
『私の謎 柄谷行人回想録』(講談社)著者:柄谷 行人
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◆60年の思考の軌跡 時代の特異点
希有な回想録である。ここにはノスタルジーがない。情景描写がない。武勇伝がない。つまり「自己愛」的な要素がきわめて少ない。そもそも著者自身が主役にみえないのだ。記されているのは60年に及ぶ「思想」、というよりは「思考」の軌跡である。インタビュアーの周到な準備と巧みな構成によって、「柄谷思想」を概観できる格好の入門書としても読める。
著者のファンの一人として、評者なりの思い出を少々語るなら、一九八〇年代から九〇年代にかけての柄谷行人の存在感は絶大だった。評者より前の世代の思想的スターが吉本隆明であったのと同じ意味で、柄谷行人は「スター」であった。文芸批評に構造主義的・脱構築的な手法を導入し、文学を哲学的・社会論的に深化させ、東浩紀など後進世代の批評家に多大な影響を与えた。その名は国際的にも広く知られ、ド・マン、サイード、デリダ、ジジェクらとも交流し、多くの著作が英訳されている。日本の思想家として国際的に最も広く参照される存在で、バーグルエン哲学・文化賞(二〇二二年)をアジア人として初受賞したことは記憶に新しい。評者もその思考スタイルには大いに感化された一人だ。
この回想録を読んで驚かされるのは、著者が自身の膨大な業績を、まるで他人事のように俯瞰(ふかん)していることだ。「小学校に入ってから二年間、教室で口をきかなかった。そのような引っ込み思案な人間が、偶然の出会いが重なるなかで、自然と、日本のみならず外国でまで、著作を発表したり教えたりするようになっていったのだ。それは、努力したり目指したりして実現したことではなかった。いわば、『向こうから来た』ことだった」というのだ。この、あまりに受け身的な記述を真に受けるなら、柄谷は天才的個人というよりも、あの時代の思想ネットワークに突如出現した特異点のような存在だったのではないかと思えてくる。
評者はかつて柄谷と同時期に、朝日新聞の書評委員を務めたことがある。懇親会である質問をした。著作を読むと精神分析家ラカンの理論と共鳴する箇所がかなりあるのに、ラカンへの直接の言及はない。どうしてですか。その答えが忘れられない。「僕には“享楽”がないんだよ」。なるほど、だから享楽と関連が深い自己愛の気配が乏しいのか、と妙に納得した記憶がある。
かつて柄谷は「考える機械」と評されたことがある。目の前に置かれた問いを、独自のアルゴリズムで旺盛に消化し、誰も見たことのないアイディアを出力する機械。いっけん戯画的ではあるが、これはひょっとすると著者自身の自己認識にも近いのではないか。その思考プロセスは柄谷自身にとっても「他者」であり、その他者が何を主題とし、どういう結論を出すかについては著者のコントロールも及ばない。そんな感覚があるのではないか。そう考えると「私の謎」というタイトルは絶妙である。「私」の中で、謎の機械が思考するのだ。機械は過去を顧みず、衰えを気にすることもなく、未解決のテーマについて――例えば「交換様式D」について――どこまでも思考を続ける。その過程を傍観者のように語る著者の言葉のほうに、わずかな享楽の兆しを見て取るのは、果たして穿(うが)ちすぎだろうか。
【書き手】
斎藤 環
1961年、岩手県生まれ。1990年、筑波大学医学専門学群 環境生態学 卒業。医学博士。爽風会佐々木病院精神科診療部長(1987年より勤務)を経て、2013年より筑波大学医学医療系社会精神保健学教授。また,青少年健康センターで「実践的ひきこもり講座」ならびに「ひきこもり家族会」を主宰。専門は思春期・青年期の精神病理、および病跡学。
【初出メディア】
毎日新聞 2026年6月20日
【書誌情報】
私の謎 柄谷行人回想録
著者:柄谷 行人
出版社:講談社
装丁:単行本(456ページ)
発売日:2026-04-23
ISBN-10:4065429331
ISBN-13:978-4065429334
