「フィクショナル」「カウンセラー」の酒井善三監督と、「行方不明展」や「イシナガキクエを探しています」を世に送り出したテレビ東京プロデューサーの大森時生のタッグによって、新たな恐怖が発信される。
山下リオが主演を務めた映画「遺愛」(6月19日公開)は、ある女性が母の介護を通じてパラノイア的恐怖に苛まれていく様を描いた作品。恐怖や呪いを新たな視点かつ斬新な解釈で描いている。
映画.comでは、酒井監督&大森プロデューサーへのインタビューを敢行。企画のスタートから撮影の裏側、そして“恐怖の原体験”を語ってもらった。
●大森時生「カウンセラー」に衝撃を受ける共通していた感覚は「怖い人が嫌だ」
――まずはお二人の出会いからお話をお聞かせください。
大森: なんとなく観に行こうと思っていた「カウンセラー」を鑑賞したら、めちゃくちゃ面白くて衝撃を受けたんです。その場で喋ったのはほんの一言、二言でしたけど、当時僕がBSテレ東で番組をやる予定があって、そこでご一緒できたらなと考えていました。そんな経緯で生まれたのが「このテープもってないですか?」という番組でした。本当に変な企画だったので映画監督の酒井さんがそれを受け入れてくださるかどうか、ちょっと不安もあったのですが、お声がけしたら快諾してくださって、とてもありがたかったなという記憶があります。
――観客のひとりとして、たまたま行ったということですか?
大森:そうです。X(当時はTwitter)で、ホラーファンや映画ファンの方が投稿していた「40分の短編なのにかなり怖かった」「異常な緊張感があった」という感想を見て、観に行きました。作品を観た直後、そのままの流れでお会いしたんです。
――では、実際に、ご一緒してみて刺激を受けた点はあったのでしょうか?
大森:僕自身は全体の構造から企画を通過させたり、「パッケージ」みたいなところを考えることの方が多いんです。ディテールだったり、どういう風に進行させるか、成立させるかという点は、どなたとご一緒するかによります。酒井監督は、不安と嫌な雰囲気を、構築的に描くのがお上手だなと思っています。アーティスティックに直感のみで作る方もいるとは思いますが、酒井監督はその直感と論理のバランスが素晴らしい。どうして人間が嫌な気持ちになるのか。どうして不安な気持ちになるのか。これを論理的に構築されているんです。しかも、ただ論理だけで構築しているわけではなく、急に直感的な要素も入ってきますから。
――監督はいかがですか?
酒井:僕はそんなにキャリアもないので、他の人と比べて……ということは特にないのですが、大森さんはすごく柔らかい方だなと思います。バリバリやられている方に怖いイメージを持っているっていうこともあるんですけど(笑)。大森さんは全くそういうタイプではなくて、人のことを尊重して、共業しようとしてくれる。楽しく仕事をさせてもらいました。
大森:最初に新文芸坐でお会いした時、3、4分の雑談だったんですけど、そこでも「怖い人が嫌だ」って話されていたことを思い出しました(笑)。
酒井:あぁ、しましたね(笑)。
大森:でもその感覚は、僕にも共通していて。嫌な気持ちになるコンテンツは好きでも、やっぱり仕事上とか日常生活で嫌な気持ちになるのが嫌すぎるというのは正直ありまして。一番身近な嫌な気持ちっていうのは、仕事におけるピリつき。極力、僕もそれが起こらない場所がいいなと思っています。酒井さんはこの点でもマッチしているのかもしれません。
●“恐怖”をカタチにするまで、どうやって動いている?
――今のお話に関連すると、おふたりは“どうやって作っている”のかというが気になりまして。たとえば監督にも「こういうことをやりたい」という意向があれば、大森さんにも「これがやりたい」というものもある。このバランスといいますか、アクセルとブレーキの使い分けみたいなものはあったのでしょうか?
