『週刊プレイボーイ』に登場する女性たちに「初グラビア」にまつわるエピソードや当時の想いを聞く連載、『初グラビア物語~My First Gravure Story~』。今回はABEMAの人気アナウンサー・瀧山あかね(たきやま・あかね)さんのインタビューの前編。
瀧山さんは、2011年にNMB48の第二期オーディションで合格、5月から研究生として活動を開始。学業を優先して同年12月に卒業すると、幼い頃からの夢であったアナウンサーの道へ邁進。2017年にABEMA(当時はAbeam TV)の初代専属アナウンサーに就任後、バラエティを中心に大活躍。現在はABEMAを代表するアナウンサーのひとりとして高く支持されている。
グラビアは2023年に『週刊プレイボーイ」23号で初の水着姿を披露。ABEMAアナウンサーの初グラビアとあって大きな反響を呼び、同年1st写真集『あかねのね』(宝島社)も発売。今年5月には週刊プレイボーイで3年ぶりとなるグラビアを披露した。今回はそんな彼女に、アナウンサーとして活動するまでの経緯と、初グラビアの舞台裏までを語ってもらった。
『週刊プレイボーイ」2023年23号(撮影/中村和孝)より
ーー以前、ネットに掲載されたインタビューを拝読しましたが、瀧山さんは幼い頃からずっとアナウンサー志望だったそうですね。
瀧山
そうなんです。兵庫の尼崎出身なんですけど、毎朝『めざましテレビ』(フジテレビ系)や、関西ローカルの『おはよう朝日です』(朝日放送)を観て育ったので、ぼんやりと「いつか私も画面の向こうの綺麗なお姉さんみたいになりたいな」と思っていました。幼稚園くらいの頃からの夢ですね。
ーー当時から背も高くて目立つ存在だったかと思います。モデルや女優さんを勧められることはありませんでしたか?
瀧山
父が少しモデルのような仕事をしていたのもあって、「モデルをやってみたら?」とは言われました。でも自分の中では、何よりもアナウンサーが第一志望。あ、でも、アイドルにはとても憧れていました。AKB48の小嶋陽菜さんや渡辺麻友さんが推しです。握手会にも行っていましたから(笑)。
ーーその後、高校2年生の時にオーディションを受け、2011年5月にNMB48の2期研究生になられます。アイドル好きが高じての挑戦だったんですね。
瀧山
そうです。「メンバーのみんなに会いたい! 仲良くなりたい!」っていう、完全にファン目線の下心で応募しました(笑)。運よく合格をいただいたんですけど、実際に入ってみると、想像以上に大変で厳しい世界でした。
ーーどんなところに厳しさを感じましたか?
瀧山
当時はさや姉さん(山本彩)やみるきーさん(渡辺美優紀)をはじめとする1期生の方々が圧倒的な存在感を放っていましたし、同期もみんな歌やダンスのレベルが高くて、とにかく可愛い。「この中で上に立っていくのは並大抵のことじゃないんだ」と痛感しました。少しでもみんなに追いつこうと、毎日必死でしたね。
ーーそんな瀧山さんですが、約半年後の12月にはNMB48からの卒業を発表されます。それは大学進学が理由だったそうですね。
瀧山
はい。毎日、劇場公演があったので、午前中に学校を早退することが多くて。通っていた高校は大学の系属校で、芸能活動自体には理解を示してくれていたんですけど、このままだと大学への内部進学が危うくなると言われてしまって。将来アナウンサーになるためには、大卒の資格が必須条件だと考えていたので、悩んだ末に卒業を決意しました。
ーーその後、無事に大学へ進学し、以降もずっとアナウンサーを目指されていたわけですよね。
瀧山
本当にそれしか頭になかったです。ただ、アナウンススクールに通い始めると、周りは優秀な人ばかり。キー局のインターンに行けば、いまテレビで大活躍しているような子たちがすでに集まっていて、「うわ、これはめちゃくちゃ厳しい戦いになるな」と圧倒されっぱなしでした。女性アナウンサーの採用は、各局年間で1~2人という超難関の世界ですから。
ーー実際の採用試験では、在京キー局をすべて受けられたそうですが、なかでも第一志望は?
瀧山
フジテレビでした。有難いことに最終面接まで進むことができて、「私、本当にフジテレビのアナウンサーになれるかも!」って、手応えと現実味を感じていたんです。でも、最終的な結果は不合格。人生で一番っていうくらい大号泣して、両親が本気で心配するほど落ち込みました。そんな時、スクールの先生から「新しくABEMA(当時はAbemaTV)がアナウンサーを募集するみたいよ」と教えていただいたんです。これが最後のチャンスだと思って挑戦した結果、合格をいただくことができました。
ーーようやく念願のアナウンサーになったと!ただ、入社当初、瀧山さんは報道志望だったとか。その思い描いていた「アナウンサー像」とは少しギャップがあったとか。
瀧山
そうですね。私が入社した当時はまだ設立2年目くらいで番組数自体が少なくて、アナウンサーが出られる枠がほとんどなかったんです。そんな中、初めていただいたレギュラーが夜の『ミッドナイト競輪』でした。
競輪は未知の世界でしたし、希望していた報道とは違う世界でしたけど、情報を正確に伝え、進行を全うする中で、「やっとアナウンサーになれたんだ」という実感が徐々に込み上げてきました。結果論ですけど、新しいことにどんどん挑戦させてくれるABEMAの寛大で自由な社風は、好奇心旺盛な私の性格にぴったりでした。
ーーその思い切りの良さとキャラクターがバラエティ番組などで爆発し、頭角を現していく中、2023年に『週刊プレイボーイ』からグラビアのオファーが届きます。もともとグラビアへの興味はあったんですか?
