「急に具合が悪くなる」カンヌで濱口竜介監督に聞く初の日仏共同製作、身体感覚の重要性と多言語使用、196分という尺について

「急に具合が悪くなる」カンヌで濱口竜介監督に聞く初の日仏共同製作、身体感覚の重要性と多言語使用、196分という尺について

6月20日(土) 12:00

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第79回カンヌ国際映画祭のコンペティションに出品され、主演のビルジニー・エフィラと岡本多緒が揃って女優賞に輝いた濱口竜介監督の新作「急に具合が悪くなる」。哲学者の故・宮野真生子と文化人類学者の磯野真穂の往復書簡集をもとにしつつ、それをフランスと日本を跨ぐ架空の物語に移し変えた本作は、この監督の独創性、実験性、大胆さが融合するとともに、原作の核にある、人と人が繋がることのポジティブな可能性を見つめる。「ドライブ・マイ・カー」(2021)などに続き再び世界に躍り出た濱口監督に、カンヌで話を聞いた。(取材・文:佐藤久理子)

――濱口監督にとって初めての日仏共同製作、そして大部分がパリでの撮影だったということで、振り返ってどんなところがもっとも大変でしたか。

そもそもこの映画の脚本自体、なんでこんなに映画にしづらいものを書いてしまったのかと思うようなもので(笑)、いったいどうなるのか毎日手探りしていたところがあります。基本的にはルディムナ玲亜さん(共同脚本、通訳)に通訳をして頂いたので、間違いなく通訳の環境としては最高のものだったと思いますが、フランス人同士のディスカッションが始まったら、終わるまでただ見ているだけになったり。そういう言語的に断絶のある状況ではあったので、難しくはありました。ただひとつ、ゴールというものは決めていて、それは自分がこの往復書簡を読んで得たある種の感動という、言葉では足らないのですけれども本当に体が震えるような、そういう思いを何とか映画に移し変えることができないだろうかと思いながらやっていたわけなんです。

――もちろん原作の往復書簡の存在が大きいと思いますが、これまでの濱口監督の 映画に比べると素直と言いますか、ヒューマニティや人間の触れ合いを祝福していらっしゃると感じました。ご自身はどのような思いで作っていらしたのでしょうか。

素直であるとか、人間性を素直に称賛しているような映画だと思ってもらうことは嬉しいです。ただ果たして、本当にそうだろうかということは言っておきたい(笑)。基本的には起こりそうにないことが積み重なってできている映画だと思うんです。これは、ありえないことがありえた、そういう映画です。ただ、それを普段であれば起こさせないものを無視しているとは思わない。むしろその仕組みはかなりハッキリ描いています。単純に何か「人間ってこんなにいいものだよね」ということを言っているわけでは、わたし個人としてはまったくない。

ただ希望として受け取られるような何かが自作に入ってきたとしたら、それは原作の力です。原作に描かれているものをちゃんと尊重する必要を感じていました。ふたりの人間がここまで早く深くなれるものなのかということで、そこに驚きました。まったく最初は他人に近い状態だった二人の魂の分け合いが起こる。やはりひとつの奇跡のような原作がある。ただ、そこには死という絶望的な事態とまったく同時に進行している。その感覚をちゃんと映画化しようとしたら、このようになったということだと思います。

――映画で取り上げられている「ユマニチュード」という介護技術のメソッド自体もそうですが、本作では肉体の触れ合いがもたらす感覚に重点が置かれています。実際これまでの濱口作品のなかでも身体を用いたワークショップは出てきましたが、本作における身体感覚の重要性についてどのように考えていらっしゃいますか。

脳というか、言葉で考えたら、結局言葉とは現実のものに何かタグをつけて引っ張ってくるようなものなので、 現実の複雑さや肌理がそこで必ず縮減される。なので、言葉によってコミュニケーションしている限りでは、 絶対に取り落としてしまう要素がある。身体的な要素は、言ってみれば言葉によって縮減されてしまうもので、実際の人間関係においてはとても重要なものです。 実際にたとえば再会して、ハグをして、その深さや強さで感じることというのは、言葉を交わすよりずっと強いものがあったりしますよね。そういうことは原作を映画に移し変える際にも、入ってきている要素です。原作の中で「ラインを描く」というフレーズがあって、それは お互いがお互いにとって心地よい動きや言葉を見つけながら、立ち止まるのではなく、まるでサッカーのワンツーパスみたいな感じでラインを描いていくことが、本当に関係性を作ることになるのではないかということなんですが、本当にそれはその通りだと思っています。

で、私は原作を読んでそのラインを引き継ぎたいと思った。で、そのためには、このふたりの主人公以外の人たちがとても大事だと思いました。彼らとどうやってコミュニケーションをするかと考えたときに、この映画はとても言葉が多いですが、一方で言葉を十分に操るのではない人たちも出てくる。この人たちとのコミュニケーションも示したいと思いました。

ちなみにその場面は、砂連尾理(じゃれお・おさむ)さんという、「不気味なものの肌に触れる」の振付や「ハッピーアワー」でワークショップ指導として参加してもらったダンサー・振付家の方にパリまで来てもらって、彼に指導してもらいました。お互いにマッサージをし合う。実際にやってみて驚いたのは、本当に出演者の方々が、触ることを楽しんでいる、喜びを感じているということでした。足の裏を触るのはヨーロッパの人にとってはおそらく日本人以上に馴染みのないことだと思いますが、その体験から何かこれまでは知らなかった喜びを見出しているような様子が、そのまま映っているような気がします。