大森:アイデアを出し合う状況は本当に頭だけというか。「何かやりましょう」となった時に、最近気になってる事象やテーマ、本当に雑談に近いんですが「こういうトピックが気になっている」みたいな話とかです。特に最近は、たまたま親子、親子愛みたいなものが気になっていて。それこそルポルタージュ本「母という呪縛娘という牢獄」を読んだからだと思います。
医学部受験を母親が娘に10回ぐらいさせて、その結果娘が母親を殺し「モンスターを殺した」といったツイートをしたという内容。この本を読んで「物語としてすごい話だな」と思ったんです。最初は娘に不自由のない人生を送ってほしいから受験を頑張ってほしいという気持ちからスタートしたのに、その愛が倒錯し、いつの間にか受験虐待、教育虐待みたいなことになり、最終的に娘が母親を殺してしまう。酒井監督にも「親子の愛みたいなものって、すごい話ですよね」みたいなことを話していて。そこから酒井監督が持ち帰り、数行レベルのプロットに落とし込んで、そこから揉んでいくという感じです。
酒井:そう、そんな感じですよね。
大森:アクセル、ブレーキという概念は、逆に言えば脚本になり始めたタイミングで「これどういう意味なんですか?」「こういうパターンとかあるんですか?」などは聞きます。ですがホラー映画であれば“ここでアクセルを踏みたい”みたいなことがあるのかもしれませんが、どちらかというと酒井監督の映画は不安、不気味さみたいなものを描く心理的なサスペンス、スリラーみたいなジャンルであることが多いと思っていまして。
その場合、全体の抑制やズラしみたいなものが不安を生んでいたりするところがあると思うんです。僕は逆に「ここでアクセルを強く」っていうのが、むしろそれを損なってしまうのではないかと思っています。逆に言えば、質問をして進めていくことが多い。「ここをもっと強くしてください」みたい要望は、酒井監督とご一緒する場合はないのかな。
――おふたりの信頼関係が垣間見えますね。
大森:「遺愛」で想像するのは難しくないですか?あの脚本においては「もうちょっとアクセルを踏みましょうよ」みたいなものがあんまりないというか……。
――確かに。
酒井:あとは僕は知り合いの宮﨑圭祐(脚本)と一緒にアイデアを考えていきます。大森さんとのやりとりも、それに近いものがあるのかもしれません。
●「遺愛」は“何も起きていない瞬間が最も怖い”
――では、酒井監督は“演出の核”として、これだけは絶対に譲らないこだわりはありますか?
酒井:「生理的にこうだ」ということはあるのかもしれませんが、なるべく考えないようにしています。むしろあまりメソッドや方法論的にならないようにしたいと思っていて。めちゃくちゃこじれた人間だとは思うんですが、普通のポップな映画にあんまり面白いと思えないことも当然あるんですが、それと同時に作家映画みたいなものにもどんどん興味を失っている。役者やストーリーよりも前に監督が見えるような映画に対して嫌悪感を感じているというのが最近あるんです。(自分の作品が)そうなっていなかったらいいなと思っています。
酒井:あと「○○をしない」ということが、アート映画のキーになり始めた気がするんです。例えば「カットを割らない」。あるいは「スローを使わない」「回想を入れない」などです。でも、それは違うと思っていて――「○○をしない」をアイデンティティにするような作品、映画を個性を見せるための道具にしたくないんです。
――「遺愛」は“何も起きていない瞬間が最も怖い”という感覚がありました。お化けや悪魔も出てこない。山下さんの顔だけが映っているシーンが恐ろしい。このイメージをどれぐらい持って撮影されていたのでしょうか?
酒井: 現場でやってみるまでは、むしろなるべく考えないようにしようと思っています。プランを練って実行すると途端につまらなくなる場合が多くて。フレームの中に収めるような“硬いこと”を要求してしまうことになるからです。だから1回段取りをして、即興的に考えていくというか。場所と役者さんを見て考えていく。コンテ通りみたいには考えないようにしています。
もちろんコンテを書かないとどうにもならないシーンは当然ありますが、その場で生まれた「生のモノ」でどう構築できるかという考えでやっています。
●面白い企画と面白くない企画――大森時生の判断基準は?
――なるほど、ありがとうございます。では、大森さんにお聞きしたいのですが、企画を考える上で「面白い企画」と「面白くない企画」の判断基準はありますか?
大森:それがリリースされる時に、見たいかどうか――自分を観客として置いた時に、心が動くかどうかを気にしています。でも、酒井監督とやるものに関しては、そこまでそれを考えずに始めていて。強いフックがリリース上にあるものと、不安的なものって、実は異なる部分もあるかなと思っています。「どうやったら人が来るのかな」っていう点は、今も不安に思っているというのが正直なところですね。
だから酒井監督との企画はいつもすごく難しいと思ってます。自分の作品群の中でもコケる可能性の高いものを選んでいる(笑)。ちょっと話が逸れてしまいますが「映画」というもの自体がそもそもとても難しいなと思います。いまだに何がヒットして、何がヒットしないかが本当にわからない。
観客として観ていた時も、自分が全く知らないものがヒットしていたり、自分がめちゃくちゃ面白いと思ったものが全然人が入っていなかったり。宣伝のフックみたいな概念より、もっと大きなダイナミズムみたいなものを感じるというか……。だからヒットメーカーとされている方たちは、映画において何を考えて構成しているんだろうっていうところに関心を持っていますね。
特にこの規模の映画のヒットというのは、それこそ「じわじわ広がる」とよく言いますけど、それが起こればいいと思っているんです。「遺愛」は“じわじわ広がる”が起こりやすそうだなとは思っているので、今そうなることを祈っています。
●5度目のタッグ、これまでとは異なる“挑戦”は?