瀧山
ありました。ただ、アナウンサーはあくまで裏方ですし、自分には一生縁のない世界だと思っていました。でも、担当編集の方からお話をいただくうちに現実味が湧いてきて。上司に相談したところ、理解を示して背中を押してくださったんです。アナウンサーといっても、会社員。そんな自分がグラビアに挑戦できるなるなんて、奇跡のような展開でした。
ーー水着になること自体への抵抗はなかったですか?
瀧山
それはなかったです。当時、20代ラストという年齢的な節目でもありましたし、「キレイなうちに、今の自分を形に残しておきたい」という気持ちが強かったので。それに何より、カメラマンの中村和孝さんは、小嶋陽菜さんの写真集を手掛けられた方。中村さんに撮っていただけるなんて機会は普通、あり得ないことなので、本当に夢のようでした。
ーーしかも、掲載された『週刊プレイボーイ』2023年23号(5月22日発売)では、初登場にして「表紙+巻頭グラビア12ページ」という異例の大抜擢でした。
『週刊プレイボーイ」2023年23号(撮影/中村和孝)より
瀧山
そうなんです。最高に嬉しかったと同時に、正直プレッシャーも凄まじかったです。「もし全然反響がなかったらどうしよう」「せっかく表紙にしてもらったのに、売れなかったらやばい」って。撮影に行くまで、本当にそのことばかり考えていました。
ーーNMB48時代はグループでしたし、普段の番組の視聴数もチーム全体の数字ですが、今回は完全に「瀧山あかね」個人の看板になりますしね。
瀧山
そうなんですよ。しかも普段マネージャーをつけずにスケジュール管理ややり取りなども全部自分でやっていたので、この撮影にどれだけの予算と労力がかかっているのかをリアルに考えてしまって。完全に裏方目線になって、余計に重圧を感じていました(笑)。
ーーロケは沖縄で行われました。美しいビーチではしゃいだり、バレーボールをしたり、あるいはヴィラでくつろいだりと、非常に健康的で清潔感あふれるグラビアに仕上がっていました。撮影は最初、緊張しましたか?
瀧山
すごくしました。スタッフの皆さんは、これまで数え切れないほどのキレイな方々を見てこられたプロじゃないですか。「可愛くないって思われたらどうしよう」って不安で。ただ最初に撮ったカットをモニターで見せてもらったら、それがびっくりするくらいキレイで。もうお任せすれば大丈夫だと、一気に吹っ切れました。そこからは自分もノってきて、心から楽しめましたね。
ーー中でもお気に入りのカットは?
瀧山
夕焼けと一緒に撮ったカットですね。ものすごくロマンチックで一番好きです。でも、本当にどれも素敵に撮っていただいたのでお気に入りは全部です(笑)!
『週刊プレイボーイ」2023年23号(撮影/中村和孝)より
ーー発売後の反響は?
瀧山
想像の何倍もいただきました。SNSのフォロワー数も一気に増えましたし、何より当時ご一緒していたバラエティ番組の芸人さんたちが喜んでくれたんです。番組内でたくさんいじってくださいました(笑)。「挑戦して本当に良かったな」って思いました。
ーー瀧山さんご自身、掲載誌を発売日に買いに行きました?
瀧山
たくさん買いました。あといろんなコンビニに入っては、棚に自分の表紙が並んでいるのを確認したりして(笑)。発売日から一週間はもうずっとソワソワしっ放しでした。
ーー考えてみれば、NMB48の人気メンバーでも『週プレ』の表紙を飾るのはひと握り。NMBを卒業した瀧山さんがアナウンサーという別の形で、週プレの表紙を飾ることになるとは想像もつかなかったですね。
瀧山
本当にそう思います。辛いこともありましたけど、自分を信じて、アナウンサーの道を懸命に突き進んで、本当に良かった。つくづく、そう思います。
●瀧山あかね(たきやま・あかね)
1994年5月10日生まれ兵庫県出身身長171cm
○2018年4月から、ABEMAの専属アナウンサーとして勤務。バラエティからスポーツまで、幅広いジャンルの番組を担当している。現在のレギュラー出演番組は『パーラーカチ盛り ABEMA店』など。
公式X【@takiyama_akane】
公式Instagram【@takiyama_akane】
公式TikTok【@takiyama_akane】
『171センチ、新時代の女子アナ。初グラビア、初表紙の衝撃!』 瀧山あかね 撮影/中村和孝 価格/1,100円(税込) 記念すべき初グラビアを収めた記念すべき一冊。1泊2日の沖縄ロケで見せた、飾らない素顔。色気はもちろん、バスケやバレーを楽しむ活発な表情など見どころ十分。
取材・文/大野智己撮影/荻原大志
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