第98回アカデミー賞国際長編映画部門イラク代表であり、第78回カンヌ国際映画祭で、イラク映画として初めて監督週間観客賞とカメラ・ドール(新人監督賞)をダブル受賞した「大統領のケーキ」。7月10日の日本公開に先駆け、ハサン・ハーディ監督が来日し、日本最速試写会を実施。ハーディ監督が上映後に作品に込めた思いや制作秘話を語った。
カンヌでの快挙について問われると、「1本目であれ最後の作品であれ、カンヌで賞を受賞することは特別なこと。それが2つも受賞できたことは光栄だった」と振り返る一方、「同時に期待も高まるので責任を感じた」と率直な心境を明かした。授賞式では、同じくカメラドール受賞経験を持つイランの映画監督ジャファル・パナヒから「30年前僕もカメラドールを獲ったけど、その次の作品は周りの期待が大きすぎて大変だった。だからこそ好きなものを好きに撮ればいい」と助言を受けたというエピソードを披露。しかし続けて「でもあなたは、今パルムドール(最高賞)を獲ったばかりですから言うのは容易いですよねと心の中で思っていました」と語り、会場の笑いを誘った。
本作の原点となったのは、ハーディ監督自身の幼少期の記憶だった。サダム・フセイン政権下の学校では、大統領の誕生日を祝う行事のために小学生たちが役割を割り振られ、監督は花を持参する係を担当した。一方、ケーキを準備する役目を担った友人は任務を果たせず、学校を退学させられた末にサダム少年軍へ送られてしまったという。「なぜ彼で、自分ではなかったのか。その罪悪感をずっと抱えていました」と語るハーディ監督。「この映画を作ることは、自分にとってセラピーのような体験だった。自分自身だけでなく、周囲の人々をも癒やす作品になったと思う」と振り返った。
主人公を子どもにした理由については、「子どもの視点から描くことで、政治的なメッセージが前面に出過ぎることを避けたかった」と説明。子どもは最も主観的な存在である一方で、社会的なフィルターや偏見を持たずに世界を見つめていると考えたという。
さらに本作には、初恋を描いた青春映画や冒険譚としての側面もある。「兵士や将軍ではなく、市井の人々をヒーローとして描きたかった」と監督は語る。歴史の中で名もなく消費され、ニュースでは単なる数字として扱われがちな人々に声を与えたいという思いがあったという。「彼らは数字ではなく、一人ひとりの人生を持つ人間なんだということを伝えたかった」と力を込めた。
映画づくりにおいては、イタリアのネオリアリズモ映画から大きな影響を受けたという。演技未経験者を積極的に起用し、日常に根差したリアリティを追求した。また、日本映画からの影響についても触れ、「ある場面では溝口健二監督の作品に強く心を動かされ、その演出を取り入れている」と明かした。さらにイラクの詩や文学から受けたインスピレーションも映像表現に反映されているという。
美しい映像も高く評価されている本作だが、撮影監督には今年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した「フィヨルド(原題)」でも撮影を担当したルーマニア出身のトゥードル・ブラディミール・パンドゥルを起用。ハーディ監督は以前からルーマニア映画のファンだったといい、彼が手掛けた作品に魅了されたことがきっかけだった。「脚本を送り、その後Zoomで話し始めて10分で、自分のビジョンを完全に理解してくれていると感じた。絶対に一緒に仕事をしたいと思った」と信頼関係の強さを語った。
主人公ラミアが常に抱えている雄鶏にも重要な意味が込められている。舞台となるイラク南部の湿地帯では、人々と動物が密接な関係を築いているという。ハーディ監督は「ラミアにとっては冒険に親友を連れて行くような感覚」と説明する一方で、雄鶏には象徴的な役割も持たせた。イラクには「雄鶏は天使や悪魔を見たときに鳴く」という言い伝えがあり、映画の中では不吉な出来事の前触れとして雄鶏が鳴くよう意図的に演出しているという。
さらに、劇中で使用される音響にもハーディ監督自身の記憶が色濃く反映されている。実際にバグダッド空爆時に記録された音を取り入れ、「子どもの頃に聞いていた音を再現したかった」と説明した。また、2000年代以降のイラクを描く可能性にも言及し「イラクには物語になる出来事があまりにも多い」と語りながらも、「今回はまず自分の少年時代である90年代を振り返りたかった」と述べた。
「大統領のケーキ」は、7月10日から新宿ピカデリーほか全国公開。
【作品情報】
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大統領のケーキ
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