――おふたりは、今回で5度目のタッグとなりました。これまではやっていなかったこと、いわゆる“挑戦”の部分があればお聞かせください。
大森:「このテープもってないですか?」は、企画の時点で保険が効いていると思っていたんです。バラエティだと思ったらホラーだった――みたいなズラしがありましたから。でも「遺愛」は、はっきり言えば「真っ直ぐな映画」。それが、僕にとって最大の挑戦だったかなと思っていて。制約だらけだったと思うんですよね、今までの作品は。でも「遺愛」は、自由であるという状況の中で作る。これからも映画を作っていきたいなと思いました。
僕自身の小さな変化として、最初の頃は「死んでもバズりたい」と思っていたところも結構あったんですよ(笑)。でも、良くも悪くも最近はそんなに思っていないというか。ちゃんと面白い映像を作って、それが最終的に多くのところへ開かれることを目指したい。酒井監督と作るのであれば「騙し討ち」のような手法ではない方がいいかなと思っています。
――撮影現場では、山下さんや認知症の母を演じた藤井京子さんにはどのような演出をされたのでしょうか?
酒井:山下さんに関しては、あまり細かいことは言わず、邪魔をしないで見ているという感じでした。物語の内容が複雑なので、ざっくりと説明だけは行い、あとは山下さんにお任せするという感じです
藤井さんに関しては「感情でお芝居をしようとする」と少し違うのかなと思ったので視線と表情だけお伝えしてました。「僕が手をあげたらこっち見てください」みたいに順番を決めていて。なるべく演技をしないで、ニュートラルでいてほしかったんです。あくまで「見る側がどう思うか」がテーマでしたから。あとは「何もない空間」と切り返しをしたいという点は、カメラマンと話していました。
●「今と昔」で観客が求める“恐怖”に変化はあるのか「怖い」原体験も明かす
――では「今と昔」で観客が求める“恐怖”に変化があったと感じることはありますか?
酒井:観客については、むしろ大森さんの方が色々と考えているはず(笑)。
大森:いわゆるホラー好きにとっては、だんだんある種の「わびさび」的なところが重要視されるようになってきているという印象です。ホラー的なものを求める人と、不気味さを求める人の間で乖離が起きている。「ホラー」という言葉が、もう異常な量を内包していて、本当はもう少し分けないといけないと思うほど。「ジャンプスケア(急に驚かせる手法)」が、いつの間にか悪者扱いされているのも不思議ですよね。言語というか、与えられたジャンル名が逆にジャンル自体を縛っちゃってる感覚はちょっとあります。
――では、最後におふたりの“恐怖の原体験”をお聞かせください。
大森:親と別れて寝るようになったタイミングがあって……子ども部屋でひとりで寝るようになった時の不安みたいなもの。別に家で寝るという行為に変化はないじゃないですか。でも不安によって妙に脅かされる感覚がありました。「不安」こそが一番リアリティのある怖さという風に、僕は今でも思ってるのかもしれないですね。漠然とした不安的な状況というのが、一番怖い。自分の中でその物事が消化されないと、その不安は消えない。現代社会において、恐怖感や不安感は、誰にとっても“自分事”になっているのかなと思います。
酒井:小学校の頃になると「死ぬ」のがとにかく怖いと感じるようになりました。死んだ後は、永遠に意識がないってことが怖い。だから、幽霊は存在していてほしいと思っているんです。記憶、経験が死ぬことによってゼロになる――これがどうしようもなく救いがないような気がしていて。あと小学校3年生ぐらいの時に引っ越しを経験したんですが、ある夜、昔の家に向かう駅からの道を思い出そうとしたら、記憶がぼんやりしてきたんですよね。そうやって記憶が消えるってことも「死」のイメージと連関して、怖かったっていうのがあります。
【作品情報】
・
遺愛
【関連記事】
・
山下リオ主演のホラー映画「遺愛」がロッテルダム国際映画祭でワールドプレミア上映【現地の声】
・
山下リオ主演のホラー映画「遺愛」が6月公開決定!特報と海外版ビジュアルを披露
・
大森時生×酒井善三「フィクショナル」劇場公開黒沢清&清水崇が絶賛した“近年最も不気味な映画”「カウンセラー」もリバイバル上映
©︎2026「遺愛」製作委員会