――多言語を使用することも、濱口監督の作品によく出てきますが、今回は真理とマリー=ルーがそれぞれフランス語と日本語を駆使しながら、あたかもそれが普通の状況であるように機能しています。もちろんお互いの言語が理解し合えるという設定ではあるわけですが、あえてどちらかの言語に寄らず、そういう形にした意図を教えてください。

ごくシンプルに映画の中の時間で言えばこれは半日ぐらいなわけで、その時間をふたりが一緒に過ごしたことが、死の時間を共にするという関係性までどうやって発展するかと考えたときに、それ自体がひとつの奇跡のようなものとして、観客に受けとめてもらう必要はあるだろうと思いました。そうすると、自分たちの母語で完全にスムーズにコミュニケーションができてしまうということが、 おそらくキャラクターがその状況に生きていたら奇跡的に思うだろうし、その強烈な出会いの感覚は、どこかしら観客に伝わるものだろうと。

ただ言うは易しで、実際に俳優がこれをやるのは本当に大変だったと思います。基本的にはビルジニーさんも多緒さんも、それぞれにとっての外国語を勉強はしてもらいましたけれど、相手の言葉が1から10までわかる状態にはなっていない。 ただ何十回も本読みをしているので、音と意味の大まかなまとまりは理解をしているわけです。そういう状況の中で、 撮影現場に放り込まれ演技をさせられたときに、頼れるものは本当に相手しかいない。そのときに、演技する相手の言葉が自分の母国語でないことで、相手に集中し、あらゆる手がかりを取り落とさないようにしないと、演技ができない状況があるわけです。この、相手に集中しないと演技ができないという状況が、じつは一般的な演技空間では結構忘れられがちなことだと感じているので、この多言語的な状況は、俳優の相手役に対する集中力を促すものとして重要なのではないかと仮定してやっていました。

それともうひとつ、本読みを何十回もやっていると、もう意味がわかってきて、意味を追う必要がなくなるわけで、声そのものにフォーカスするようになるわけです。そうすると本当にいろいろなことがわかる。集中しているのか、リラックスしているのか、喜怒哀楽どの感情なのか。これは自分が本読み時に感じていることで、ですからふだんは意味内容に集中してしまいますが、声そのものに集中したら、我々はむき出しの状態でコミュニケーションしているようなところがあります。その感覚を俳優たちにも持って欲しいと思ってやっています。

――多緒さんのフランス語のセリフがとても板に付いていて、フランス語と日本語の垣根を感じさせないところに感銘を受けました。

それは本当に多緒さんの努力の成果だと思います。 彼女の場合は、2024年の11月ぐらいにキャスティングが決まり、6月末にクランク・インするまで、7、8カ月フランス語を準備する期間がありました。モデルをしている時に、パリで1年ぐらい拠点を置かれたことがあったそうですが、それでもオーディションのときはフランス語の学力は初級ぐらいだったと思います。で、セリフを読んでもらって、実際にそれがどう聞こえるかというのをフランス人のプロデューサーに聞いてもらったのですが、彼女はフランス語の音楽性を理解している、という意見で、そのことも決め手になりました。でもフランス語は発音しづらい言葉もありますし、まったく簡単なことではないので、本当によくやっていただいた成果だと思います。

――ビルジニーさんのキャスティングが撮影開始の3カ月ぐらい前に決まったというのも驚きですが、彼女とは事前にどんなことを話し合われたのでしょうか。

本当に、彼女にとってはものすごく大変だったと思います。キャスティングのときに、できれば日本語をちゃんと喋って欲しいと、それも単純にセリフだけ音声的に理解するのではなく、できれば語学としてある程度理解してほしいということをお願いしまして。彼女はそれに100パーセント取り組むと言ってくれて。その言葉にまったく嘘がなかったことに感動しましたし、本当に素晴らしかったです。実際現場でも、ふたりは一緒に長く時間を過ごしていましたし、自然とお互いを支え合っている感じがしました。

――196分という尺についてお訊きしたいのですが、個人的には没入し、時間をまったく感じさせられなかったのですが、「もうちょっと切れるのでは」という声もカンヌで聞きました。でももちろん、この尺しかない、という思いで作られたと思いますので、ここで反論を聞かせて頂けるでしょうか。

そうですね、ここが切れるよねと言っている人と、一緒に映画を観ながら話しましょうか、と言いたい気はします(笑)。 私が自信をもって言えるのは、これが一番短いバージョンだということです。もともとの脚本はたぶん4時間近くあって、それを編集で刈り込みつつ、集中力が持続するということもそうだし、2人の関係性を単に理解するだけでなく、信じ、共にいると感じるために、これがベストの尺だと思っています。

――本作を撮り終わって、個人的にどんなものをもたらされたと思いますか。

じつはこれと並行してフランスのGRM(Groupe de recherches musicales)という団体に頼まれて石橋英子さんと往復書簡をしていたんですが、そのとき「即興に大事なことって何なんでしょう」と私が尋ねたところ、石橋さんは「勇気も大事だけれど、それよりも呑気であることですね」と返されて、なるほどと納得して。これからはもうちょっと呑気にやろうと思うようになりました。今回はフランスのような豊かな制作システムがあってのことではありますが、呑気とは言えないまでも、じっくりと取り組めました。どうにか今後は、より呑気に撮りたいものです。

【作品情報】
急に具合が悪くなる

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(C)佐藤久理子
映画.com

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