連載第106回
サッカー観戦7700試合超! 後藤健生の「来た、観た、蹴った」
現場観戦7700試合を達成したベテランサッカージャーナリストの後藤健生氏が、豊富な取材経験からサッカーの歴史、文化、エピソードを綴ります。
北中米大会でじつに14大会連続のW杯観戦になる後藤氏。今回は32年前のW杯から大きく様変わりし、豪華になったアメリカのスタジアム事情を紹介します。
【世界一豪華なスタジアム】
僕はオランダ戦を日本で観戦してから6月17日に出発して、時差の関係で当日にロサンゼルスに到着。最初に観戦したのは6月18日のスイス対ボスニア・ヘルツェゴビナだった。
ワールドカップのスイス対ボスニア・ヘルツェゴビナが行なわれた、ロサンゼルス・スタジアムphoto by Getty Images
スイスは、アンカーのグラニト・ジャカを中心として大きくピッチを使い、終始ゲームを支配。相手の分厚い守備に手を焼いていたが、後半のハイドレーションブレークの後に積極的に選手交代を行ない、相手に退場者が出たこともあって4対1と快勝した。
「仕掛けるタイミングが重要だった」とムラト・ヤキン監督は豪語。
相手を疲弊させておいて、スペースができ始めた時間に攻撃力を上げて勝負を決める......。「勝利の方程式」のような勝ち方だったが、ハイドレーションブレークの存在によって、今後はそうした戦い方はますます増えていくだろう。
ハイドレーションブレーク(事実上の「CMブレーク」)の導入によって、サッカーはクォーター制に変化していくのかもしれない。
この試合の会場となったのは、ロサンゼルス国際空港にも近いイングルウッド地区にあるSoFiスタジアム(W杯期間中は「ロサンゼルス・スタジアム」と呼ばれる)。W杯期間中の収容力は7万0492人だ。
アメリカン・フットボール(NFL)のチャージャーズとラムズの本拠地であり、今年のW杯に続いて、2028年にはロサンゼルス五輪の開会式会場ともなる。
デザイン的な特徴は、スタジアム全体や外周部までを覆う透光率が高い半透明の屋根。テキサス州などに比べれば夏でも過ごしやすいロサンゼルスなので密閉式ではなく、屋根とスタンドの間に大きな間隙を設けることで、外部と空間的につながっている。
そして、ピッチの上空には巨大な4K大型スクリーンが吊り下げられている。
「世界一豪華なスタジアム」と言われ、総工費はなんと約50億ドル(約7500~8000億円)というから、東京五輪前に巨額の建設費を巡って物議を醸した新国立競技場の「ザハ・ハディド案」の倍以上の金額となる。
実際に行ってみて、あまりに大きすぎるような気もしたが、たしかに「巨大で豪華」であるのは間違いない。何事にも「大きいことはよいことだ」というアメリカ人の伝統的価値観を表しているのだろう。
【ロサンゼルスの巨大スタジアムたち】
日本代表がグループリーグで2試合を戦うダラスのAT&Tスタジアムなどもそうだが、最近のアメリカではアメリカン・フットボール用の巨大で豪華なスタジアムの建設が続いている。
「さすが、スポーツ大国」である。
しかし、32年前にアメリカW杯が開催された頃、様相はまったく違った。巨大ではあるが旧式なスタジアムばかりで、僕は「アメリカはスポーツ大国のはずなのに」と驚いたのである。
1994年大会の決勝戦はロサンゼルス郊外パサデナにあるローズボウルで開催された。
イタリアが2戦目の負傷から復帰したDFフランコ・バレージ率いる守備でブラジルを完封。しかし、PK戦では攻守の中心、バレージとロベルト・バッジョが失敗してブラジルが優勝を飾った。
