皇室典範改正の議論が大詰めを迎えるなか、政府の対応をめぐり新たな論点が浮上している。6月12日の衆院内閣委員会では、宮内庁が養子による皇籍取得の「先例はない」と答弁。さらに25日には、衆参両院正副議長が養子の対象を「15歳以上」などに限定する改正要綱を了承した。こうした一連の動きに対し、皇室史研究家の倉山満氏は、歴史認識と法案の細部に看過できない問題点があると指摘する(以下、倉山氏による寄稿)。
あとは取りまとめるだけの段階のはずが……
政府自民党は、いったい何をモタモタしているのか?
とっくに大勢は決している。皇室典範改正案は、政府案に衆議院で94%、参議院で74%の議員が賛成。あとは隙が無いように、政府が法案を取りまとめるだけの段階だ。
法案の中身は、第一に「女性皇族が婚姻後も皇族の身分を保持する事」で、第二に「旧皇族の養子による皇籍取得」である。第一案は、減り続ける皇族数を確保するために、現行法では結婚したら民間人にならねばならない女性皇族が、皇室に残れるようにすること。第二は、悠仁殿下に男の子が生まれなければ男性皇族は次世代にゼロになる。だからGHQの圧力により皇籍を奪われた旧皇族の子孫の方々に、本来の身分を取り戻してもらおうとの案だ。
一部野党で、いまだに抵抗の姿勢を示している議員がいるが、本気なのは野田佳彦元首相くらい。あとは軽佻浮薄なマスコミやSNSへの便乗か、野田氏への義理立て、あるいは支持者向けのポーズにすぎない。もはや一部野党は障害では無い。すべて政府与党の責任である。ところが、これが心もとない。
6月12日金曜日の内閣委員会で、中道の長妻昭議員が「その時点で皇族ではなかった人物が、養子により皇籍取得をした先例はあるか」と質問した。これに対し、宮内庁次長が「ない」と答えたのに続き、木原稔官房長官も「ない」と言い切ってしまった。迂闊にも程がある。案の定、毎日新聞をはじめとする政府案に反対のメディアは大はしゃぎ。官房長官の答弁は、そのまま政府見解なのだから。
養子により皇籍取得をした先例は「ない」との過ち
しかし、この騒動は二年前に続き、二度目である。あの時は馬淵澄夫衆議院議員(当時)の質問に対し、政府の担当者が「皇族の養子の先例はある。皇籍取得の先例はある。養子による皇籍取得の先例はないので、合わせて先例とする」などと、ややこしいことを言ったので、馬淵氏が大はしゃぎ。
ただ、その瞬間からSNSを中心に「お前は大河ドラマも見てないのか」と嘲笑の嵐。平安時代を描いた大河ドラマ『光る君へ』では、藤原道長の側室として、まさに養子による皇籍取得の先例である明子(めいし)女王(演・瀧内公美)が登場していた。また江戸時代の、伏見宮貞致(さだゆき)親王も養子による皇籍取得の先例である。貞致親王は、すべての旧皇族の祖でもある。
先例は必ずしも杓子定規の再現ではありえない。だが、そのまま当てはめられる先例があるのに、政府は何をしていたのか。各所から宮内庁と内閣府に指摘が届いたようだが、かたくなに過ちを修正しなかった。2年前は皇室典範改正に関する国会の全体会議など世間から注目されていなかったが、今は違う。
タブロイドメディアを含む左傾の輩は、旧皇族の方が皇籍取得した瞬間にバッシングする構えだ。私が敵方の人間なら、その時に「皇室の伝統を破壊して皇族になった人々」と叩く。事の重大さを考えれば、政府のメンツなど、風の前の塵に同じだ。過ちを改めるに憚ることなかれ。と言って、もう2週間以上、経った。いつ答弁修正するのか?
90点以上の内容にすれば良いのに、なぜ60点のままなのか
さて、政府が法案骨子と要綱を取りまとめ、衆参両院正副議長に提出した。その採点は?
第一案は及第点。女性皇族が皇室に残っても、配偶者と子供を皇族にしない設計になっている。皇女様と結婚したくらいで皇族になれるなどと知ったら、弓削道鏡や足利義満は失神するだろう。「皇族って、そんなに簡単になれるのか?」と。
衆議院で野党第一党の中道の取りまとめが60点の内容だったが、「政府自民党の邪魔をしない」の含意である。つまり90点以上の内容にすれば良いのに、なぜ60点のままなのか?自民党でも「単なる一般人の男を皇族にしないと明記せよ」との声が上がっている。何をためらうことがある? 今からでも追加すれば良い。
第二案の設計には、疑問が残る。
まず国会の全体会議で自民党しか主張していない「養子の対象者は15歳以上」の限定を法案化するらしい。何の為に? 根拠が「民法でも15歳が区切りだから」くらいの軽い感覚では困る。連立与党の藤田文武共同代表が指摘していたのに、耳を貸さなかった。すべて自民党の責任である。
対象者には高校生も含まれていると聞く。高校生に「僕は国民としての自由を捨て、皇族となって自分の人生を捧げます!」などと言わせる気か? 実際に、そういう大変な話である。対象者には赤ん坊もいるが、はずすことになる。しかし、政府が親御さんを説得し、「物心ついた時には皇族」の方が良いのでは?
既に政府が裏で話をつけていたとしても、心変わりもあるのだから。いずれにしても、ただでさえ旧皇族の方々にお願いして皇族になってもらわねばならないのに、対象者を法律の段階で絞ってどうする?
旧皇族が皇籍取得した時の身位は親王なのか王なのか
等々、色々と言いたいが、何より問題なのは、旧皇族が皇籍取得した時の身位は? 親王なのか王なのか。
親王は、原則として天皇の子か孫である。生まれながらに親王となるもの以外が親王になるには、天皇陛下による親王宣下が必要である。その手続きを復活させるのも、面倒である。
そう考えると、旧皇族の方々が身分を剥奪された時、全員が王であった。たとえば元首相の東久邇宮稔彦“王”(ひがしくにのみやなるひこおう)のように。ならば、王の身分を奪われた方が本来の身分を回復されるなら、王がふさわしい。
だが王の皇族費は、親王の七割である。国民としての自由を捨てて皇族になっていただくのに、たかが一千万単位の金も手当てしないで、失礼にも程がある。ところが、政府が改正する法律の対象に、この部分の皇室経済法が入っていない。怠慢と評するほかない。
議論を始めて、5年も経つ。法案を整備する時間など、十二分にあった。一体、政府は何をしていたのか? もはや、日本政府の政権担当能力を疑うしかない。
皇室を守るためには、国民が政府への監視を強めねばならない。
【倉山 満】
皇室史家。憲政史研究家。1973年、香川県生まれ。救国シンクタンク理事長兼所長。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中から’15年まで、国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務める。現在は、「倉山塾」塾長、ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰。著書に『13歳からの「くにまもり」』など多数。ベストセラー「嘘だらけシリーズ」の最新作『噓だらけの日本近世史』が2月28日より発売
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