1989年の公開以来、35年以上にわたって愛され続けてきた宮崎駿監督の不朽の名作『魔女の宅急便』が、スタジオジブリ監修の最高画質4Kデジタルリマスター版となって、6月19日より全国のIMAX劇場にて順次、期間限定上映中だ。一人前の魔女になるための修業として、相棒の黒猫ジジと共に故郷を旅立った13歳の魔女キキの成長物語。ここでは、誰かに「知ってた?」と言いたくなるような制作裏話やトリビアを紹介したい。
【画像を見る】いつまでも愛され続けるジブリの名作『魔女の宅急便』のトリビアを紹介!
■『魔女の宅急便』がスタジオジブリのターニングポイントに?
●『魔女の宅急便』制作のきっかけ
『魔女の宅急便』は、スタジオジブリとしては初めて外部からの持ち込み企画としてスタートした。ある映像制作・企画会社が角野栄子による同名児童文学のアニメ化を企画し、映画化権を取得。1987年春に電通を通じてジブリに企画が持ち込まれた時には、“宅急便”の商標を持ち、黒猫をロゴマークとするヤマト運輸のタイアップもすでに決定していた。当時のジブリは『となりのトトロ』(88)、『火垂るの墓』(88)の制作が始まったばかりだったが、児童文学を正面からアニメ化するというチャンスに惹かれた宮崎がプロデューサーとなり、若手監督が現場を担当するという方向にまとまった。
しかし、プロデューサーだけのつもりだった宮崎は、『トトロ』が完成したあと、自ら一気にシナリオを執筆。才能についての深いテーマ性が加わるなど、宮崎駿の作家としてのカラーが濃く反映された内容にもなり、結局、宮崎本人が監督も手掛けることになった。ちなみに当初、監督をする予定だったのは『この世界の片隅に』(16)の片渕須直。当時まだ20代だった片渕は本作の演出補として制作に参加している。
『風の谷のナウシカ』(84、※制作はトップクラフト)以降、実は当時のスタジオジブリは、『天空の城ラピュタ』(86)、『となりのトトロ』、『火垂るの墓』と評価の高さに反して、興行収入は減少する一方。経営難が続く厳しい状況のなか、宣伝にもいままでになく力を入れて公開された本作は、日本アニメーション映画の歴代興行収入記録を更新する大ヒット作に。この成功を機に、スタジオジブリはスタッフの社員化や固定給制度を打ちだすようになるなど、結果的にその後のスタジオ自体の運命をも大きく変える作品となった。
■主人公キキは様々な感情を知り、成長していく
●キキの再起に込められたメッセージ
魔女であるキキの特技はホウキに乗って空を飛ぶこと。その能力を使って、キキは“空飛ぶ宅急便屋さん”を開業する。飛ぶことは、キキにとって唯一ともいえる特技であり、生活の糧を得るための手段であり、飛行に憧れる少年トンボと友だちになれたきっかけでもある。だが、親元を離れ、新しい土地で一人頑張るキキのアイデンティティを支えていた大事な飛行能力がある時、突然失われてしまう。トンボと仲がいい女の子たちへの嫉妬や、トンボと彼の仲間たちを夢中にさせる飛行船に対するモヤモヤした複雑な気持ち。誘因は些細なことだったかもしれないが、その喪失によってキキは大きな焦りと恐怖を感じるのだ。
キキにとっての飛ぶ力は、人それぞれにとっての才能や特技に置き換えることができる。小さい頃から得意だったこと、持って生まれた才や素質は、物事を始めるきっかけにはなっても、ただそれだけでその人の一生を支えてくれるわけではない。感情の揺らぎやスランプ、自分ではコントロールできない出来事によって、容易に失われてしまうこともある。失われた才能を取り戻し、磨き続けるためには、精神的成長とたゆまぬ努力が不可欠なのだ。キキを励ます画学生ウルスラの言葉と、キキが再び飛ぶ時の原動力になる「誰かのために」という強い気持ちには、宮崎自身の思いと観る者へのメッセージが込められている。
●黒猫のジジがしゃべらなくなる理由
ジジはキキが生まれた時から一緒にいて、キキと会話ができる皮肉屋のオスの黒猫。劇中、キキがジジと言葉を交わせなくなったのは、ホウキに乗って飛べなくなったのと同時期だ。そのため、キキがもう一度空を飛べるようになったあとは、ジジとも再び人間の言葉で話せるようになるはずだと期待した人は多いはず。なのに、ラストでジジがキキの肩に飛び乗った時も、ジジはニャアと鳴くだけで、キキもそんなジジを静かに優しく受け止めている。
制作当時、ちょうど13歳の娘がいて、宮崎監督とも様々な話をしたというスタジオジブリのプロデューサー、鈴木敏夫によると、ジジの役割は単なるペットではなく、キキにとっての“もう一人の自分”を表しているとのこと。つまりジジとの会話は、心のなかのキキ自身との対話であり、ラストでジジとしゃべれなくなることは、もう分身は必要なくなったキキの成長を意味しているという。その裏設定を知ったあとで、キキとジジのやりとりを見直してみると、独り立ちに不安を抱きながらも、必死に自分を奮い立たせようとする少女キキのいじらしさが伝わってきて胸が熱くなる。
■キキの前に現れたかっこいい男の子トンボ
●トンボはモテる男をイメージして作られた?
