長年愛用。「コクがあって風味豊か。とにかくおいしいんです」。薄口は福岡県糸島の「ミツル醤油」の“生成り うすくち”を使っているそうで、「淡い色味ながらうま味がしっかりあります。4代目が昔ながらの製法を復活させたという話に興味をもって使い始めました」
みりんは石川県金沢「福光屋」の“福みりん”。「甘味の深い三年熟成や十年熟成もあるのですが、私はお砂糖と併用することが多いので一番淡く軽やかなものを選んでいます」
酢は米づくりから手がける京都「飯尾醸造」の“純米富士酢”。「まろやかなうま味があって余韻も長い。お酢でアクセントをつけたいときや、しっかりお酢を感じさせたい料理に使います」。ちなみに、同じ京都の「村山造酢」の“千鳥酢”も常備し、柔らかい酸味からマリネなどにはこちらを使っているとのこと。
塩も同様に、仕上げ用など数種類を使い分け、その中で調理中にはイタリアの天然海塩“モティア”を活用。「そのままなめるとちょっと塩辛いのですが、ミネラル豊富でうま味があるので素材や水分と合わさったときに甘味が出てきます。細かいから馴染みやすく、少量でしっかり味がつくところも気に入っています」
いずれも製法にこだわりのある上質な品ばかりですが、「きちんとつくられた調味料を使うとシンプルな料理でも味が引き立ちますよ」と小堀さん。調味料を見直してみるといつもの料理もワンランクアップしそうです。
これら逸品調味料を駆使してとっておきの料理も披露していただきました。つくり出されたのは “シンプル肉じゃが”です。
「肉じゃがは家庭によっていろいろですが、これはわが家の味。素材と調味料の味を活かしたレシピなんですよ」
一般的な肉じゃがと大きく違うのはだしや水を一滴も加えずに煮込む点。しかも、じゃがいもは切らずに丸ごと使い、30分以上かけてゆっくりと味を含ませていきます。
「みりんやお砂糖を入れて煮込み、お醤油は後から加えるのもコツ。そうするとじゃがいもにしっかり味が染み込んで、お肉も硬くなりません。今回は厚手の蓋付き鍋を使いましたが、薄手の鍋の場合は焦げつきやすいので水を少し加えてください」
小堀さん家のシンプル肉じゃが
●材料(4人分)
※直径20~22cmの鍋を使用
・豚バラスライス肉(6~7cmの長さに切る)…300g
・玉ねぎ(くし形切り)…1.5個 (300g)
・じゃがいも(メイクイーン/皮を剥いて丸ごとのまま)… 4個(約500g)
・米油(サラダ油でも可)…大さじ1/2
・生姜(洗って皮付きのままやや太め短めの棒状に切る)…20g
・塩…少々
・黒こしょう…少々
・酒…大さじ1
・みりん…大さじ1と1/2
・砂糖…小さじ2
※薄手の鍋の場合は水…50ml
・醤油…大さじ3
・絹さや(またはいんげん/塩茹でして斜めに千切り)…適量
●つくり方
①鍋に米油と生姜を入れて香りが立つまで中火で炒める。
②豚バラスライス肉を加えて炒め、色が変わってきたら塩と黒こしょうを加えてさっと炒める。酒を加えて鍋底から大きく混ぜる。張り付いていればヘラなどでこそげとる。
③玉ねぎとじゃがいもを入れたら、みりんと砂糖を加えてひと混ぜする。水を入れる場合はこのタイミングで加える。
④アルミホイルなどで落し蓋をし、その上から蓋をして弱火で20~25分煮る。
⑤醤油を加えて混ぜたら、落とし蓋と蓋をしてさらに10~15分煮る。じゃがいもに竹串がすっーと通ればOK。火を止めて20~30分以上休ませる。
⑥食べる直前に温める。味をみてまとまっていなければ、じゃがいもを取り出してから煮汁を煮詰める。
器にじゃがいもを盛り付け、その上に豚肉を煮汁ごとかける。黒こしょうを振って上に絹さやをのせれば出来上がり。
大きなじゃがいもがゴロンと入る肉じゃがは食べ応えがあり、ビジュアルもパワフル。豚バラ肉のうま味と玉ねぎの甘味が溶け出した煮汁は定番の甘辛ながら味わい深く、だしが入らない分、素材のピュアな風味がストレートに感じられます。白ご飯との相性は言わずもがなで、「残ったお肉をご飯にのせて丼風に食べてもおいしいですよ」と小堀さん。一品で二度おいしい“ご馳走肉じゃが”と呼びたくなります。
引越すたびにキッチンを自分らしく使いやすいスタイルに変えてきた小堀さん。新しい住まいでも長年使い続ける家具を活用しながら、1日中いても苦にならない温かみのある空間がつくられていました。もちろん、居心地のよさは人それぞれ。どんな空間なら料理を楽しくできるのかをまず考えると、理想のキッチンの答えを導き出せるかもしれません。
●取材協力
小堀紀代美さん
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