改めて愛息の首に金メダルをかけて。「この子が生まれてくるってことが、すごい力になったと思います」(羽
6月14日(日) 16:00
【前編】ドラマで話題の車いすラグビーがくれたGIFTは「金メダル」と「家族」から続く
交際開始から2年後の2021年。東京パラリンピックのすぐあとに、羽賀さんと久下さんは結婚。だが、そこに至るまでにも、またハードルがあった。羽賀さんが振り返る。
「一般的に、障がい者との結婚となると、お相手のご両親は心配しますよね。きっとわからないことが多すぎるので。反対というより心配なんだと思いました」
東京パラリンピックの少し前、羽賀さんは久下さんの両親に挨拶に出向いた。そこで、自身のことを丁寧に説明したという。
「彼が疑問点を一つひとつひもといてくれて、両親が納得してくれたことで少しずつ前進できました。なにより、東京大会での日本の躍進も大きな力になりました。彼が出場している試合の中継を両親も見てくれて。『すごいスポーツだね』って。
父なんか、日本の銅メダル獲得の速報が流れると『うちの息子、メダリストだ!』って、職場で自慢したりして(笑)」
2024年。久下さんは第1子を懐妊。夫婦はその年、開催されるパリパラリンピックで優勝を目標に掲げた。「生まれてくる子に金メダルを」と。結果、羽賀さんが副主将を務めた日本は、悲願の初優勝を果たす。そして、同年11月、長男(1)が無事誕生。久下さんはその日の夜、夫と交わしたビデオ通話を、鮮明に覚えていた。
「赤ちゃんと私のツーショットを見ながら、夫が言ったんです。『俺、ちゃんとしなきゃ』って」
羽賀さんは「自分はどこか“なんとでもなる精神”が強すぎるところがあるので」と笑った。
「事故のあともそうだったように、なんとでもなるって思うことが多くて。でも、子どもが生まれた以上、それではダメだと。『この子のためにも、ちゃんとしなきゃいけないな』って」
「ちゃんとしなきゃ」の言葉どおり、羽賀さんは、長男の首に金メダルをかけたのだ。羽賀さん、そして久下さんにとって、2024年は忘れ難い喜びの一年になった。
障がいが残ったことで出会った車いすラグビー、競技を介して出会えた2人、そして彼らが育んだ、その至福の時こそが、まさに“GIFT”だった。
■「お酒飲んで、夫婦喧嘩して、子育ても…悩みは同じ。私たち、普通の家族です」
「子育ての苦労?それは当たり前にいろいろありますけど、一般的なご家庭と大差ないというか。だって、うちのパパ、ワンオペできますよ。私が泊まりの仕事のときとか、1人で息子を任せてます」
朗らかに笑う久下さんの隣で、羽賀さんは頭をかいていた。
「ギリギリですよ。子どもの爪切りとか、いまもできないことがありますし。僕、握力ゼロなんで、最初はオムツ交換も難しかった」
それでもリハビリのとき同様、夫は一つひとつクリア。その努力を誰よりも知る妻は、胸を張る。
「難しかったオムツ交換も、洗濯バサミなど道具を使ってできるように。お風呂だってパパが息子を膝に乗っけて一緒に入ってくれる。保育園の送迎だって、車いすで膝に乗せて行ってくれるんです」
そして、久下さんは少し力を込めて、こう続けた。
「かつて、障がいのある人と接した経験のなかった私が、最初に池選手を取材したとき、彼が恋愛して結婚し、お子さんをもうけたと聞いて正直、驚きました。そして同時に、気づいたんです。
障がいがあるというだけで、じつは皆さん、普通なんだって。その思いは夫と結婚したいま、さらに強くなりました。
普通にお酒飲んで、夫婦喧嘩もして、もしかしたら方法は普通じゃないかもしれないけど、子育ても。私たち、普通の家族です。いまはそのことを、あのころの私のように障がいのある人との接点がない一人でも多くの人に、伝えていけたらと思っています」
ドラマは、車いすの選手たちはもちろん、それ以外の健常者のキャラクターたちが抱える葛藤や悩みも描く。そう、生きていくうえでの困難を抱えていることに、違いなどないのかもしれない。そして、障がい者も健常者も分け隔てなく、それを乗り越えた人にはきっと、GIFTが届くのだ。
初夏の街で、眩しそうに息子を見つめる2人。そこにあったのは、どこにでもいる父母の、愛情溢れるまなざしだった。
(取材・文:仲本剛)
【後編】これなら思いきりぶつけられる……車いすがくれたものとは?いろいろな活動ができ、世界が広がり、優しい人間になれたへ続く
