新日本プロレスの人気プロレスラーにして「100年に一人の逸材」と言わしめ、プロレスラーを引退したばかりの第11代社長(’23年12月就任)棚橋弘至が、日々の激務のなかでひらめいたビジネス哲学を綴っていく。今回は「ブシロード体制の14年」について。棚橋社長はいったいどんな結論に至ったのか。(以下、棚橋弘至氏の寄稿)
vol.76 ブシロード体制の14年。新日本とスターダムが、それぞれの道へ
ニッポン放送さんで、’24年の11月から始まったラジオ番組『新日本プロレス×スターダム presents RADIO X−over』。
MCに吉田尚記アナウンサーを据えて、新日本プロレスかスターダムの選手と他ジャンルのゲストとでトークを繰り広げていく番組でした。その番組が終わります。
6月22日のオンエア回が最後の出演。僕は第1回、2回のゲストに呼んでいただいた以来となりました。その当時は、まだ現役でしたね。
こうして久しぶりに出演することとなったわけですが、いろいろな思いが湧き上がってきました。
なぜなら、先日、5月27日に報道があった通り、新日本プロレスは6月30日からテレビ朝日グループへ。スターダムは、そのままブシロードグループに残ることになり、袂を分かちます。
番組のホームページにも出演したプロレスラーの写真がずらりと載っていますが、終わりを知ってから見ると、やはり寂しさも感じます。
ちなみに、この【クロスオーバー】の意味は「異なる分野が境界を超えて融合したりすること」。
男子プロレスと女子プロレス。それぞれの良さを広く知ってもらえれば、という目的があってのスタートだったと思います。
新日本プロレスとスターダムは、事務所も同じ階のワンフロアをシェアして使っており、朝礼も一緒でした。
スターダムの岡田太郎社長は、頭の回転がとても速く、俗に言う【しごでき】。朝礼の内容も毎回素晴らしく、その後に挨拶を控えている僕は、毎回、震えていたものです……(笑)。
こうして、スターダムとは兄妹のようにやってきました。『X−over』と、名のついた合同興行も2興行ありましたね。舞華選手に投げられたのも、良い思い出です。
あと数回でラジオも終わり、近い将来、新日本プロレスは、中野坂上の事務所を出ていくことになります。
……なりますが、妹の幸せを願わない兄はいない、というか、「お互い頑張っていこう!」と、そんな前向きな最後であればいいな、と思っています。
クロスして終わりを迎える。そんな『X−over』。
「なんか“文字”通りの結末……クロスして、オーバー(終了)してしまったな」
そう思いながら、ワンフロアの事務所内を、もう一度、見渡しました。
ブシロード体制になってからの14年に、思いを馳せるとそこにあったのは、やはり、ブシロード様への感謝の念でした。
そして、これから改めてパートナーとなる、テレビ朝日様、よろしくお願いします!
という、気持ちの切り替えを誰よりも早くできたのは、所属する選手にとっても一つの指標になるのではないかと思うのです。
今週のオレ社訓~This Week's LESSON~
袂を分かっても兄妹! お互い頑張っていこう!
<文/棚橋弘至写真/©新日本プロレス>
【棚橋弘至】
1976年生まれ。新日本プロレスの第11代社長(’23年12月就任)。’26年1月4日を以て現役を引退。キャッチコピーは「100年に一人の逸材」
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