広大な宇宙と、その研究者の日常の、あなたのための、ワンルームサイズのエッセイ

広大な宇宙と、その研究者の日常の、あなたのための、ワンルームサイズのエッセイ

6月17日(水) 17:00

提供:

2023年3月に太田出版より刊行した宇宙工学研究者・久保勇貴さんの『ワンルームから宇宙をのぞく』の第四刷が決定いたしました。

宇宙機の制御工学を専門としながらJAXAのはやぶさ2・OKEANOS・OPENS-0などのさまざまな宇宙開発プロジェクトに携わってきた久保さんがOHTABOOKSTANDで綴った宇宙エッセイのほか、他媒体への寄稿、さらに書き下ろしを収録した、待望のデビュー作。発売から3年経ついまも、多くの方に手に取っていただいております。

第四刷決定を記念して新たにいただいた久保さんのコメントと、本書の「はじめに」をOHTABOOKSTANDに掲載します!

『ワンルームから宇宙をのぞく』第4刷コメント

僕らが生まれたこの地球と、それを生み出した太陽系の、成り立ちや進化を知るための、宇宙探査機を開発するための、システムや制御に関する研究者の、久保勇貴です。

研究者の日常と、宇宙工学や宇宙科学の面白い話の、両方を織り交ぜたエッセイ集の、『ワンルームから宇宙をのぞく』の冒頭の、「はじめに」を公開します。

途方もなく広大な宇宙の中の、とある一つの銀河の、片隅にある恒星の、内側から三番目の惑星の、細長い島国の都心部の、県境に近い研究所の、徒歩圏内の、一人暮らしのアパートの、小さなワンルームの、一人用のニトリのデスクの上で書いたエッセイです。

明日になったら忘れるぐらいの、どうしようもなく小規模の、それでもどこかの誰かの生活の隙間の、緩衝材にはなるぐらいの、小さな話が書かれています。

ぼーっとするには長いぐらいの、何かをするには足りないぐらいの、たとえば洗濯と物干しの間の、PTAとお迎えの間の、晩ごはんと夜勤の間の、ほんのちょっとの時間で読める話がたくさん入っています。

もやもやしている頭の、ざわざわしている心の、中学生の、高校生の、そわそわしている肩の、通学用のカバンの中の、お守りにはなるかもしれないぐらいの本です。

あなたの、わたしのための本です。

はじめに

例えば、遥か遠くの星に住む宇宙人たちにも生活がある。

その宇宙人は緑色の肌をしていて、平均身長が3メートルあるかもしれない。けれど、たぶんそんな彼らもパジャマのままこっそりゴミ出しに行くことがあるし、たぶん公共料金の支払いを後回しにしたり、絶対に捨てちゃいけない保証書をうっかり捨てたりしてしまうことがある。彼らの住む星には酸素がほとんどないかもしれないし、昼の空はピンク色で、夜の空には月が2つ浮かんでいるかもしれない。地球よりもずっと科学技術が発達していて、月面基地まで旅行に行けたり、数光年離れた隣の星と文通できたりもするのかもしれない。けれど、そんな星にだってたぶん、どうしようもなく生活がある。重力の底にはいつだって生活が滞留し、対流している。

宇宙工学の研究をしていると、宇宙人を見るような目で見られることが結構ある。銀ピカの機械を操作しながら、ごちゃごちゃした数式をこねくり回し、エクストラホイップダークモカチップクリームフラペチーノみたいな長い専門用語を使ってしゃべっているから、どうしても別の世界の生き物だと思われてしまうのだろう。

だけど、やっぱりここにも生活がある。朝は遅刻の寸前まで起きられなくて、洗濯物はつい容量の限界まで溜め込んでしまっていて、1年以上切れっぱなしの電球を2、3個放ったらかしにしている。楽しい飲み会ほど帰りの電車が寂しくて、うるさい音を出すバイクを心から憎んでいて、つみたてNISAはおそろしい。NASAよりおそろしい。そういう生活が、やはりある。

それはつまり、地球と宇宙とは実はそんなに違わないということでもある。

地球が宇宙と全然違う空間であるように感じるのは、大気の濃さや磁場の強さが違うからであって、実はその間に物理的な境界というのは存在しない。高度を上げるほどだんだん大気が薄くなって、それがある程度薄くなる高度100キロメートル以上を便宜的に宇宙と呼んでいるだけだ。宇宙に一歩足を踏み入れたら、突然真空になるわけではないし、突然無重力になったり、突然放射線が飛んできたりするわけでもない。地球と宇宙とで空間自体の根本的な性質が異なるわけではなくて、それらは連続した一つの空間である。だから、地球の外に宇宙があるというよりも、地球はそのまま宇宙である。

地球が宇宙であるように、宇宙人にも生活があるように、宇宙工学の研究者にもまた生活がある。生き物としての命を繫ぎとめながら滞留し、社会と擦れ合いながら対流する、重力の底を這うような生活がある。

ワンルームで、かれこれ10年間一人暮らしをしてきた。2回の引っ越しを経て、今の部屋には6年近く住んでいる。どの部屋も一人で暮らすには過不足のない間取りだったけれど、生活はいつでも何かが足りないように思えて、その度に、足りない何かを言葉で満たそうとしてきた。それは、ぐしゃぐしゃの紙玉みたいだった。プチプチ君をくれない安い引っ越しの時に、要らないチラシやルーズリーフを丸めて作る、紙玉みたいだった。いい加減に丸めた紙玉だったけれど、どれもその時の自分にはどうしても必要なものだった。壊れてしまったものは元に戻せないから、安い引っ越し業者はそれを補償してくれないから、自分を守るためにどうしても隙間を埋める必要があった。

ある日、ふとそのぐしゃぐしゃの紙玉を一つ広げてみると、そこには結構、面白いことが書いてあった。情けないことや恥ずかしいことばかり書かれていたけれど、思い切って誰かに見せてみたいと思った。二つ、三つと紙玉を広げては丁寧にシワを伸ばし、ぐしゃぐしゃな言葉の欠片を読み解き、パズルのように組み合わせてみた。そうすると、文章になった。そういう文章が、この本には書かれている。

だから例えば、宇宙の果てが一体どうなっているのか、この本は答えることができないと思う。地球上の生命が何のために生まれたのか、答えることができないと思う。どうすれば重力の底から抜け出せるか、教えてあげられないと思う。けれど、どこかの誰かの生活の隙間を埋めることはできる。ちぎって丸めて詰め込んで、ぴたりと寄り添うことはできる。壊れてしまいそうな時に、ふんわりとその慣性を抱きとめることはできる。

だって、地球は宇宙だから。地球が宇宙であるように、このワンルームでの生活はどこかの誰かの生活でもあるはずだから。この部屋も、隣の部屋も、職員室もロッカールームも、広大な宇宙と同じ物理法則に支配された一つの空間であるはずだから。

書誌情報

『ワンルームから宇宙をのぞく』
著=久保勇貴
価格:1800円+税
ISBN:978-4-7783-1856-7
仕様:四六判/224ページ

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書籍情報(太田出版Web) Amazon <この記事をOHTABOOKSTANDで読む>

Credit:文=久保勇貴
OHTABOOKSTAND

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