トンボはキキより1歳年上、14歳の男の子。トンボのキャラクターを作るにあたっては、ジブリのスタッフの間で“モテる男”の条件が議論されたという。その時に挙がった3つの条件は「頭がいい」、「性格が明るい」、「ちょっと不良っぽいところがある」というもの。たしかに、飛行クラブに所属していて、自分でプロペラ自転車を組み立てるなど研究者肌っぽいところがあるトンボは頭がよさそうだ。キキと仲良くなりたいと思ったら、まっすぐにアプローチできるのは素直で明るい性格ゆえ。意外にも交友関係はわりと派手で、初対面のキキを屈託なくナンパ?するところなどは不良っぽい、と言えなくもないかもしれない。
劇中ではトンボよりもキキのほうが、彼をちょっと意識しているように描かれているが、宮崎監督としては、いかにキキとトンボの距離を保つか、恋愛関係にならず、あくまでも男友だちに留めておくかという点にこだわったという。ちなみにキキが30代になるまでの人生を描いた原作では、キキとトンボは結婚し、双子の姉弟の親になる。2人の最初の出会いを描いた本作を観ながら、彼らのその後に想いを馳せてみるのもいい。
●キキとトンボの声優は「コナン」「新一」コンビだった
本作のキャスティングでは、時間をかけてオーディションが行われた。当初、キキ役は同世代の女の子で探していたが、決定打となる人はなかなか見つからない。そこでキキ役の仮の声優を、もともとオーディションでウルスラ役に決まっていた高山みなみが担当することに。高山のキキのイメージにぴったり合った声を聞いて、急遽彼女がキキ役も務めることに決まった。主人公キキと、キキと絡むシーンが中心となる重要キャラクターのウルスラを1人2役で演じ分けるという離れ業を見事にやってのけた高山はさすがと言うしかない。
コリコの町で、キキの初めての友だちになるトンボを演じたのは山口勝平。のちに放送開始から30年続く大ヒットシリーズ「名探偵コナン」で、高山が江戸川コナン、山口が同一人物の工藤新一を演じていることを考えると感慨深いものがある。ちなみに『魔女の宅急便』のアフレコ初日の前の夜は、高山も山口もプレッシャーで眠れなかったとか。当時は2人とも20代半ばの若手。いまや大ベテラン声優の2人の初々しい姿を想像すると微笑ましい。
■少女の成長だけでなく、女性の一生が作品の裏テーマに
●作中描かれる女性たちはキキの未来の姿?
13歳の少女キキが奮闘しながら独り立ちする姿を描いた本作の物語は、女性の自立がテーマの一つ。全編にわたって数多くの女性キャラクターを登場させ、彼女たち全員を通して、一人の女性が年齢を重ね、成長していく姿をイメージしているという。まさに少女から女へと変わりつつある思春期のキキが出会う女性たちは、森のなかのログハウスで絵を描く18歳の画学生ウルスラ、キキの下宿先のパン屋のおかみさんで26歳の妊婦のおソノさん、古い屋敷に住んでいる料理好きで上品な老婦人など年代も職業も様々。
そのほかにも、キキが旅の途中、夜空の上で出会った修業期間中のおしゃれな先輩魔女は、占いという特技を生かして仕事をしているという話をしてくれるし、パン屋の近所に住むきれいなお姉さんはファッションデザイナーで、キキに憧れの気持ちを抱かせる。もちろん、キキのお母さんであり、魔法を使って村の人に薬を処方している37歳のコキリは、魔女としても大先輩。本作があらゆる世代の女性たちの深い共感を呼ぶ理由はここにある。
■細部まで遊び心がたくさん!
●宮崎駿監督がチラッとカメオ出演している
観ている人を楽しませたい、というサービス精神が散りばめられているのもジブリ作品の魅力。本作でぜひチェックしてほしいのは、宮崎監督自身がちょこっと登場するシーンだ。白髪に白いヒゲの印象が強い監督だが、終盤、キキが飛行船にぶら下がったトンボを救出するクライマックスの場面で、キキを応援する群衆のなかにいるメガネの男性は制作当時まだ40代だった監督にそっくりだとか。このさりげないカメオ出演は本人の知らないまま、アニメーターがいたずら心で描いたとのこと。キキにデッキブラシを貸してくれたおじさんの後方右上にいる黒髪、大きな黒ぶちメガネの日本人風の男性を見つけてみて。
●『紅の豚』とつながりのあるキャラクターが登場している?
ファンの間で考察されているのが、本作に登場する老婦人の家の女中であるバーサと、『紅の豚』(92)に出てくる、あるキャラクターとの関係。『紅の豚』ではフィオの祖父が経営する飛行艇製造会社の工場で、臨時に雇われた親戚のおばあさん3人が紹介されるが、そのうちの一人の顔立ちがバーサに非常に似ているのだ。本作の時代設定は未定とはいえ、『紅の豚』の1920年代よりもずっとあとであることは間違いない。本作でもバーサは飛行船に夢中だという老婦人のセリフがある。キキと会ったバーサが「黒猫にホウキ…ほんとにひいばあちゃんの言ったとおりだわ」とつぶやき、廊下でこっそりとホウキに跨るお茶目な姿を見ると、バーサがフィオの子孫だったらいいなぁと思わずにはいられない。
ほかにも、キキの実家のベッドの上にトトロっぽいぬいぐるみが置いてあったり、キキがコリコの町でぶつかりそうになったバスの車体にアルファベットで“スタジオジブリ”と書かれていたりと、観ている人をニヤリとさせる“隠れジブリ”の要素がちらほら。一瞬映るだけなので、大きなスクリーンでしっかり探してみてほしい。
今回の4Kデジタルリマスター版は、先述のIMAX劇場に加え、7月3日(金)からは2週間限定で全国47都道府県116館で拡大上映。さらに本作では世界初となるDolby Cinema上映も11館で実施される。ジブリ初期の名作『魔女の宅急便』を、高精細で色鮮やかな映像とクリアかつパワフルな音響で体感できる貴重な機会、ぜひお見逃しなく!
文/石塚圭子
※宮崎駿の「崎」は「たつさき」が正式表記
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