「ローズボウル」の「ボウル」は、「サラダボウル」という時の「ボウル」と一緒だ。すり鉢状のスタンドを食器の「ボウル」に喩えた表現で、こうした形状のスタジアムが「ボウル」と呼ばれる。また、カレッジ・フットボールの重要な試合は各地の名産品の名を使って「〇〇ボウル」と呼ばれる。たとえば、テキサス州ダラスでの試合は「コットンボウル」(アメリカ南部はコットン=綿花の供給地だった)。日本のXリーグの決勝戦も「ライスボウル」と呼ばれている。
さて、そのスタジアムとしてのローズボウルは完成が1922年。築100年を超える古いスタジアムだ。
「ボウル」という名の通り、全体がシンプルな一層式のすり鉢状のスタンドで構成されている。収容人員が9万2000人というから、SoFiスタジアムよりはるかに大きい。
ロサンゼルスにはダウンタウン近くにもメモリアル・コロシアムというやはり9万人超を収容できた巨大スタジアムが存在する(1923年完成・現在は7万7500人収容)。1932年と1984年の夏季五輪のメインスタジアムとなったところだ。
普段はフットボール専用スタジアムだが、陸上競技場に改装できるのだ。昔のスタジアムはこうした多目的な造りが普通だった。ちなみに、大谷翔平などが活躍しているMLBのドジャースはもともとニューヨークのブルックリン地区にあった球団だが、1958年にロサンゼルスに移転。1962年にドジャースタジアムが完成するまでは、メモリアル・コロシアムを改装して使っていた。
野球場として使うのは不便だったらしいが、なにしろ9万人を収容するスタジアムだったので、MLBの観客動員記録の多くは現在でもメモリアル・コロシアム時代のものだ。
【32年前は当時として旧式のスタジアムが多かった】
さて、ローズボウルに話を戻そう。
ローズボウルのスタンドには、屋根などはいっさいなかった。1994年W杯決勝戦の映像を見ると、頭上からの直射日光を浴びていかにも暑そうに見えるだろう。ただ、猛暑に見舞われたアメリカ東部に比べて、ロサンゼルスは過ごしやすかったのではあるが。
ローズボウルで行なわれた1994年W杯の決勝photo by Getty Images
記者席はメイン側の最後列にあり、スタンド後方に本部用の建物が立っているので、日陰になっていて助かった記憶がある。
1994年W杯で使われたスタジアムは、ほとんどがローズボウルと同様に巨大ではあるが旧式のスタジアムだった。
ボストンでの試合は、今回と同じフォックスボロで開催された。現在のスタジアムは当時の旧式スタジアムの隣に新たに建設されたものだが、こちらは今でも屋根が付いていない。
マサチューセッツ州は、暑さはそれほどではないが、冬は相当に寒い。
アメリカン・フットボールは冬場のスポーツなので、ボストンのニューイングランド・ペイトリオッツのホームゲームでは、吹雪のなかで満員の観衆が入ったスタンドから湯気が立ち上っているような映像を見ることがある。
1994年W杯で唯一屋根付きだったのは、デトロイト近郊のポンティアックにあったシルバードーム。完全密閉のドーム型スタジアムだった。
ただし、このドームは冬の寒さを防ぐためのものだったので、冷房が付いていなかったのだ。したがって、デトロイトはそんなに暑い場所ではないのに、ドーム内は蒸し暑くて閉口した記憶がある。
1990年代というと、欧州サッカー界では1980年代に起こったいくつかのスタジアム事故(「ヘイゼル」とか「ヒルズボロ」など)を受けて、スタジアムの改築が始まっていた頃だ。
欧州のスタジアムは、アメリカほど巨大ではないが、限られた敷地の中に建てられたコンパクトな設計だ。雨風を防ぐための屋根も、欧州では昔から普通のことだった。
そんな、欧州の基準で考えると1994年のアメリカのスタジアムは信じられないほど旧式のものばかりだったのだ。
しかし、32年という時間で、アメリカのスタジアム事情はすっかり様変わりしたようである。
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